銀座木村屋のケシ粒あんパンが好きだ。
本来あんこは苦手だけれど、
銀座木村屋のケシ粒あんパンなら
3個くらいはぺろっと食べられる。
たぶん上に振りかけられたケシの粒々が
あんこの甘さを緩和してくれ、
奥行きのある味を呈しているからだろう。
ケシの粒々とは、ヒナゲシの種である。
クッキーや和菓子にも使われている。
ゴマと似ているけれどより小さいし味が曲者。
ゴマのねちねち感に比べると、
妙にはりはりぷちぷちとして軽快で、
そのはじけるような口触りが忘れられなくなる。
お味も曲者らしくひとクセふたクセみクセもある。
もちろんゴマは日々の暮らしに欠かせない必需食品で、
ゴマなくしては生きていけないくらいに大切なのだが、
けれどときどきは
非日常のはりはりぷちぷち感が恋しくなりもする。
そんなときは、
焼き上がり時間をチェックして
はるばる銀座まで出かけていく。
浮気相手に会いに行くときのオヤジみたいにウキウキと。
そんなものだから、
海辺の道ばたで森さんから
「ヒナゲシ」と紹介されたときは少々ときめいた。
しかしよく見れば、
似てはいるが私の思うところの、
あんパンを美味しくする粒々の製造者ではない。
いわゆるポピーでは、
通称赤いお嬢さんでは、ない。
そりゃ、あんなお嬢さんが
車の往来はげしき国道の脇になんぞ
生息できるはずもないので、
「えっ?」て顔になっていると、
「これはナガミヒナゲシというんです」と森さん。
果実がヒナゲシのより長いのでナガミがつくらしい。
ヒナゲシは公園や畑地で人の手助けを受けながら育つが、
ナガミは自生。
タフで荒れ地にも強く、
しかも爆発的な繁殖力を持つので恐れられている、という。
みなの嫌われ者“強害草”系のその筋のヒトらしい。
姿形は似ていても
やはりお嬢さんとは住む世界が違うのだ。
それはそれで切ないことよのう、と思いながら、
排気ガスにゆらゆら揺れている
ナガミの青い果実を見る。
ここに3070粒もの子分が内包されているかッ。
熟すとてっぺんの莢の下に小さな窓がぐるりと開いて、
そこから子分らがいっせいに、
辺り一帯まんべんなく、
飛び出していくらしい。
森さんはそれを「手榴弾」に例える。
なるほど、やるわね。
種の出口をてっぺんの小窓だけにして、
より遠くへまき散らそうと算段している
ナガミヒナゲシの取り締まりはなかなか困難に思えてきた。
だったら種を収穫してケシ粒として利用してはどうだろう。
グレたやつも付き合い方次第である。
ウチには手出しの多い雌猫がいる。
彼女が花瓶を倒したり、
花びらを食べたりしては困るので、
部屋に切り花を飾ることは滅多にないのだが、
あるときポピーの小さな花束をいただいたので
窓辺に飾ってみた。
その日5本の花はともにまだ蕾だった。
毛だらけの丸い頭で静かにうなだれていたが、
翌朝見たら、
わずかに丸い頭(がく)が開き、
そこからサーモンピンクの花弁をちょっぴり覗かせていた。
昼前見にいくと花弁は3割方顔を出していた。
午後行くと八割方開いていた。
こんなに短時間で開花するとは意外だった。
あとで花屋さんに聞いたら
ケシ類は一日花とのこと。
たった一日だけ咲くんだねえ。
夕方満開を迎えたときの
その花弁の、
まだシワシワしている感じが、
友だちが着ていた
イッセイ・ミヤケ“プリーツ・プリーズ”の
ブラウスみたいで、洒落ていた。 |