吉本隆明・まかないめし 番外。 老いのこととか、人類の言語の獲得とか。 |
第1回 佃島っていうところは。
吉本家の居間でお茶をすすりつつ、 阪神と巨人の近況について語りあいつつ、 (吉本隆明さんは、阪神タイガースのファンなんです) 笑いを混ぜながら、ひどくおもしろがるふたりの男。 「近くまで、たまたま寄ったものだから」という時も、 「今日は、大切な話をしにきたんですが」という時も、 吉本隆明さんと、糸井重里との会話は、 いつもそんな風に、3時間ぐらい続くのが常でして。 2週間前、 「ほぼ日」の9月のイベントへの出演の依頼で 吉本家におじゃました時の、吉本さんと糸井重里との会話。 その現場でのおもしろさを、真空密閉保存するかのように、 今日から、毎日、すこしずつ、ご紹介してゆきますね。 今日は、「佃島」についての、おはなしです。 「智慧の実を食べよう。300歳で300分」という、 9月の、「ほぼ日」創刊5周年記念講演会には、 吉本隆明さんとともに、小野田寛郎さんも参加されます。 小野田さんが、今、佃島に住んでるという話をきっかけに、 吉本さんは、近所の「新佃島」の話をしてくれました。 「小野田さんは、いま、佃島に住まれてるんだ? へぇー。 そりゃあ、やっぱり、 地元のやつらが、歓迎したんでしょうなぁ。 あそこは、結合も固いんだけど、 なかなか、よそものを入れないところがあって。 あの人だから、よかったんでしょうなぁ」 佃島は、江戸下町の漁師町。 江戸時代のはじめ、もともと家康と交流のあった 大阪・摂津の漁民たちが、移住して作った町なんです。 「血気盛んな漁師たちが江戸湾を埋め立てて作った島」だ。 「ぼくが、ちいさいころにいたのは、佃島の隣。 ちいさな川を隔てた向こうがわ。 『新佃』っていうところだったんです。 ま、似たようなものですけれど。 親父が、長崎からこっちに来た時に、 同じ、浄土真宗だったんですね。 それで、佃門徒っていうのは、結束が固い。 親父が、そこの人たちが入る墓の 土地を貸してくれねえか、って言ったんです。 親父の出身は、九州天草。 あそこも、浄土真宗の強固な信者の結合があった。 そのつながりが、あったんです。 『どこの門徒だ?』 と訊かれて、親父が『天草島の門徒だ』と答える。 天草島の門徒というと、結合が強いところですから。 だから、親父にも、小さいところをかしてくれて。 そういう、独特な場所なんですけど、 小野田さんなら、かえって、いるだけで 他に、重しが効くなんてところがありますから、 みんな、歓迎したんでしょうね。 あそこには、かつて、佃政(金子政吉)っていう、 関東有数のヤクザの親分がいまして。 おもしろいって言えばおもしろい場所ですね。 ぼくが通っていた小学校にも、 行事の仕切りに、佃政親分が来るんですよ。 それで、校長は、 『佃政親分が来てくれました』 なんて言ってましてね。地元に溶けこんでる。 佃政親分は、お墓も大きかったけど。 佃島は、その人が仕切ってるっというか、 紹介どころじゃダメだっていう場所ですから。 PTAかなんかの集まりでも優遇されてて、 あの人が出てくると、 なんとなく、場が、おさまっちゃうという、 そういう人でねぇ。 だから、もう、学校でも勢いはいいし、 尊重されてるし、お墓はものすごく大きいし。 佃ってのは、そういうところですから」 佃島の歴史に、ふーんとうなずきつつ、 聞き手の糸井重里は、ここで、 「親分が学校に来る」というところを ひとしきり「味があるわぁ」とたのしんでいて。 そして、 「あの町は、シャモを飼ってますからねぇ。 絶対、闘鶏してるんですよね」 と、つぶやく。 (その後、シャモのいたあたりに行って、 いまはいないということを知りました) 吉本さんは、それを受けて、 子ども時代の思いでを、語ってくれました。 「ああ、佃島、よく、シャモ、いますよね。 ぼくが小さいころにいたのは、新佃島っていう 水をひとつへだてた場所でしたが、そこでは、 おばさんが、飼ってるシャモなんかの クビをしめて、その場で血を飲んでた。 それで、ぼくたち子どもは、みんなで、 『オニババァ!』なんて逃げてっていう、 そういう場所だったんですけどね。 小野田さんも、いいとこに住んだと思います。 だけど、それ以外の人なら、 きっと、住むことは、ダメだったでしょう。 同級生にも、3人ぐらい佃島出身がいたけど、 あそこは、川を渡って築地に出れば どこか、サラリーマンでもいられるだろうけど、 ふつうの人で、あそこに行きたがる人は あんまりいないだろうし、 行けって言われたって、なかなか・・・。 小野田さんは、いいハマリ役でしょう。 昔は、渡し舟で行っていた島です。 今は、もう、舟もないでしょうね」 関東有数の親分のいた町。 戦後生まれの人にとっては、 あんまり、なつかしいはずがない話なのに、 ふしぎとなつかしく、ちょっと行ってみたくなる。 そういう、東京下町の原風景のような、佃島の話でした。 明日は、また、別の話題をおとどけします。 |
2003-06-18-WED
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