「お金じゃないよ。大事なのは人だよ」と、田内学さんは何度も語る。
お金への見方が変わる経済教養小説
『きみのお金は誰のため』が大ヒット中の
金融教育家・田内学さんは、
「お金は無力である」という独自の経済観をもとに、
日本の人たちのお金に対する認識を
変えようと頑張っている人です。
もともと米投資銀行のゴールドマン・サックスで
長年働かれていた田内さん自身、
あるときからお金に対する考え方が変わったのだとか。

そもそも、お金ってどういうもの?
日本では投資について、けっこう誤解がある?
経済の話が苦手な人でも、中学生や高校生でも、
みんなにわかりやすいように、
お金と社会の関係について教えていただきました。
2. お金は「支え合う仕組み」をつくるもの。
お金に価値があるのはなぜ?
写真
田内
僕らはいまでこそ紙のお金に慣れてますけど、
実は紙幣って、日本だと
明治時代に急に普及したわけです。



(古いお札を見せながら)
これ、「壱円」と書かれてますけど、
100年前に発行された一円札なんです。



発行当初、これは金の兌換紙幣
(だかんしへい)で、
「金(きん)と交換できますよ」と言われたから、
みんな価値を感じたんですね。



でもそれ、考えてみると
ちょっと不思議な感じがしませんか?
紙幣って、ただの紙切れといえば紙切れだし、
価値を感じるものって、他にもあるわけです。
小判もあるし、昔は年貢をお米で納めてた。



あるいは日本で暮らす僕らはいま
「円」を使ってますけど、
別に「ドル」でもいいし、
金(きん)で交換してもいい。
ところが「円」の紙幣を使ってる。



いまは「ビットコイン」とかの
暗号資産もあって、きっといろいろ
電子でできて便利じゃないですか。
だけど登場後、ぜんぜん普及してない。



一方で、1873年に発行された
最初の円の紙幣は、
人々の間にすぐ普及したんですよ。
これ、どうしてなんでしょう?



実はこのあたりに
「なぜ僕らがお金に価値を感じるか」の
ヒントがあるんですね。



その説明のために、この本ではひとつ、
思考実験をしているんです。
「サクマドル」からわかること。
田内
主人公のサクマ君の家では、
子どもたちがみんなスマホばっかり触ってて、
家事を手伝わないんですね。



そこで両親が紙のトランプに
「1サクマドル」って書いて、
「家事をしたら、サクマドルをあげるよ」
と言ったわけです。
とはいえ子どもにしてみたら、
そんなの別にいらないですよね。



だけど、次に親があることを言うと、
子どもたちは急にサクマドルに価値を感じて
「じゃあ働く!」となったんです。
何と言ったか。



「毎日1サクマドルを支払わないと、
スマホを使わせない」
と言ったんです。



1サクマドルを払わなければ、スマホを使えない。
子どもたちからすると生活できないから、
「じゃあ手に入れなきゃ!」となる。
そこで意識が変わって、このサクマドルに
急に価値が生まれたんです。



実は1873年に日本で紙幣が発行されたときも、
同じタイミングで「地租改正」が
行われたんですね。



日本の農民たちはそれまでずっと、
お米で年貢を納めていたんです。
だけどそのときから
「土地のある人は、持っている面積に応じて
紙のお金で税金を納めてください。
そうしないと土地を没収しますよ」となりました。



それでみんな紙幣を手に入れる必要が出てきて、
給料を紙幣で受け取ってる役人に
ものを売ったりとかして、
どんどん手に入れるようになったんです。
紙幣が急に広く流通したのには、
そういう背景があったんです。



つまり、いまの僕らはもう慣れてしまって、
紙幣自体に価値を感じてますけど、
お金に価値が生まれるのは
「必要だ。ほしい!」と思う人がいるからなんですね。
お金って、そういうものなんです。



さらに言うと、いまの「サクマドル」の話って、
実は税金と同じ仕組みなんですね。



そう言うと、この話も
「政府がみんなを働かせるために
税金を使ってる」みたいに
受け取られることがあるんですけど、
その誤解も解いておきたいと思います。



政府ってただの組織で、
特権階級とかじゃないわけですね。
社会がうまくまわるための仕事を
している人たちです。



だからこの「サクマドル」のいちばんの意味は、
導入することで家庭という場で
みんなが支え合う仕組みを作れたことなんです。
やるべきこと、やったほうがいいことを、
みんなでよりうまくやっていくための道具。
それがお金の本来の意味なんですね。
写真
日本の借金の話。
田内
さて、社会とお金の話というと、
日本の借金の話もよく耳にしませんか?
「借金がすごいからそろそろヤバい」とか、
「借金があるのになぜ国は潰れないのか」とか。



そのあたりの話も
この「サクマドル」を例に考えていくと、
少しわかりやすくなるんです。



ある日、このサクマくんの家で、
政府である親が
「大掃除をしよう」と考えたんですね。
あちこち汚れてきたから、
みんなが気持ちよく暮らせるように
大掛かりな掃除をしたほうがいいと
思ったわけです。



そのとき親が
「大掃除してくれた人には10サクマドル払うよ」
と言うわけです。



じゃあこの10サクマドル、
どこから出てくるんでしょう?



親がこの10サクマドルを手にする方法って
「みんなから税金として徴収する」でも
「借金をして新しく紙幣を発行する」もある。
でもこれ、どっちにせよ、
子どもたちが掃除をしなきゃいけないことは
変わらないんですね。



借金と言われると、
「将来の負担になる!」とか思うけれども、
実はそこで働くのが自分たちなら、
自分たちで支えているだけなんですよ。



じゃあ、どういうときに借金が問題になるか。
それは違う家の人にサクマドルを払って
掃除をしてもらう場合です。
これは将来のツケになる。



将来、サクマドルを持っている
ほかの家族が家にやってきて、
「これ払うから私たちのために働いてよ」
と言われたら、働かざるを得ない。



つまりお金って
「使っている人たちのなかで、
支え合う状況を作るもの」なんですね。



だから、2年半前から、ウクライナへ侵攻した
ロシアに経済制裁が行われてますけど、
それが決まったとき、ロシアは
「自国資源の石油や天然ガスは、
ルーブルの支払いでなければ売りません」
と言ったわけです。



あのとき
「ルーブルってロシアは自前で発行できるし、
そんなの貰っても意味ないじゃん」
とか言ってたコメンテーターもいたわけです。
だけどあれ、実はすごく考えられた話で。



ロシアから石油や天然ガスを買うには、
まずルーブルを手に入れなきゃいけない。
そうなると他の国の人は、ロシアの人たちのために
働かないといけないんですね。
ロシアの人にものを提供したり、
サービスを提供したりしなければ、
自分たちが欲しいものが手に入らない。
だからロシアはあのとき
「決済はルーブルで」と言ったんです。



そう考えると、お金の価値の根源って
「もらって働く人がいるからだ」と
わかると思うんですけど。



お金自体には価値がない。
でもそれを欲しがって働く人がいるから、
そこに価値が生まれるわけですね。
最後は人にたどりつく。
田内
続いて、
「お金だけで解決できる問題はない」
という話にいきたいと思います。



そんなふうに言うと、こう思う人が
いるかもしれないですけど。
「ものを作るときって、人件費だけじゃなく
材料費などもかかりますよね。
お金で解決できる部分も
あるんじゃないの?」って。



ではこれ、うどん屋さんの例で考えてみます。
ある町にうどん屋さんがあって、
ちょっと安いけど、
300円でうどんを売ってるとします。



そのときの内訳を、人件費というか、
うどん屋の店主が貰うお金が100円で、
のこりの200円で材料の小麦粉を買ってるとします。
あえてかなり簡単な計算にしてますけど。



このとき小麦粉って、お金を払えば
手に入るように見えるんです。
だけど実際には工場で作られてるわけですね。
だからこの200円の小麦粉代のうち、
100円は小麦粉工場で働く人たちに
支払われてます。
そして残りの100円は、小麦粉工場の人たちが
原料の小麦を買うために使っている。



で、さらにこの工場の人たちが
小麦を買うときの100円も、
そのさきで農家の人に支払われてるんです。



つまり300円のうどんって、
うどん屋の店主に100円、
小麦粉工場の人に100円、
小麦の農家さんに100円入ってるわけですね。
すべて人が受け取っているんです。



実際には燃料費とか機械代とか肥料代とか、
ほかにもいろんなものがあるんですけど、
そういうのも、別に増えたところで
新しい人が追加されるだけ。



つまり「原料費」として、
ものを買ってるだけのように思えるお金も、
たどっていくと向こう側には必ず、
それを受け取って働く人がいる。
お金って、最終的には必ず
人と人とのやりとりなんです。



僕らはつい、お金を払うだけでなにかが
解決できてるように思いがちですけど、
そうじゃないんですね。
あらためてひとつひとつ考えてみると、
必ずそこに人がいるから、いろんなことが
解決できているのがわかるわけです。
(つづきます)
2024-11-16-SAT
写真
『きみのお金は誰のため』
─ボスが教えてくれた
「お金の謎」と「社会のしくみ」



田内学 著
(本の帯より)
3つの謎を解いたとき、
世界の見え方が変わった。
「お金自体には価値がない」

「お金で解決できる問題はない」

「みんなでお金を貯めても意味がない」
ある大雨の日、中学2年生の優斗は、
ひょんなことで知り合った
投資銀行勤務の七海とともに、
謎めいた屋敷へと導かれた。
そこに住む、ボスと呼ばれる大富豪から
なぜか「この建物の本当の価値がわかる人に
屋敷をわたす」と告げられ、
その日から2人の「お金の正体」と
「社会のしくみ」について学ぶ日々が始まった。



元ゴールドマン・サックスの金融教育家が描く、
大人にもためになる経済教養青春小説。