「「冬の都会で」編  今回の先生/諏訪雄一さん プロフィールはこちら
名前その20 ハキダメギク
ときおり通り過ぎる自動車に気をつけながら、
おふたりは冬の青山界隈を歩き続けています。
視線を下に向けて、てくてくと。
とある交差点で、諏訪さんが足をとめました。
 
諏訪 ああー、これは‥‥。
きょうのきわめつけの、
すごい名前のみちくさがありますよ。
吉本 え? これが‥‥。
なんていう名前なんですか?
諏訪 これの名前はですね。
吉本 はい。
諏訪 ハキダメギク。
 
吉本 ええ?! ハキダメ?
諏訪 そう(笑)、ハキダメギク。
吉本 ハキダメギク。
吉本 こんなにかわいいじゃないですか。
諏訪 ねえ。
なぜその名前になったかというと、
ほんとにゴミ捨て場の掃き溜めで
最初に見つけられたからなんです。
吉本 掃き溜めで‥‥。
諏訪 ものの本によれば、そういうことでした。
たまたまそんな場所で見つかったばっかりに。
かわいそうな名前ですよねえ‥‥。
ちなみにこれも帰化植物なんです。
吉本 そうですか。
こんなかわいいのに。
諏訪 すごくかわいいんですよ。
吉本 なのに、ハキダメ。
諏訪 よく付けましたよね、
その名前を。
吉本 ねえ。
ちっちゃな小花が‥‥。
 
諏訪 これも基本的に、花は夏から秋に咲くんですよ。
吉本 じゃあ、チチコグサモドキといっしょですか?
日照時間のせいなんでしょうか。
諏訪 そうかもしれませんね‥‥。
まぁ、あとは、
単純に「暖冬」ということもあるかもしれません。
吉本 そうか、暖冬‥‥。
とくに都会はあたたかいですものね‥‥。
あれ? そこにあるのも、ハキダメギク?
 
諏訪 ああ、はい、そうですね、同じです。
吉本 こっちの子も花を咲かせて‥‥。
諏訪 しかしまあ、
ハキダメギクがあるとは思わなかったな‥‥。
吉本 ちょっとほんと、
ゴミがありますね、近くに。
諏訪 うーん、そうですね。
 
吉本 この子が掃き溜めにしたわけじゃないのに。
諏訪 ほんとに。
こんな名前をつけられた上に、
咲きたくない季節に咲かされて。
吉本 かわいそうなハキダメギク。
‥‥はい、しっかり覚えました。
これはさすがに覚えやすい。
諏訪 ええ、すごい名前ですから(笑)。
吉本 ハキダメギク‥‥。
ああ、つくづく、あんまりな名前だなぁ(笑)。
 
ほんとにすごい名前です、ハキダメギク。
たしかに覚えやすい。
でもやっぱり、気の毒な名前ですよねぇ。

ずいぶん春めいてきましたが、
冬の都会のみちくさ編は、もうすこし続きます。
次の「みちくさ」は、明後日に。
月・水・金の更新でまいります。
 
吉本由美さんの「ハキダメギク」
 

この、あまりにあまりな、と思われる名前の命名者は、
何と牧野富太郎先生という。
植物を愛し、たぶん植物からも愛されて、
ほとんど植物の精かもしれなかった先生にしては
あまりにつれない命名に思われ、
念のため牧野大図鑑を捲ってみた。
すると、やはり、ゴミ捨て場(掃き溜め)などに
多く生えていることに基づく、と、
実にあっさりと書かれてあった。
いくら可憐な花をつけていようと、
掃き溜めに多く咲いたらハキダメギク。
学者に容赦はないらしい。
こういうのもあった。
レースのように繊細な白い花をつけるけれども
小さな棘のある種子を人や動物にくっつけて
子孫繁栄を企む草の名前はヤブジラミ。
花からは想像できない奇妙なネーミングだ。
2つとも草には気の毒な気がするが、その奇妙さゆえに
一度聞いたら忘れないという利点もある。
先日仕事で高松市に行き、
ついでに前から見たかった香川県庁舎の本館を訪ねた。
昭和33年に建った丹下健三設計の建物だ。
正倉院を思わせる建物自体も魅力的だが、
1階ロビーの、
喜びが飛び跳ねているような猪熊弦一郎のタイル壁画と、
剣持勇デザインのユニークな家具に見とれ、
ぼおおおっとしながら庭に出て、芝生に腰を下ろした。
すると目の前あたり一面、パウダーをまぶしたように
白い小さな花がびっしりと咲いているではないかッ。
そして、おおっ!それはハキダメギクではないかッ。
覚えのすこぶる悪い頭もこの名はさすがに忘れませぬな。
それで連れにさっそく言った。
「この可愛い花はね、ハキダメギクっていうんだよ」と。
連れは当然ながら聞き返した。
「ハキダメ? なんでハキダメなんですか?」と。
私はにんまりして言った。
「それはね、実はね、カクカクシカジカマルマルなわけ」と。
やってみたかったことが
とうとう成し遂げられた記念すべきひとときだった。

2009-03-23-MON
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