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[糸井]
マジックのようでマジックじゃなかった仰木監督の緻密な野球というものに、田口さんはかなり馴染んでましたよね。

[田口]
好きでしたね、ぼくは。



[糸井]
しょっちゅう打順をいじられたり、守備位置を変えられたりしながらも、楽しんでましたよね、きっと。

[田口]
はい。たまにケンカもありましたけど。

[糸井]
あ、そうですか。
どういうときですか、ぶつかるのは。

[田口]
たまに思いつきがあるんですよ。
思いつきというよりも、「計算違い」ですね。



[糸井]
たとえば?

[田口]
いちばん大きいケンカは、福岡ドームで、ぼくが守備から戻ってきたときに
「交代だ」って言われたんですね。
たしか、ぼくがその回の3番目のバッターだったんですけど、代打だと。
で、そう言われたので、ぼくはスパイクを脱いで、ふつうの運動靴に履き替えて、ベンチに戻ったわけです。
そしたら、先頭打者が出て、つぎの打者も出て、ノーアウト1、2塁になったんです。
そこで監督、急に「田口、バント、行け!」と。

[糸井]
(笑)

[田口]
こっちはもう、スパイク脱いで、ベンチの柵に両肘ついて観てる状態ですよ。
ネクストバッターズサークルに代打の選手、行ってるんですよ。
「田口、バント、行け!」「は?」
「バントしてこい言うてるやろ!」
「いやいや監督、交代言うたやないですか!」

[糸井]
ははははははは。

[田口]
で、しょうがないから、慌ててスパイク履いて、まったく心の準備ができてない状態で行ったら、ガーンって、バントして、失敗したんです。

[糸井]
あ、やっぱりねぇ(笑)。

[田口]
そしたら、怒られましてね。
「なにやっとんじゃー!」と。
なんやっとんじゃもなにも!



[糸井]
あはははははははは。

[田口]
ブチーッと切れまして、そのまま福岡ドームのロッカー行って、もう、椅子をかなり投げましたね。
3つか、4つ、投げました。

[糸井]
覚えてらっしゃるんですね、数を。

[田口]
ええ。3つか、4つ、投げました。
「やってられるかー!」と。

[糸井]
‥‥ただね、田口さん。
案外‥‥もしも‥‥もしも、ですよ?
田口さんが監督になって、ベンチに田口がいたら‥‥やりませんか、それ?

[田口]
‥‥‥‥え。

[糸井]
終盤の1点が欲しいところでしょう?
ノーアウト1、2塁なんですよ。
バントで送りたい場面なんですよ。

[田口]
‥‥‥‥‥‥。

[糸井]
そういうときに、ものすごく都合のいい田口という選手がベンチにいるんですよ。

[田口]
‥‥‥‥やらせますね(笑)。

[糸井]
でしょう(笑)!

[田口]
‥‥ああ、そうか。



[糸井]
話を聞きながら、そう思ったんですよ。
一度脱いだスパイクをもう1回履いて、バントしてくれるやつっていうのは、ふつういないけど、いたぞっていう(笑)。

[田口]
田口ならできそう。

[糸井]
そうそうそう(笑)。
で、そのあとに怒ったことについても、監督からしてみると、
「あ、ここまでやらせると怒るな」って(笑)。

[田口]
そんなレベルですか(笑)。
いや、でも、そうかもしれないですね。
じつは、あの、監督が亡くなるまえに、ぼく、その話もしたんですよ。



[糸井]
おお。どうでした?

[田口]
「そんなこと、したっけ?」と。

[一同]
(爆笑)

[田口]
覚えてないんですよね、監督。
たいしたことじゃなかったんでしょう、あの人にとっては。

[糸井]
スパイク脱いだだけだろう、みたいな(笑)。



(続きます)
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