「代々木公園でみちくさ」編  今回の先生/柳生真吾さん プロフィールはこちら
名前その7 ノビル
さて、雨があがりました。
洗われたような空気の中を、
吉本さんと柳生さんは軽やかに、でも急がずに進みます。
足もとのみちくさを注意深く探しながら。
 
吉本 ‥‥これ、根っこに丸いのがついてる子ですか?
柳生 え? ああ、それはノビルのことですね。
吉本 そうそう、ノビル。
柳生 うーん、いや、それは普通のいわゆるノシバですね。
野の芝と書いてノシバ。
吉本 そうか、あれは春ですものね。
柳生 春に、食べますよね。
お味噌つけて。
吉本 おいしいですよねえ。
でもこれはノシバなんですね。
柳生 ええ‥‥‥‥ん?
でも、これ‥‥‥‥ああ。
吉本 どうしました?
柳生 吉本さん、すばらしいです。
これ、ノビルですよ。
 
ノビル
分類/ユリ科 ネギ属
学名/Allium macrostemon
  開花期/5〜6月
草丈/20〜60センチ
吉本 えー。
柳生 (すこしちぎって)うん、ネギの匂いがする。
吉本 (すこしちぎって)ほんとだ。
ノビルだったら、ちっちゃい、
何かこう、真珠玉みたいな根っこが。
柳生 うん、つくんですけど、
まだこれ、子どもなんですね。
吉本 あ、そうか。
柳生 これから根っこが、春にはぷくっと、
線香花火みたいにぷっとなるんですけど。
吉本 あれ、ほんとかわいいですよね。
柳生 いい匂いだなぁ‥‥。
 
吉本 あ、食べちゃった(笑)。
(※みなさんは食べないでくださいね。
  薬が付着している可能性などもあるので)
柳生 ああ〜、美味いですよ。
吉本 へえ〜。
この季節でも、こんなにはえてるんですか?
 
柳生 なんでこの時期に新芽?
と思ったんですが、きっと草刈りをしたんでしょうね。
だからまた芽が出てきたんだと思います。
吉本 あ、なるほど。
草刈りすると生えるんですね、
また、こういうふうに新しく。
柳生 ええ。
あわてて出てくるんですね(笑)。
いやあ、吉本さんよく気づかれました。
 
今回は吉本さんのお手柄でした。
ノビル、おいしいですよね。
いろんなところにはえているので、
春になったら探してみましょうね。
ノビル、おぼえました?

次の「みちくさ」は、明後日の金曜日に。
月・水・金の更新でお届けいたします。
 
吉本由美さんの「ノビル」
 

10年ちょっと前、今のところに越してきたとき
庭は荒れ放題だった。
もともとは小粋な和風の庭だったらしいが、
私の前の住人は無関心だったようで、
地面は小石がごろごろ混じるがさつな面もちになっていた。
初代が植えたと思われるシダやランはほぼ野生と化し、
前住人が植えたらしいマーガレットは、
もはや"花"の枠を越え、
荒野を生き抜く植物のようにブッシュ化していた。

けれども諦めず、土をほぐし、
ところどころに裏のお寺のお墓の脇から
いただいてきた苔を乗っけ、
シダやランやマーガレットらをさっぱりと剪定し、
雪柳や姫コブシの若木を植えて、水をたっぷり与えたら、
土はしだいに柔らかくなり
芳しい土の匂いを放つようになった。
するとぞくぞくと草たちが芽吹いた。
その中に淡い緑のすーっと細いさらさらした新芽が
いくつも並んでいた。

でも、そのときは草というものが邪魔だった。
移して間もない苔はまだ弱々しく、
ぐいぐい伸びる草たちに負けるのではないか
という不安があった。
それで全部引き抜くという大殺戮を犯してしまった。
我が子のためなら何だってする過保護ママの私である。
けれど細いのを引き抜くとき、
ぷぅぅ〜んとネギのような匂いがしたので
しばし手を止めた。
1本囓ってみたら何とアサツキの味がするではないか!

『牧野植物大図鑑』で調べると、
それはアサツキとは親戚筋のノビルとのこと。
野に生えるヒル(ネギやニラの総称)だからノビル。
山菜好きがよく口にする名だが、
なるほど美味しいわけなのだなあ。
それからはほどよい大きさになるまで待ち、
なったら引き抜いて薬味に使っている。
小さな真珠玉のようなリン茎を土に残しておくと
次々に新人が現れるので、
引き抜いても殺戮気分は皆無である。
ゆえに冷たい麺の美味しい季節、
ウチの庭ではまさに"引っ張りだこ"になる。

2008-12-17-WED
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