学ぶこと、盗むこと、仕入れること。

hobo nikkan itoi shinbun

糸井重里×早野龍五×河野通和 東京大学特別講義

ほぼ日の糸井と早野と河野が、
東京大学の特別講義に講師としてよばれました。
講義のタイトルは
「学ぶこと、盗むこと、仕入れること。」
名づけたのは糸井です。
若い学生たちの希望にあふれる視線を受けて、
3人は、人生の先輩として、
「知恵や知識、行動のいろんなやり方を
 どうやって覚えてきたのか」
を話すことになりました。
20歳のほぼ日とほぼ同い年の大学生からすると、
私たちのことをくわしく知らない人も
多かったことでしょう。
それでも積極的に質問を投げかけてくれました。
今回はほぼ日をあまり知らないという方々に向けて、
〈参考〉もつけましたのであわせてどうぞ。
みじかめの文章で全10回、
どこからでもよんでいただます。

2 やるべきこと、コストを算出し、実行まで判断する科学者の態度に学ぶ。 2018.08.17

早野

あらためまして、
サイエンス部門の仕入れのプロとして
紹介されました、早野です。
僕のことをすこし話しますと、
長年、東京大学の理学部物理の教授をつとめまして
2017年4月に退官しました。
思えば教授時代というのはずっと
「学ぶ、盗む」を繰り返して、
血肉化された知識や知恵を基に、
新しいアイデアを発想していたように思います。

で、普通に研究者人生を歩んでいたら
糸井さんと出会わなかったと思います。
きっかけは東日本大震災のあと、
神田にある「万惣」という喫茶店でした。
ふたりともここのホットケーキが好きで、
閉店前に駆け込まなきゃという会話を
ツイッター上でしたのが、
はじめての会話だったんですね。

糸井

そうでしたね。
僕は早野さんに話しかけるタイミングを
見計らっていたんですよね。

早野

それがきっかけで対談相手として
ほぼ日に呼んでもらったんです。
僕が東日本大震災以降に、
福島県で行ってきた活動についてお話ししました。

糸井

あの時、じっくり話せてよかったですね。

早野

そうですね。
福島県での活動というのは
僕の人生にとっても大きな転換点でして。
たくさんお金を使って
研究をさせてもらったことを活かして、
なにか震災に関して
世の中に還元できることはないだろうかと、
福島で地元の方々と活動をしたんです。
それで、あれは2014年の秋ですね。
『知ろうとすること。』#1という本を
糸井さんと一緒に書かせていただいて、
それ以来お付き合いがずっと続いています。

糸井

2013年の春先にお会いして、
そこからずっとですね。

早野

僕は今、サイエンスフェローという、
ほぼ日の科学分野をサポートするような
役職をもらっているわけですが、
実は最初は
「古典をやろうと思っているんですが、
 早野さん、歌舞伎の授業をしませんか」と
声をかけられたんです。

たしかに僕は歌舞伎が大好きで、
長年「文学部物理学科の教授です」と
自ら名乗っていました(笑)。
駒場東大キャンパスで本当に歌舞伎の講座を
やっていたことがありますし、
きっと僕もアート部門で仕入れられたと思ったら、
役職はサイエンスフェローだったんですね。

糸井

サイエンスだけをほぼ日でコンテンツにすることは
たぶんないんですよね。
でも、サイエンスという観点で
アートやライフが語られることはあると思いました。
そういう意味では早野先生は適任です。
適任という意味で思い出す話があって、
東京大学にインターネットを配置したのは
当時の早野さんらしいんですよ。
ね、早野さん?

早野

はい。
東大すべての建物の中を歩いて、
どこにどうやってケーブルを引くべきか地道に調べ、
大学側に配置してもらいました。

糸井

それって、
原子物理学ではないんですよ(笑)。

聴講生

(笑)

糸井

でも「インターネットは必要だ」と早野さんは思って、
そのためになにがどこに必要で、
どれくらいのコストがかかるのか、
自ら考えたわけですよね。

早野

そうですね。

糸井

サイエンスといわれて多くの人が想像するのは、
未来予測かもしれません。
でも、やるべきことを算出して
全体のコストを計算し、
実行まで判断できることは、
科学者の態度として学ぶべきだと
僕は思うんです。

そして、こういう判断をしなければいけない場面は、
僕らの周りにたくさんあります。
だけど世の中の多くの人が、
自分の主観だけで
事実をねじ曲げてとらえてしまうことを、
自然とやってしまっていると思います。
僕らだってそうです。

そうならないために、
科学者的な考え方を会社に入れたいと思ったのが
サイエンスフェローをお迎えした理由です。
「科学の立場だとこうですよ」と
僕らの仕事を違う視点から見てくれる人が
いたらいいなと思ったら、早野さんがいたんです。
今は早野さんに質問すると、
「あ、こういう人いますよ」とすぐに返ってきます。
世界中を飛び回っている早野さんに
時間を見つけて聞けるようになったことは、
僕らにとって幸運でしかないんですよね。

(つづきます。)

参考にどうぞ! 参考にどうぞ!

  • #1 知ろうとすること。
    早野さんの福島での活動を
    糸井と一緒にじっくり1年かけてまとめた本です。
    「知ろうとすること。」
    紹介ページにある言葉に
    本への思いが込められています。
    「科学的に根拠のない不安を抱えた人に
    「放射線の影響は認められません」と
    無機質に伝えるのではなく、
    「間髪を入れずに『大丈夫です』と
    自信を持って言いたい。」と、
    ある種の悩みや、いらだちさえも含めて、
    発する人の内面が表現されている本にしたい。」
    編集は当時新潮社に勤めていた河野です。