2011年2月下旬。面接、当日。
早朝に京都を出た志谷さんは
約束の時間より、だいぶ早く到着しました。
その強張った面持ちから
かなーり「緊張」しているのがわかります。
会話をしても長く続きませんし、
お茶を飲むペースが、超はやい。
同室にいた僕たちは
志谷さんの「緊張感」を共有したまま、
黙しがちな時間を過ごしました。
‥‥20分ほど、経ったころでしょうか。
「ふんふふーーん‥‥」と
いつもの社内ミーティングと変わらない感じで
鼻歌交じりの糸井が入って来ました。
「面接」は唐突に、はじまりました。
糸井 | あ、あなたがメールをくれた学生さん? よろしくお願いします。糸井重里です。 |
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志谷 | はい、志谷啓太と申します。 今日は、よろしくお願いします! |
糸井 | あなた、いいお友だち、持ってますね。 推薦状、読ませてもらったけど。 |
志谷 | あ、柿添くんのことですか? |
糸井 | ああいうお友だちを持っていると あなたの点数も、上がりますよね。 |
志谷 | ‥‥僕も、そう思います。 |
糸井 | だって、みごとな推薦状でしたから。 必ずしも、あなたのことを すべて肯定しているわけじゃないって部分が きちんと、表現されていて。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | 企業にしてみたら、彼は「ほしい人」かもね。 |
志谷 | はい、彼は就職、うまくいくと思います。 |
いったい、どんなことになるんだろうと
思っていた「面接」ですが
なんだか、すうっと、はじまった感じでした。
今、ここにいる人たちは
全員が「面接」のために集まっていますが、
でも、世間一般の「面接」とは
やっぱりだいぶ、ようすがちがいます。
糸井 | 大学では、何をやってらっしゃるんですか? ‥‥「面接」みたいなこと聞くけど(笑)。 |
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志谷 | 僕が通っている「総合人間学部」というところは わりと何でもありなんですけど、 僕は主に「プログラミング」を学んでいます。 でも、卒業研究では すこし、ちがうことをしたいと思っています。 |
糸井 | ほう? |
志谷 | 僕、コーヒーを淹れるのが好きなんです。 だから、コーヒーのことで 何か、できないかなって考えていて‥‥。 |
糸井 | へぇー‥‥。 |
志谷 | 今日も、コーヒーを淹れる道具を一式、 持ってきたんです。 もし、何もしゃべれなくなったときには コーヒーを淹れようと思って。 |
糸井 | あはは(笑)。 でも、そんなに好きなんだ、コーヒーが。 |
志谷 | はい(笑)。 |
糸井 | 僕も好きですよ、コーヒー。 |
志谷 | わあ、ほんとですか? |
志谷さんの「大切にしてきたもの」のひとつは
「コーヒーを淹れること」でした。
だから、その話題を出すことができて、
ずっと、キッと結ばれていた志谷さんの口元が
すこーし、緩んだように見えました。
糸井 | そもそも「なぜ僕に面接してほしいのか」を もう一回、聞いてもいいですか。 |
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志谷 | はい。 僕は面接の場で、志望動機だったりとか、 その会社について話すことより、 僕自身に関して もっと知ってほしいという思いがあるんです。 それを知ってもらってから、 合格なら合格、 不合格なら不合格をつけてほしいんです。 |
糸井 | その気持ちは、わかる。 |
志谷 | つまり「僕が大切にしてきたもの」について もっと「雑談」させてもらえたら わかってもらえるのにな、と思っていて‥‥。 |
糸井 | つまり「コーヒーが好きなこと」だとか? |
志谷 | はい。 |
糸井 | コーヒーが好きで 大学ではプログラミングを学んでいるけど コーヒーのことで卒業研究をやろうとしている、 そういう学生なんですけど この会社で いっしょに仕事させてくれませんかって? |
志谷 | そうです、はい。 |
糸井 | あの‥‥僕なんかが勝手に思うのは 「その姿勢で、いい」気がするんですけど ただ、面接官は あなたのことを「愛して」はいないでしょ? たった今、面接の小部屋に入ってきた 「多くの学生のうちのひとり」でしかない。 愛そうとも思っていない「他人」なんです。 |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | そういう「他人」の、コーヒーの話。 |
志谷 | だから、聞いてくれないんですか? |
糸井 | 今まで、面接で「コーヒーの話」をしたら どうでした、反応は? |
志谷 | たいがいは 「その話はもういいから」みたいな空気に なりました。 |
糸井 | まぁ、そうかもしれないね。 つまり、もっと言うと愛情の問題ですらなくて、 企業の採用面接というのは 人を「機能」として選別する場所ですから。 |
志谷 | 僕、それがすごく嫌なんです。 |
糸井 | でもさ、 たとえば「荷物を持ってほしい」ときには 「いい人かどうか」よりも 「荷物をちゃんと持てるかどうか」が 大事だとされているし、 仕事の現場では 実際、それが大事なのは、わかりますよね? |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | それでもやっぱり、そう思うんだ? |
志谷 | はい。 |
糸井 | 「荷物をきちんと持てない人には 荷物を預けられない」 という、そこのところを見極めたくて 面接してるんだよね、企業は。 |
志谷 | でも、僕が荷物を持ってもらうとしたら、 やっぱり 気持ちよく持ってくれる人がいいです。 |
糸井 | それは、誰だってそうです。 |
志谷 | だから「荷物を持てるかどうか」よりも もうひとつ、 大事なことがありそうな気がするんです。 |
糸井 | ああ、おもしろいね。 |
企業の採用面接についての会話が、
面接という形式のなかで、交わされています。
志谷さんは、糸井との「やりとり」を
ひとつひとつ、
真剣に咀嚼しようとしているように見えます。
糸井 | 今まで、何社くらい受けたんですか? |
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志谷 | 5社か、6社くらいです。 |
糸井 | その「5社か、6社」というのは ぜんぶ「受かりたい」と思って受けた会社? |
志谷 | 受かりたいと思って受けた会社もありますし、 正直に言って 「取りあえず」という会社もありました。 |
糸井 | 「取りあえず」は 落とされても、しょうがないですよね。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | 受かりたかったのは、そのうち‥‥。 |
志谷 | 1社‥‥あるかないかです。 |
糸井 | それじゃあ、ぜんぶ落ちても仕方ないな。 |
志谷 | ただ、採用試験を受けてみて思うんですが、 僕はもう 「取りあえず」で割り切っちゃったほうが 無駄につらい思いをしなくてすむというか‥‥。 |
糸井 | 行きたい会社でも? |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | その考えは、テクニックに囚われ過ぎてる。 それじゃ、ダメだと思う。 |
志谷 | そうでしょうか。 |
糸井 | そこはちゃんと、フラれといたほうがいい。 |
「テクニックに囚われ過ぎない」
「ちゃんと、フラれておくこと」
志谷さんと糸井のやりとりを聞きながら、
僕らも、自分を省みたりします。
糸井 | うちの会社は、一般的な企業よりも 「機能」で面接をやってないと、思うんです。 ただ‥‥大量の学生と会わなければならない ふつうの企業の面接では たぶん「出会いかた」が、ちがうんだと思う。 |
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志谷 | 出会いかた、ですか? |
糸井 | 就職の採用のプロセスでは 志谷くんと企業は どこかで「出会う」ことになりますよね。 「そっちが、オレのところに来い」 かもしれないし、 「そちらへ、うかがいましょうか」 かもしれない。 で、そう考えたときに、僕は 今の学生さんは 企業の側の都合に、合わせ過ぎてると思う。 |
志谷 | それは‥‥はい。 |
糸井 | 就職氷河期だから、しかたがないと言ってもね。 だって、少なくとも僕と、僕らの会社では、 「プロポーズする」のは 「両方」だと思ってますから、あくまでも。 |
志谷 | ああ‥‥。 |
糸井 | そうじゃないと、うまくいく気がしないし そこのところをわかっている人となら、 学生であろうが、 社会人の経験者であろうが、 いっしょに仕事ができるんじゃないかなあ。 |
志谷 | そうなんですか。 |
糸井 | 少なくとも、そういう「心構え」でいられたら、 むやみにつらい思いなんか しなくてすむと思うんですよね、学生の側も。 |
志谷 | そうか‥‥はい。 もし、そう思えたら、コーヒーの話だって、 へっちゃらで できるかもしれないなと思いました(笑)。 聞いてもらえなかったとしても‥‥。 |
糸井 | でしょ? |
志谷 | プロポーズするのは、両方なんだからって、 そう、思うことができていれば。 |
糸井 | あの、思ったんだけど。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | 志谷くん、もうさ、就職試験の面接なんて やらなくてもいいんじゃない? |
志谷 | え、どういうことですか? |
糸井 | コーヒー屋に、なったらいいんじゃないの? |
<つづきます>