「春の鎌倉でみちくさ」編  今回の先生/森昭彦さん プロフィールはこちら
名前その48 ナガミヒナゲシ

よりみちをしながらのみちくさは、
とうとう今回のゴール、
海が見える場所にまでたどりつきました。
由比ヶ浜。
砂浜に出る前に、
しばらくふたりは海岸通りの歩道を歩きます。
そこで見つけた愛らしい花の名前は‥‥?

吉本 つきましたねー、海に。
ちょっと波が荒いのかな。
吉本 そうみたいですね、ちょっと。
でも気持ちがいいです。
吉本 ねー。
砂浜に行ってみます?
その前に、もうひとつだけ。
海岸通りの道に
見ていただきたい花があったので。
吉本 お花が?
ええ、あっちです。
行ってみましょう(移動)。
吉本 どんな花なんだろう(移動)。

ふたりはしばし、海岸通りの歩道を歩きます。
ありました、これです。
吉本 あ、きれい、きれいですね。
ナガミヒナゲシといいます。
吉本 ヒナゲシ。
ヒナゲシの花。
はい。
吉本 これは誰かが植えたんじゃなくて?
みちくさなんですか?
そうですね、
もう、雑草化していると言っていい植物です。
かわいいので持って帰っちゃう人もいるんですが、
そうすると、もう‥‥。
吉本 持って帰っちゃうと、
なにかたいへんなことが?
始末に負えなくなります。
吉本 あー、どんどん増えちゃう。
そう、今はもう、
駐車場のちょっとした空き地とか、
国道沿いとか高速道路なんかに行くと、
見渡すかぎりのお花畑になっていたりします。
吉本 そんなに‥‥。
まさにケシツブのような
ちいさなタネがたくさんなるんですよ。
吉本 ケシツブ。
ほんとだ、ケシですね、これ。
一般的な図鑑では、ひとつの花に、
1000から1500粒の
タネができるとされています。
吉本 すごーい。
ところが、吉本さん、
うちの近所で取ったやつを数えてみたんです。
90分かけて。
吉本 うん。
3070粒を数えました、ひとつの花に。
吉本 うわあー。
とんでもない量、
とんでもない繁殖力なんですよ。
吉本 ちっちゃいタネがいっぱい。
ものすごくちっちゃいんです。
ちいさな爆弾です、あれは。
吉本 へえー(笑)。
なんだか、かぼそい感じがしてるけど、
強いんですね。
強さのケタが違いますね。
吉本 うーーん。
かわいいので、あんまり除草もされず。
吉本 「かわいいから、まあいいか」
ってなるよね、これは(笑)。
比較的温暖な場所なら、
どこでも見かけられると思います。
吉本 いろんなところで。
もう、土があれば。
ぜいたくを言わないんです。
吉本 ナガミヒナゲシ。
「ナガミ」は「長い実」と書きます。
結実した実が長いんですよ。
吉本 それで、ナガミヒナゲシ。
ナガミヒナゲシ。
吉本 覚えました。
ちいさな爆弾、ナガミヒナゲシ。
(笑)
吉本 つよいんだ、きみは。

海にたどりついて、
今回のみちくさもそろそろ終盤が近づいてきました。
次の「みちくさ」は、金曜日に。
おふたりは砂浜に向かいます。

「春の鎌倉でみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けしています。

 
吉本由美さんの「ナガミヒナゲシ」
 

銀座木村屋のケシ粒あんパンが好きだ。
本来あんこは苦手だけれど、
銀座木村屋のケシ粒あんパンなら
3個くらいはぺろっと食べられる。
たぶん上に振りかけられたケシの粒々が
あんこの甘さを緩和してくれ、
奥行きのある味を呈しているからだろう。

ケシの粒々とは、ヒナゲシの種である。
クッキーや和菓子にも使われている。
ゴマと似ているけれどより小さいし味が曲者。
ゴマのねちねち感に比べると、
妙にはりはりぷちぷちとして軽快で、
そのはじけるような口触りが忘れられなくなる。
お味も曲者らしくひとクセふたクセみクセもある。
もちろんゴマは日々の暮らしに欠かせない必需食品で、
ゴマなくしては生きていけないくらいに大切なのだが、
けれどときどきは
非日常のはりはりぷちぷち感が恋しくなりもする。
そんなときは、
焼き上がり時間をチェックして
はるばる銀座まで出かけていく。
浮気相手に会いに行くときのオヤジみたいにウキウキと。

そんなものだから、
海辺の道ばたで森さんから
「ヒナゲシ」と紹介されたときは少々ときめいた。
しかしよく見れば、
似てはいるが私の思うところの、
あんパンを美味しくする粒々の製造者ではない。
いわゆるポピーでは、
通称赤いお嬢さんでは、ない。
そりゃ、あんなお嬢さんが
車の往来はげしき国道の脇になんぞ
生息できるはずもないので、
「えっ?」て顔になっていると、
「これはナガミヒナゲシというんです」と森さん。
果実がヒナゲシのより長いのでナガミがつくらしい。
ヒナゲシは公園や畑地で人の手助けを受けながら育つが、
ナガミは自生。
タフで荒れ地にも強く、
しかも爆発的な繁殖力を持つので恐れられている、という。
みなの嫌われ者“強害草”系のその筋のヒトらしい。
姿形は似ていても
やはりお嬢さんとは住む世界が違うのだ。

それはそれで切ないことよのう、と思いながら、
排気ガスにゆらゆら揺れている
ナガミの青い果実を見る。
ここに3070粒もの子分が内包されているかッ。
熟すとてっぺんの莢の下に小さな窓がぐるりと開いて、
そこから子分らがいっせいに、
辺り一帯まんべんなく、
飛び出していくらしい。
森さんはそれを「手榴弾」に例える。
なるほど、やるわね。
種の出口をてっぺんの小窓だけにして、
より遠くへまき散らそうと算段している
ナガミヒナゲシの取り締まりはなかなか困難に思えてきた。
だったら種を収穫してケシ粒として利用してはどうだろう。
グレたやつも付き合い方次第である。

ウチには手出しの多い雌猫がいる。
彼女が花瓶を倒したり、
花びらを食べたりしては困るので、
部屋に切り花を飾ることは滅多にないのだが、
あるときポピーの小さな花束をいただいたので
窓辺に飾ってみた。
その日5本の花はともにまだ蕾だった。
毛だらけの丸い頭で静かにうなだれていたが、
翌朝見たら、
わずかに丸い頭(がく)が開き、
そこからサーモンピンクの花弁をちょっぴり覗かせていた。
昼前見にいくと花弁は3割方顔を出していた。
午後行くと八割方開いていた。
こんなに短時間で開花するとは意外だった。
あとで花屋さんに聞いたら
ケシ類は一日花とのこと。
たった一日だけ咲くんだねえ。
夕方満開を迎えたときの
その花弁の、
まだシワシワしている感じが、
友だちが着ていた
イッセイ・ミヤケ“プリーツ・プリーズ”の
ブラウスみたいで、洒落ていた。

2010-06-22-TUE
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