しっとりとした地面の感触をたのしみながら、
柳生さんと吉本さんは歩きます。
ふたりは、雑木林のいちばん深いあたりに進みました。
木々がふれあう音、相変わらずきもちのいい空気。
柳生さんが、ふと立ち止まり、
来た道を振り返って上を見上げます。 |
|
柳生 |
あぁ‥‥吉本さん、みてください。
木漏れ日が。 |
吉本 |
わぁ、きれい。
すごくきれいになってる。 |
|
柳生 |
これがですね、
意外とありそうでない風景なんです。
木漏れ日が入る森が、
いま日本にはすくないんですよ。 |
吉本 |
木漏れ日が、すくない。 |
柳生 |
どこも暗くて、うっそうとして。 |
吉本 |
ああー、不気味な感じになっちゃう。 |
柳生 |
そう。
ここは手入れをしているから、
不気味じゃないんです。
木漏れ日が入って。 |
|
吉本 |
手入れというのは、
木を切るんですよね。 |
柳生 |
そうです、適度に切って、
日光が入るようにしてやります。
もともといまのシーズンは、
いちばん陽が入りにくいんですよ。
葉が繁りますから。 |
吉本 |
そうか、そうですよね。 |
柳生 |
これだけ入るっていうのは‥‥。 |
吉本 |
すごく手入れされているから。 |
柳生 |
と、自分で自分を褒めながら
歩くんです(笑)。 |
吉本 |
ふふふ。 |
|
柳生 |
この雑木林は、入場料をとらないんですよ。
だってほら、入場料をとっちゃうと、
こういう自慢ができなくなるでしょう?(笑) |
吉本 |
そうかー。 |
柳生 |
無料だから「いいでしょ?」って言える。
この雑木林を歩きに来てくれる人がね、
いま年間に10万人いるんですよ。 |
吉本 |
えーー、すごい! |
柳生 |
20年で、ついに10万人。
やっぱりうれしいですね、
たくさん自慢ができますから(笑)。 |
吉本 |
すごいです、10万人って。 |
吉本 |
あ、吉本さん(立ち止まる)、
ちょっと、こっちに行ってみましょう。
それこそ「みちくさ」ですけど。 |
|
吉本 |
そっちですね。
道からはずれて(移動)。 |
柳生 |
足もとに気をつけてください。 |
|
吉本 |
はい。 |
柳生 |
その先‥‥そう。
ここ、ここです。 |
|
吉本 |
ああ‥‥。 |
柳生 |
‥‥ここに来るとね、
いろんな音が聞こえてくるんです。 |
吉本 |
(耳をすます)‥‥下は、川ですか? |
柳生 |
ずっと下に、渓流が流れています。
西沢渓谷っていう、
すごく紅葉で有名な渓谷で。 |
|
吉本 |
音だけ聞こえるね。
あぁ‥‥きもちいい。
(しばらく、川の音と草木のゆれる音) |
柳生 |
‥‥なんだか、言葉が要らない感じですね。 |
吉本 |
‥‥うん。 |
柳生 |
秋には紅葉がきれいで、
冬になると、向こうにずーっと山がみえてきて。 |
吉本 |
葉っぱがなくなると、山がみえる。 |
柳生 |
秩父連山、真南に富士山、
真西に南アルプス、北に八ヶ岳。
けっこうすごい眺めです。 |
|
吉本 |
へぇー‥‥。 |
柳生 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
吉本 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。
(川の音、ときどき鳥の声) |
|
柳生 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。 |
吉本 |
‥‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥ずっとこうしててもいいんですけど、
名前を教えてもらわないと(笑)。 |
柳生 |
そうですね、
「みちくさの名前」ですから。 |
|
吉本 |
じゃあ、また、「木」でもいいですか?
これ。
この木は、サルスベリ? |
|
柳生 |
よく似ていますけど、
これはですね、リョウブといいます。 |
吉本 |
リョウブ。
どういう字を書くんですか? |
柳生 |
法令の「令」に、法律の「法」。
「法令」を逆に書いた名前ですね。 |
吉本 |
「令法」と書いて、リョウブ。 |
|
柳生 |
これは痩せた土地にしか生えないんですね。
飢饉などのいざというときのために
法律で守られたから、
それで「令法」になったという説があるんです。 |
|
吉本 |
じゃあ、食べられるんですね。 |
柳生 |
新芽をご飯に混ぜて、
「令法飯(リョウブメシ)」にして食べます。 |
吉本 |
へえー。 |
|
柳生 |
ちょっとおもしろい説は
新芽を入れてご飯の量を増やすから、
「量増」っていう人もいるんです。 |
吉本 |
量がたいせつ(笑)。 |
柳生 |
山の上は、すごく土地が痩せているんです。
だから、食料の確保は
たいせつなことだったんでしょうね。 |
吉本 |
そうか、なるほど‥‥。 |
|
前回に続き、「木の名前」になりました。
今回、いちばんお伝えしたかったことは、
「無言で過ごした時間」だったのかもしれません。
渓流の音に耳をすますおふたりの様子が、
とてもすてきだったので‥‥。
今回、吉本由美さんのエッセイはお休みです。
次の「みちくさ」は、木曜日に。
「八ヶ岳倶楽部でみちくさ」編は、
火・木・土の更新でお届けいたします。 |