第1回 ともだちとして、訊かせてください。

[糸井]
先生、ごぶさたしています。

[井上]
こちらこそ、ごぶさたしております。

[糸井]
井上先生とお会いしたらお訊きしたいことがたくさん、簡単なことから詳しいことまで、いろいろあったのですが、あまり突き詰めて話をしても、きっと通じにくいところがあると思いますので、こんなふうにおたずねしようと思います。
「井上先生を、昔、知ってたけれども、 専門が睡眠だとは知らなかった、 昔なじみのともだち」がいたと仮定します。
その人に「あなたは、いま何をやっているの」とか、
「そういう専門なんだったら、 オレにいろんなこと教えてくれ」とか、
「ぼくもいい眠りがしたいんだ」というような質問をしてきたら、どんなお話をなさいますか?
ぼくは、そんなことを聞きたがっている、
「仮のともだち」
という役をさせていだたこうと思っているんです。
ともだち用の眠りについてのお話を聞かせてください。

[井上]
どうぞ、どうぞ。



[糸井]
では、早速なんですけど、
「眠りに専門というのがあるんですか」と。
眠りの分野というのは、何学部のどういう学問なんですか。

[井上]
まず、昔は睡眠を研究する場所は大学には、ひとつもなかったんです。
例えばわたくしが学生時代の頃は、睡眠研究を志しても、どこにも行く場所がなかったわけですね。
医学部の精神科では
「睡眠障害」を扱っていましたから、多少は「眠り」に関連するようなことをやってましたけれど、大学で、正式に睡眠の学問というのが公になるのは、今世紀に入ってからなんですね。

[糸井]
今世紀。
21世紀に入ってからということですね。
すごいことですね。

[井上]
そうなんです。
3年前、ですかね。
日本で最初の睡眠学講座というのが、できたのが。

[糸井]
それほど、最近なんですか。

[井上]
そうなんです。
そもそも、わたくし、学生の頃はもちろん、教授になる前も、睡眠に全然興味もなかったし、睡眠の研究をしようということを、考えてもいなかったんです。
70年代の初め、わたくしは30代だったんですけど、ある人から、睡眠に関連するホルモンみたいな物質があるから、研究してみないか、というお誘いをうけたんですね。
それは、なぜかというと、わたくし、それまでは、他のホルモンの研究をやって、学位なんかそうやって取ったもんですから。
それまでは睡眠というと、どちらかというと、心理学だとか、精神医学だとか、あるいは夢の解釈だとか。

[糸井]
フロイトとか、つい思い出しちゃいますね。

[井上]
ええ、そういう分野でしかなかったもんですからね、もう少しサイエンスのレベルで、ちゃんと、やってみようということになったんです。
例えば物質で睡眠が理解できるだとか、そういう、より現代的な手法で解析できる可能性は、なくはなかったんですけど、それでも、そんなことしようにも、そういう看板掲げていいような場所はなかったんです。
それが、たまたま、わたくし、自分自身が教授になって、自分でひとつの研究室を、言わば自分の意思で動かせるようになったもんですから、全く違う看板が立っていたのですが。

[糸井]
どのような看板ですか。



[井上]
「制御機器部門」というんです。

[糸井]
え!

[井上]
わたしがいたのは、東京医科歯科大学に付置された、理工系の研究所ですのでね。
いまでは、医療関係の工学だの電子機器だの、いろんなものが、いっぱいありますでしょう、そういうものを研究する、まだ走りの頃です。
今から30年以上前ですから、現状とは違うんですが、工学だとか、コンピュータ技術だとか、そういった新しい、主にエレクトロニクスですが、それをどういうふうに医学に導入できるかということを探るような研究をしようと。

[糸井]
それが、70年代。

[井上]
70年代初め、72年ですね。
そこの研究所に制御機器という、要するに、いろんなデバイスですよね。
そういうものを作る研究する部門というのができた。
そこでわたくし、ホルモンを多少工学的に考えるような、走りの、変わった研究をしていたのと、高度成長期で、わりにポストがたくさん増えかかっていたんですね。
それが非常に幸運だったんですけども、教授になれちゃったんですね。
「制御機器で睡眠とは何事だ」という、いろいろ、苦情なり、批判は出ましたけど、教授のやることには、他の教授は口出ししないというルールがあの頃にはありましてね。
それで、やり始めたんです。
それでも、説明するのに、苦労しまして。
なぜ制御機器で睡眠なんだと。
要するに、体というのは、一番複雑な機器であって、オルガニズムですから、それをコントロールするものとして、一般の電子機器なんていうのは寝ないけども、人体は眠るという特別な機能がある。
眠るという生き物にしかないような非常に複雑な機能を研究すれば、いま作ってる人工の機器だって、もっといいものができる。
そういう道だって拓けるんだ、と。

[糸井]
そういう説明だったんですね。

[井上]
いま、最も高級だというコンピュータとか人工知能だと言ってる機械と、まったく違うものを持ってる生き物の体の、その性能を知ることは、人工物を知るためにも大いに役に立つんだという、そういう、まぁ、屁理屈ですね。
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