[南]
糸井さんって、けっこう、昆虫関係くわしいよね。

[糸井]
そうかなぁ。



[南]
ふつうの人よりは知ってるでしょ。

[糸井]
そうなのかな。
のぞき趣味が強いのかもしれない。
その、セミの幼虫とか、羽化とかさ、やっぱり「見たい」んだよね。

[南]
子どものころは、いわゆる昆虫少年ではなかったの?

[糸井]
捕るのは好きでしたね。
いまでも、セミはだいたい手で捕れますよ。

[南]
手で、セミを?

[糸井]
うん。網とかなしで捕ります。

[南]
子どものときから?

[糸井]
子どものときは手じゃなかったかなぁ。
手で捕るのは、大人になるにしたがってうまくなっていったような気がする。

[南]
それは、めずらしいね。
「子どものときはうまかったんだけどな」
っていうのが一般的なパターンでしょ。



[糸井]
あ、それは、わかりやすい理由があってね、前にも話したと思うけど、子どもの前でひょいって虫を捕るとものすごく尊敬されるんだよ。

[南]
ああー、そうか、そうか。

[糸井]
子どもに「すごーい」なんて言われて、うれしくなって、自信をつけて、ますますうまくなる、みたいな循環で虫とりのセンスが磨かれていくわけ。

[南]
ああ、それで思い出したんだけどね、あの、うちの親父は、病気で寝ていることが多かったんだけど、なんか、突然、背広着て、外へ出かけることがあってさ、そういうときは、たいてい親父はソフト帽なんかをかぶってたわけ。

[糸井]
うん。

[南]
で、ある日も出かけるということになってね。
玄関でお見送りをするわけだ。
そんで、ガラガラって開けると、ちょうどそこを、トンボがスイッて飛んできて、あれはなんの木だったかな?
なんか、玄関先の木にとまったんだ。

[糸井]
うん、うん。

[南]
あれは、つつじかな?
つつじみたいに、こう、こんもりしたやつで、その上にトンボが、スッと、とまったんだけど、いつもはそんなことぜんぜんしないのにさ、その日に限って、親父がこう、自分のソフト帽をスッと脱いで、それを木にかぶせるみたいにして、トンボを捕ってくれるっていうことがあった。



[糸井]
おお、うん、うん。

[南]
オレはものすごく期待してさ。

[糸井]
うん(笑)。

[南]
で、こうー、ソフト帽を網のように構えながら、親父がソーッと近づいてったら‥‥フィッとトンボは飛んでっちゃってさ。
あとは、全員、何事もなかったかのように。

[一同]
(笑)

[糸井]
ははははははは。

[南]
でも、なんていうか、ちょっとは、うれしかったんだな(笑)。

[糸井]
わかるよ、それは。
そういうことに親が参加してくれるのって、子どもはすごくうれしいんだよね。

[南]
そう、そう。
捕ろうとしてくれるだけでうれしいんだ。
で、ちゃんと捕ってくれたら、もっとうれしいんだろうけど(笑)。



[糸井]
オレの場合、父親がそういうことをしてくれたかどうかはあんまり覚えてなくて、たぶん、してくれなかったんだと思う。
でも、そうしてくれたらうれしいだろうな、っていう思いは残っててさ。

[南]
うん、うん。

[糸井]
だから、そういうとき、やたらに、虫を捕りにいく親になっちゃったんだよ。
自分が父親になったときに、
「さぁ、オレの番だ」とばかりに、行ったねー。どこまでも。手づかみで。

[南]
ははははは。



(いい話ですねー。つづきます)


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