春の頃、ピンク色のボンボンを見かけたら、 それの名前は「ヒメツルソバ」。 覚えました? 覚えにくい名前かもしれませんが、 これがスッと言えたら、ちょっとかっこいいいですよ。 「あ、ヒメツルソバだ」なーんて。 よく見かけるみちくさなので、がんばって覚えてくださいね。 次の「みちくさ」は、金曜日に。 「春の鎌倉でみちくさ」編は、 火曜日と金曜日の更新でお届けしています。
ある年の5月、 郊外を自転車で飛ばしていたら、 古寺の石垣にピンク色のタピスリーが 吊してあるのを見つけた。 なんだろう。 近づいて見ると小さな花の集まりだ。 金平糖のような丸いピンク色の花がびっしりと咲いていて、 それがタピスリーを吊したかのように 石垣を覆っているのだ。 可愛らしいのでしばらく眺めた。 まったり感がなかなか素敵。 小さなぽんぽん玉は猫の耳かきに良さそうだ。 しかし不思議な気もしてきた。 周りに空き地はたくさんある。 そこではたくさんの草花が入り乱れて暮らし、 競い、春を謳歌している。 それが野に生きる草花のふつうの姿だ。 けれどこの金平糖たちは、 目の前にある空き地ではなく わざわざ土のない石垣の上に一族だけで暮らしている。 ヨソ者の混じるのを許さない。 だからピンク一色に染まって 織物のように見えるのだろうが、 なんで地面に降りないのだろう。 という何年か前の疑問がここ鎌倉で蘇った。 排水溝の塀にあのときのような タピスリーが吊されていたのだ。 やはり立ち止まり見入ってしまった。 美しさに見入ってというより、 植生の不思議さに見入らせられて。 鎌倉の裏山に続く細道は緑に包まれている。 私が草なら腰を落ち着けてみたくなる場所は ほかに選りどり見どりある。 なのにこんなコンクリ壁に、 何が哀しくてこんなところに、 住み着くのだろう、 謎である。 森さんに訊いたら、 出身が山岳地帯だからでしょうか、ということだった。 ヒメツルソバは中国南部やヒマラヤ地方の産で、 過酷な環境に身を置くことを好むらしい。 自由な生き方を好むらしい。 豊かな庭で大切に育てられていても、 いつの間にか逃げ出して路肩などに住み着くという。 宿命的な衝動だろうか。 庭で手厚い施しを受けていながら花つきが悪かったのが 逃げ出し先の路肩などでいきいきと花をつけ、 ガーデナーを悔しがらせるらしいのである。 いつもは利用しない少し離れた肉屋のレジ横に 自分チの猫がちんまりと座り、 “招き猫”として可愛がられているのを発見したときの 飼い主のショックみたいなものかしら。 しかしその飼い主は、 素知らぬ顔で帰宅した猫に奥深さを感じたと聞いた。 逃げ出したヒメツルソバも いつの間にか庭先に帰って来たりもするらしい。 ツルソバに似ていて小さいのがヒメツルソバの名前の由来。 親戚筋のイヌタデを“赤まんま”と呼ぶように、 猫のように自由気ままなヒメツルソバには “猫のみみかき”という称号を与えたい。