「「冬の都会で」編  今回の先生/諏訪雄一さん プロフィールはこちら
名前その19 スズメノカタビラ 

表参道裏通り、冬のみちくさが続いています。
諏訪さんが、空き地のフェンスの前で立ち止まりました。
さて、きょうのみちくさは‥‥。

 
諏訪 ほら、あそこにちょっとこう、
芝生みたいなのがあるのわかります?
吉本 あの黄緑色の?
諏訪 そうそう、
ぴっぴって出てる、鮮やかな。
吉本 はい。
諏訪 あれ、スズメノカタビラっていうんです。
 
吉本 あー、聞いたことあります。
スズメノ‥‥
諏訪 カタビラ。
カタビラ(帷子)っていうのは、
裏地のない一重の着物のことですよね。
吉本 いい名前ですよねえ。
なんでもないみちくさに、そんな名前が。
諏訪 ええ、ほんとによくある植物なんですよ。
吉本 名前なんかないのかな、
と思うような子ですよね。
諏訪 そう、でもちゃんと名前がついています。
あれは花がないですけど、
かわいい白い花が咲くんです。
それぜったい見たことあると思いますよ。
見れば、ああこれかっていう。
あとで図鑑があれば‥‥そうだ、図鑑持ってました。
(ポケットサイズの図鑑をバッグから取り出す)
吉本 そういうのを、いつもお持ちなんですね。
諏訪 ええと、スズメノカタビラ‥‥
あった、ほらこれです。
この花、よく見るでしょ?
 
吉本 あー、はい、見ます見ます。
もう、しょっちゅうあるものですよね。
諏訪 これはイネ科の植物です。
イネ科って新しい植物で、大昔はなかったんですよ。
吉本 あ、そうなんですか。
諏訪 ええ、6千500万年前というか、
要するに恐竜が滅んで、
哺乳類が繁栄をしてきた時代に、
ぶわーっと出てきたんです。
吉本 へえ〜、なぜその時代に?
諏訪 イネ科植物はすごく強くて、
たとえばほら、麦わら帽子とか、茅葺き屋根とか、
あれ、ぜんぶ丈夫じゃないですか。
この空き地にも、
黄色い棒状の枯れ草がいっぱい残ってるでしょ。
 
吉本 うん、うん。
諏訪 これ、ほとんどイネ科なんです。
吉本 そうなんですか。
諏訪 タンポポだとか、丸い葉っぱのものは
枯れたらすぐに分解しちゃうけど、
イネ科はこうやって残るんですね。
吉本 へえ〜。
諏訪 なぜイネ科がそんなに強いかというと、
実はイネ科の植物は大量にケイ素を‥‥。
ケイ素っていう元素、シリカなんですけど、
それを体の中に取り入れているんです。
むずかしい話になっちゃいますけど、簡単にいうと、
ガラスはケイ素でできているんですね。
なのでイネ科はガラスと同じように硬いんです。
 
吉本 だから枯れてからも残るんですね。
諏訪 そう。
麦わら帽子にしてもすごく強い。
それがイネ科の特徴なんです。
吉本 なるほど。
諏訪 根も強いから、刈っても刈っても死なない。
だからアフリカのサバンナで、
シマウマだとか草食動物が‥‥
吉本 食べても食べても大丈夫。
諏訪 あとからどんどん生えてくる。
それで、ここまでの6千500万年で
哺乳類が大繁栄したのと同時に
このイネ科の植物もどんどん増えたんですよ。
吉本 そうなんですか、
哺乳類といっしょに。
諏訪 そうです、だからわれわれ人間も‥‥
あ‥‥。
吉本 どうしました?
諏訪 ‥‥スズメが来てます。
 
吉本 あ、ほんとだ、来てます(笑)。
諏訪 またタイミングよく(笑)。
吉本 スズメってどこにでもいるけど、
なんだかちょうどいいときに来ましたね(笑)。
諏訪 スズメノカタビラを
着に来たんじゃないでしょうか(笑)。
吉本 ねえ(笑)。
 
  かわいいですね、スズメ。
今回も、NHKスペシャル『地球大進化』を手がけられた
諏訪さんならではのお話をうかがえました。

次のみちくさは、3月23日に。
月・水・金の更新でまいります。
 
吉本由美さんの「スズメノカタビラ」
 

草に名前を付けた人のイマジネーションの豊かさには、
いつも感心するのだけれど、
中でもイヌノフグリとコダカラベンケイの
名付け人の脳働きには脱帽している。
道端などで小さな葉っぱをたくさん付けて
這って生きている10センチあまりの地味な草の、
丸い玉が2つ繋がったような果実の形が、
犬のフグリ(タマタマというか陰嚢)を思わせるから
イヌフグリ‥‥
と考えた人はどこのどなたか。
周りがギザギザになっている長三角形の葉っぱの、
そのギザギザの窪みにそれぞれに芽を付けて、
かなりの数の子孫を地面にばらまいている
ぶよっと肉厚の多肉質植物を、
コダカラベンケイと呼んだ人は、
どういう暮らしをされてきたのか。
そういうことをつい考える。
スズメノカタビラもそれに続く。
カタビラ(帷子)とは単衣の着物のことだけれど、
まさかこの、背の低いちっぽけな草の、
普通は気付かない数ミリ単位のささやかな花穂を
雀の着物に見立てるとは、
いったいどういう感性の持ち主だろうかと
興味を持った。
私も庭の草毟りではこの草と対峙するのだ。
というか、一方的に抜き殺すわけだけれど。
そのとき花穂もたびたび見てきた。
しかしあれを雀に着せてみようかという発想には、
残念ながらまだ至っていない。

2009-03-20-FRI
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