[糸井]
日光の金谷ホテルには、ヘレン・ケラーも泊まったらしい。

[南]へぇ。



[糸井]
で、うちの社員のひとりが、ヘレン・ケラーのことをぜんぜん知らなくて、笑いものになってたんだよ。
「なんか、戦争系の人でしたっけ?」
とか言ってるからさ。

[南]
「戦争系」(笑)。
そりゃ、ナイチンゲールだ。

[糸井]
あげく、
「ヘレン・ケラー? ケレン・ヘラー?」
とか言ってるからさ、笑われるわけよ、常識の欠けた人としてさ。

[南]
うん(笑)。

[糸井]
けどね、オレは、思うわけ。
みんな、ヘレン・ケラーについて、いったいなにを知ってるんだと。
笑ってる人も、笑われてる人も、知ってることにそれほど違いはないだろうと。

[南]
うん?

[糸井]
だからさ、要するに、みんながヘレン・ケラーについて知ってるのは、
「三重苦だったんだけど、 それを乗り越えてがんばった偉い人です」と。
そのくらいのことでしょう?

[南]
うん。

[糸井]
そこまでを知ってる人っていうのはね、そこまでしか知らない人でもあるわけ。
そういう人がね、ただそれだけの知識から
「知ってる」という立場に立って、
「知らない」人を笑い飛ばしていいものかと。



[南]
ははははは、妙な理屈だね。

[糸井]
だって、ヘレン・ケラーが、三重苦を乗り越えたあとにどうなったか、知ってますか?

[南]
え?

[糸井]
だからさ、しゃべれるようになるでしょ?

[南]
家庭教師がいるんだよね。

[糸井]
そうそう。
家庭教師の名前はサリバン先生だよ。
で、ヘレン・ケラーが最初に言った言葉が「水」だよ。

[南]
そうそう、「ウォーター」ね。
「ウォーター」ってことばと、水の触覚が一致したんだよ。

[糸井]
そこから、努力して、ノーベル賞をもらったんでしたっけ?

[南]
ノーベル賞はもらってないんじゃない?

[糸井]
ほんとですか?

[南]
え、もらってるかなぁ‥‥。

[糸井]
ほら、あやふやじゃない!



[一同]
(笑)

[糸井]
要するに、みんな、三重苦のところと、サリバン先生の「水」のところしか、知らないんだよ。それでね、
「ヘレン・ケラーも知らないの?」
っていうことを言うのはどうかなと。

[南]
そんなに怒ることないんじゃないかな。

[糸井]
ヘレン・ケラーは日本にやってきて、金谷ホテルに泊まったりしてるけど、みんな、知らないじゃないか。

[南]
そんなに怒ることないんじゃないかな。

[糸井]
サリバン先生がどういう人かとか、よくは知らないわけでしょう?

[南]
タリバン先生は、いろいろ爆破したりして、迷惑をかけるんだ。

[糸井]
それ、違う(笑)。

[南]
違うね。

[糸井]
「もっと光を」もヘレン・ケラーだっけ?

[南]
「もっと光を」はゲーテですね。

[糸井]
ほら! かように、あやふやなわけですよ!

[南]
ははははは、自分を根拠に(笑)。



[糸井]
だからね、そういう、偉い人に関してはね、不用意に「知らないの?」とか言わないほうがいいんじゃないかと、まぁ、そういうことだね、オレが言いたいのは。

[南]
思うんだけど、ヘレン・ケラーとか、野口英世とか、そういう偉い人たちのことをみんなが知らなくなったのは、伝記コーナーがなくなっちゃったからじゃないかな。

[糸井]
ああ、なるほど。

[南]
昔はさ、学級文庫みたいなのがあってさ、そこに必ず、伝記コーナーが。

[糸井]
あった、あった。
ヘレン・ケラーも、野口英世も。

[南]
シュバイツァーとかさ、キュリー夫人とかさ。

[糸井]
つまり、伝記コーナーの減少が、こんにちのヘレン・ケラー認識不足につながっていると。

[南]
そう。こんにちの。

[糸井]
南さんはそれを憂えておられる。

[南]
あ、いや、たしかに憂えているけど、オレはね、みんなが偉人の顔を知らなくなっちゃうのが不満なのね。

[糸井]
ふはははは、それは、つまり、
「顔マネ」という自分の商売に差し支えると(笑)。
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