「お金じゃないよ。大事なのは人だよ」と、田内学さんは何度も語る。
お金への見方が変わる経済教養小説
『きみのお金は誰のため』が大ヒット中の
金融教育家・田内学さんは、
「お金は無力である」という独自の経済観をもとに、
日本の人たちのお金に対する認識を
変えようと頑張っている人です。
もともと米投資銀行のゴールドマン・サックスで
長年働かれていた田内さん自身、
あるときからお金に対する考え方が変わったのだとか。

そもそも、お金ってどういうもの?
日本では投資について、けっこう誤解がある?
経済の話が苦手な人でも、中学生や高校生でも、
みんなにわかりやすいように、
お金と社会の関係について教えていただきました。
3. 日本の苦しい状況。
日本の苦しい状況。
写真
田内
さて、小麦粉の話の流れで、
このところの日本の経済の
苦しい状況についても考えてみます。



いま、ウクライナの危機などもあって、
世界的に物価が上がってるわけですね。
小麦粉の価格も上がっている。
とはいえ、物価が上がってるのは
どの国も一緒なのに、どうして日本ばかりが
苦しい状況にあるんでしょう?



これ、たとえば小麦って、
日本はアメリカやカナダから輸入してるんです。
食べものとかって物価が安い国から
買ってるイメージがあるかもしれないけど、
実はアメリカやカナダって、
日本よりも物価が高いわけですね。
でも、彼らは小麦粉を作るのが得意で
日本はそんなに作るのが得意じゃないから、
輸入しているわけです。



日本って本当にいろんなものを
外国に頼っていて、
鉄鉱石、石油、天然ガスとかの
エネルギーなんて特にそうですね。
木材とかもそう。
そしていま、こういったものの値段が
ぐんぐん上がってるわけです。
つまり、世界でいま値段が上がってるものが
外国の人が働いてるものばかりだから、
日本は苦しくなっている。
簡単に言えば、そういう状況があるんです。



だから日本が現状の苦しさから抜け出すには、
僕らが逆に、外国の人たちが本当に
欲しがるものを提供できてればいいんです。
だけどいま、そういうことができてない。
昔だと家電や車が売れてたけれど、
いまはそうじゃない。



いまの物価高については
「円安が原因だ」という話をする人も
いるんですよ。



確かにそうだけど、なぜ円安になったかというと、
穀物やエネルギーの価格が上がって、
いままで100ドルで買えてたものに
200ドル払わなきゃいけないような
状況がきてしまったわけです。



と、為替市場では
ドルを買いたい人が増えるから、
1ドル110円ぐらいだったものが
150円とかになる。



そしてそのくらいの円安になると、
外国の人が日本に旅行したり、
日本でものを買ったりすると
安くクオリティの高いものが手に入るから、
そういう人が増えて円高に戻る
‥‥はずなんだけど、それが起きていない。



インバウンド(訪日外国人旅行)自体は
増えてるんです。
だから、ほんとはそこでお金を使う人が増えて
円高に戻るはずだけど、そういうことも起きてない。
だから、日本は円高に戻るくらいまで、
外国の人たちにとって魅力的なものを、
実はまだまだ作れていない。
そういう状況があるわけです。
AIやロボットで、
仕事が減っても大丈夫。
田内
あと、社会とお金のことで言うと、
「今後AIやロボットが発達すると、
仕事が奪われるんじゃないか」
という話もよく聞くと思うんです。



でもAIやロボットが
労力の一部を背負ってくれるって、
実際にはいいことなんですよ。
「人の仕事が減る」って、
賃金が高くなることにつながりますから。



どういうことかというと、
これは100年前と現在とで、
物価がどのくらい上がったかの
リストなんですけど。
写真
田内
100年前だと、1日働いたときの賃金が
だいたい2円だったらしいんですね。
いま、同じような条件だと1日で1万5千円。
つまり所得は100年前の
7600倍になっているわけです。



いっぽう、物価の上がり方はバラバラですけど、
所得と比べるとだいぶ上がり幅が少ないんです。
椎茸は440倍、豆腐は1230倍、食パンは1400倍。
食費全般が2200倍。
食堂のカレーが5000倍。



所得は100年で7600倍に増えてるけれど、
椎茸の値段は440倍でしかない。
所得と比べて0.06倍しか伸びていないって、
ものすごく安くなっているわけですね。



なぜかというと100年前には椎茸って、
天然のものを人が採りに行っていたんです。
それが人工的に栽培できるようになって、
一気に安くなった。
豆腐や食パンもそうで、
工場での大量生産がはじまって安くなった。



ところが食堂のカレーは、
そこまで安くなっていないんです。
理由は、食堂では人が働いてるから。
材料は安くなっていても、
人の手が必要なものって、
そんなに安くならないんですね。



将来、AIやロボットが発達して起きることって、
おそらくこういうことなんです。



で、いま、100年前と比べて
雇用が失われたかというと、
別にそうじゃないですよね。



江戸時代には、農家の人がすごくいっぱいいて、
食料調達のために働く人がほとんどだったのが、
いまはいろんな道具もでてきて、
少ない人数で食べものを確保できるようになった。



そのとき人々は、そこで手が空いたから
仕事がなくなったかというと、そうじゃない。
家電とか車とか、食べものとは別のものを
作るようになったり、
サービス業とか別の仕事に従事したり。
そのぶん、別のかたちで社会を豊かにする
仕事をするようになったわけですね。



「生活が豊かになる」って、
別に賃金が上がることじゃないんです。



賃金が上がっても、手に入るものが同じなら、
何も変わらない。
そうではなくてむしろ、
効率よくものが作れるようになったぶん、
新たなものやサービスが手に入るようになると、
それが「生活が豊かになった」ということなんですね。



だから、少ない人数で食料調達ができるようになって、
そのぶん新しいものやサービスが生活のなかに増えて、
100年前に比べて、生活はすごく豊かになった。
未来についても、まずはその意味で
これから暮らしがもっと豊かになっていくのかな、
と考えられるかなと思うんです。
未来の世界の可能性。
田内
じゃあ、今後AIやロボットが発達していって、
いまの仕事がもっと少ない人手で
できるようになっていったとき、
みんなの働き方はどうなるか。



100年前からいまにかけて起きた変化のように、
多くの人が、1日に8時間働いたりしているのが
4時間とかになって、
「残りの時間で新製品を作る」
とかもあるかもしれないですし。



あるいはもしかしたら、
「4時間だけ働いて、あとはもう働かずに過ごす」
みたいな可能性もあり得ると思います。



ただそのとき、
「仕事は少なくなったけど、ごく一部の
能力がある人や経営者だけが儲けて、
それ以外の人は仕事にありつけなくて
暮らしていけない」
とかだったら、それはダメですよね。
それはおそらく、
お金の「再分配」がうまくいってない。



「再分配」ってなにかというと、
言葉そのまま、世の中のお金のバランスが
悪くなってしまっているところを
配り直してバランスを整える、みたいなことですけど。



資本主義社会で経済活動をやってると、
富める人は富んじゃうし、
富めない人は富めないわけです。
そのルールでうまく働ける人は儲かるけど、
全員がうまく儲けられるわけじゃない。



そのため、うまく働けなくて
困っている人たちにお金を渡したりとか、
仕組みにフィットしない人を
どう助けるかもすごく重要なんですね。



だから「生活保護」っていま、働いてないのに、
お金をもらうのはおかしい、とか、
批判的に言われたりもするじゃないですか。
だけど、人ってほんとにいろいろだし、
社会というのも仮のものだから、
いまの資本主義社会のルールで
うまく働けない人たちもいるわけですね。



で、昔と比べると、社会全体が
ずいぶん便利に効率化されてるから、
全員を食べさせることって、もうできるはずなんですね。
なのに、まともに生きていけないほど
貧しい人が出てしまう場合、
「富めないのは自分のせいだから、見捨てていい」
といった考え方は、たぶんきっと厳しすぎる。
だからそういうことが起こるのは、
「再分配」がうまくいってないということかな、
と思うんです。



社会も人も完璧ではないから、
うまくいかないところを制度で
バランスをとることって実はすごく大事だし、
未来の社会のお金については、
そういった部分も含めて
考えていく必要があるだろうな、と思います。
写真
(つづきます)
2024-11-17-SUN
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『きみのお金は誰のため』
─ボスが教えてくれた
「お金の謎」と「社会のしくみ」



田内学 著
(本の帯より)
3つの謎を解いたとき、
世界の見え方が変わった。
「お金自体には価値がない」

「お金で解決できる問題はない」

「みんなでお金を貯めても意味がない」
ある大雨の日、中学2年生の優斗は、
ひょんなことで知り合った
投資銀行勤務の七海とともに、
謎めいた屋敷へと導かれた。
そこに住む、ボスと呼ばれる大富豪から
なぜか「この建物の本当の価値がわかる人に
屋敷をわたす」と告げられ、
その日から2人の「お金の正体」と
「社会のしくみ」について学ぶ日々が始まった。



元ゴールドマン・サックスの金融教育家が描く、
大人にもためになる経済教養青春小説。