「代々木公園でみちくさ」編  今回の先生/柳生真吾さん プロフィールはこちら
名前その6 クズ
今回の「みちくさ」では、
いくつかのものを見つけ、いくつかのことが起きました。
ですので、すこし長めのレポートになります。

ふたつの傘が、
明治神宮方面を見渡す場所にやってきました。
 
柳生 わあ、これはまた‥‥。
吉本さん、これ、クズですよ。
吉本 え? どれがですか?
柳生 ぜんぶですよ、
ここを覆ってるの、ぜんぶ。
 
吉本 えー。
柳生 ねえ、すごいですね。
ほかの木を覆っちゃってる。
これぜんぶ、クズです。
 
クズ(葛)
分類/マメ科 クズ属
学名/Pueraria lobata
  開花期/夏から秋
吉本 これ、ほかの木を枯れさせるんじゃないですか?
柳生 うーん、そうですねえ、
だから取ってあげたほうがいいですが‥‥。
みなさん、食べるのは好きなんだから。
これ、あれですよ、葛餅になるんですよ。
吉本 あ、そうか、葛餅のクズなんだ。
柳生 花もきれいで香りがいいんですけど、
こうやって、なんでも覆い尽くしていくんですね。
吉本 じゃあ、あの、
放置された家とか畑なんかを覆っているのも。
柳生 そう、だいたいクズですね。
あと、電車の脇とか、高速道路の脇とか。
すごいでしょ?
吉本 ねえ、すごい、ちょっと怖いですね。
なんか、マタンゴみたいな。
柳生 はははは。
でもそうですね、ちょっと怖い雰囲気ですよね、
ここまで覆い尽くしていると。
秋の七草のひとつなのに。
吉本 秋の七草。
柳生 秋の七草。
吉本さん、言えます?
吉本 言えませんねー。
春のなら知ってるのに(笑)。
柳生 それではですね、お教えしましょう。
おぼえかたがあるんです。
「おすきなふくは?」っておぼえるんです。
吉本 おすきなふくは。
柳生 そう。ええと、
「お」がオミナエシ、
「す」がススキ、
「き」がキキョウ、
「な」がナデシコ、
「ふ」がフジバカマ、
「く」がクズ、
「は」がハギ。
 
吉本 おすきなふくは、おすきなふくは‥‥。
‥‥あら? わあ、かわいい!
かたつむりのようなものがいます。
柳生 ああ、ほんとだぁ。
 
吉本 ちっちゃーい。
柳生 ‥‥‥‥ん?
ねえ、吉本さん。
吉本 はい?
柳生 どうやら傘をささなくても
よさそうな気配ですよ?
吉本 え‥‥‥‥ああ、ほんとだ、雨がやんでいます。
柳生 きもちいいなぁ、雨上がり。
吉本 ほんとに。
ちょっとだけ陽もさしてきました。
 
柳生 ススキ。
秋の七草ですね。
吉本 雨が上がると鳥も出てくるんですね、
ほら、あそこに。
 
柳生 あれはヤマガラですね。
エゴの木の実を食べにきたんですね。
吉本 これ、写真が撮れるといいですねえ。
柳生 そうですねえ‥‥じっとしてないから‥‥
あ、今チャンスじゃないですか?
吉本 ‥‥‥‥どう? 撮れました?
 
柳生 おおー、よかった、撮れましたね。
吉本 すばらしい(笑)。
柳生 あのヤマガラが食べている実はエゴっていうんですけど、
あれは毒があるんですよ。
吉本 あの子、大丈夫なんですか?
柳生 うん、ヤマガラは大丈夫なんですよ。
吉本 へえ〜。
ふしぎですねえ‥‥。
柳生 ‥‥ああ、ここからは、池が見えるんですね。
吉本 あれは、明治神宮の。
柳生 そしてここも、すごいですよクズが。
 
吉本 うわー、すごーい。
やっぱりちょっと怖いですね。
柳生 何かがありそうですね。
なんていう池なんでしょう、名前があるのかな。
吉本 ほとんどぜーんぶクズだから‥‥
「葛ヶ池」とか?
柳生 葛ヶ池(笑)。
いいですねえ、吉本さん命名。
ぼくらはそう呼ぶことにしましょう。
吉本 ねえ。
ほんとにすごい雰囲気。
ここ、代々木公園なんですよね‥‥。
 
今回は、いろんな名前がたくさん出てきました。
でも、おぼえるのは、ひとつで大丈夫。
「クズ」、おぼえました?

というわけで、
奇跡的と思えたほどに、雨はぴたりとあがりました。
傘をたたんで、みちくさは‥‥

明後日に続きます。
 
吉本由美さんの「クズ」
 

放置された林や農地、家屋などで、
何もかも飲み尽くす勢いで生い茂っている
あの嫌な感じの"緑のヴェール"の正体が、
実はクズと柳生さんから聞いたときは、驚いた。
ツタだとばっかり思っていたのだ。

昔『マタンゴ』という東宝映画があった。
主人公の少年が、上陸した人間が戻ってこないという
謎の島へ学者たちと調査に向かうお話だった。
着くと島は巨大キノコだらけ。
それらがずるずる這って少年たちを襲ってくる。
人間に抱きつき、絡まり、びろびろと覆い、
最後はキノコにしてしまう。
危機一髪で逃れた少年以外は全員キノコにされたと思う。
つまり島ぜんたいに蔓延っているマタンゴと呼ばれる
巨大キノコは、実はみなそうやって
次々にキノコ化させられた人間だった‥‥
という子供向けSFホラー映画なのだが、
"緑のヴェール"を見るたび私の頭には
そのマタンゴが浮かぶのだった。
手入れの行き届かない緑地が増えた昨今は特に。
このまま放置状態が広がると、
日本中の田畑林がマタンゴに、
いやツタに覆われてしまうとツタを過剰に忌み嫌ってきた。

ところが真犯人はクズだなんて、足が掬われた感じ。
くず湯、くずきり、くず餅、胡麻豆腐、
漢方薬では葛根湯と、好きなものだらけのクズ様なのに。
人は見かけによらないわけだが、クズも同じということか。
何にでも絡みつくのは
つる性植物のどうしようもない習性ってことは判るけれど、
何が悲しくてあそこまで。

柳生さんが「花は綺麗で香りもいい」というので、
どんな花かと家に帰って『牧野植物大図鑑』を開いた。
薄赤紫色のハギやフジに似た小さな花が
房のようについていた。
開花時期は夏から秋で、ということはその頃
あのお化けのような形にいっせいに花がつくということで、
それはちょっと見物かも知れない
ような気もしてきたが‥‥。

2008-12-15-MON
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