学ぶこと、盗むこと、仕入れること。

hobo nikkan itoi shinbun

糸井重里×早野龍五×河野通和 東京大学特別講義

ほぼ日の糸井と早野と河野が、
東京大学の特別講義に講師としてよばれました。
講義のタイトルは
「学ぶこと、盗むこと、仕入れること。」
名づけたのは糸井です。
若い学生たちの希望にあふれる視線を受けて、
3人は、人生の先輩として、
「知恵や知識、行動のいろんなやり方を
 どうやって覚えてきたのか」
を話すことになりました。
20歳のほぼ日とほぼ同い年の大学生からすると、
私たちのことをくわしく知らない人も
多かったことでしょう。
それでも積極的に質問を投げかけてくれました。
今回はほぼ日をあまり知らないという方々に向けて、
〈参考〉もつけましたのであわせてどうぞ。
みじかめの文章で全10回、
どこからでもよんでいただます。

7 アマチュアの心ではじめて、プロの仕事で仕上げる。それをたのしそうにやる。 2018.08.22

早野

では、質問を受け付けましょうか。

聴講生(男性)

本日はありがとうございました。
現在僕は大学院生で、
研究者になろうか将来を模索しています。

お話を聞いていて思ったのは、
アカデミズムは狭い世界の中で深く潜らないと
みえてこないおもしろさもあるでしょうし、
一方で、力を必要としてくれる誰かのために
広い視点で研究をするおもしろさもあって、
両者を両立するのは難しいと思っています。

自分のためと他人のため、
その関係性をどうあつかえばいいのか
漠然とした質問なのですが
どうお考えでしょうか。

早野

カギになるのは「時間軸」だと思います。
若いときに「誰かのために力を発揮しよう」
と考えることは正直言って、
むずかしいと思います。
僕が福島に関わりはじめたのは59歳なんですね。
あれがもし49歳のときだったら、
研究者としてキャリアを積むこと、
大学院生を教育すること、
そういったことを優先して関わらなかったと思います。
でも、あれができたのは定年間際だったから。
あと1本自分の論文を書くよりも、
たった数年で誰かを育てるよりも、
社会や誰かのために自分の時間を費やそうと
判断ができました。

糸井

ちょうどいい年齢だったんですね。

早野

そうです。
人生の中で決断する、ということは
どの年齢でなにを考えるのか、
時間軸とともに見極めることが重要です。
おっしゃる通り、
研究者として深くその分野に関わったからこそ、
それなりの成果も出せると自信を持てました。
若いころから八方美人で
なんでもかんでもやっていたら、
福島に関わる責任は持てなかったと思います。

僕が東大の最終講義で話したことで、
みなさんからいい反応をいただけた言葉があるので
ここでもお伝えしようと思います。
僕が仕事に対して大事にしている姿勢として、
まず「アマチュアの心ではじめる」。
研究者ですから真新しいことが多く、
最初のとっかかりは知らなくて当然です。
でも、最後は「プロの仕事として仕上げる」。
仕事ですから、そこはこだわりたい。
それらを「たのしそうにやる」んです。
たのし「そう」というのは結構大事で、
たのしくないときも、もちろんあります。
研究生活に入りはじめの人ならわかると思いますが、
同じことを繰り返して、
成果もなかなか出なくて、
そんなに毎日楽しくはないですね(笑)。

一同

(笑)

早野

でも、たのし「そう」にやることで、
自分にも周りにも
たのしそうなパワーが伝達されるんですね。

アマチュアの心ではじめて、
プロの仕事として仕上げる。
それらをたのしそうにやる。
そうやって力いっぱい仕事と向き合うことで、
どこかで突き抜けられます。
そして、いつの日か、
誰かのために力を発揮する瞬間が
くるかもしれません。
時間軸を自分の中に持っていると、
うまく考えられるのではないかと思います。

聴講生(男性)

ありがとうございます。

早野

別の質問、いかがでしょうか。

聴講生(男性)

お話、ありがとうございました。
僕の専攻は経済学ですが、
普段は文学をよんだり映画を観たりするのが好きです。
ただ、経済学とは直接関係ないので、
自分の中でどうつながっているんだろうと
思うことがあります。
早野先生は歌舞伎がお好きですが、
歌舞伎と物理学はどう関連されていて、
どんな風に向き合われていますか?

早野

物理学という学問を究めることと、
歌舞伎をたのしむことや教えることの間には、
なんら関係ありません。

一同

(笑)

早野

関係はないんだけれども、
僕というひとりの人間の
アイデンティティですね。

無理やり歌舞伎の知識を物理に活かそうですとか、
物理の方程式を歌舞伎にたとえようですとか、
そんなことは一切考えていません。
お互いにAやったからB、
BやったからCなんていう
一直線上の関係はないんです。
だけど音楽も、歌舞伎も、
長年物理学の研究をしてきたことも、
福島に行って高校生たちと活動したことも、
必然性があって足を踏み入れたこと。
すべて、僕の中で確実に生きているので、
それでいいと思っています。

(つづきます。)