八ヶ岳の素敵な雑木林から東京に戻ると猛暑で、
それを忘れようと、
多和田葉子さんの新しい小説
『尼僧とキューピッドの弓』を読んだ。
ドイツに住んでいる多和田さんの
ドイツを舞台にした小説には
いつもドイツの森の匂いが立ちこめている。
といってもドイツの森を歩いたことなどなく、
それはツンと冷ややかな匂いではないかと、
ただ単に想像しているだけなのだが、
思ったとおり暑さしのぎに最適だった。
この小説、
ドイツ片田舎の
築千年余り(!)にもなる尼僧修道院が舞台、
という設定がまずもって魅力的だし、
ストーリーも、
何とも謎深きその場所を
一人の作家(ドイツ在住の日本人女性)が
取材に訪れるところから始まるので、
読者は一気にその世界へと引きずり込まれる。
そして知る、
初めてそこを訪れた作家の目を通し、
修道院内部のこまごまとした様子や
尼僧たちの
想像を絶する意外な暮らしを!
いつもに増してのワンダーぶりに
クラクラとしてベッドに倒れたけれど、
ここで書くべきことは小説についてではなく、
尼さん方の被り物についてである。
小説では触れていないが、
私の頭の中では
尼さん方は常に白い被り物を被っていて、
それが八ヶ岳の雑木林で見たヤマボウシと
どうしようもなく似ている、ってことを
報告したいのだ。
つまりヤマボウシは、ちょっと目には、
森の中を行く尼さんの白い被り物のように可憐に見えた、
と説明しておきたいのである。
尼さんの被り物は皆一律に同じではない。
宗派によって少し異なる形になっているようだ。
中でも可憐な美しさを持つのが
両端が羽根のように飛び出している白い帽子状のもので、
ずいぶん昔、確かではないけれどミラノの街角で、
直にそれを見た。
嬉しくて目からハートマークが出た気がした。
大きな交差点の横断歩道を5、6人の尼さんが
一列になって渡っているところだった。
停車した車の中から見るその光景は、
蝶々がひらひらと飛んでいくカット割り写真のようだった。
背丈の不揃いな5、6人が一列になって歩くと、
頭上の白い羽根のようなものが上に下に揺れ動き、
ちょうど蝶々の飛行を
思わせるシーンとなっているのだった。
それはまるで気怠い午後の一服の清涼剤。
誰もがその一列を微笑みと共に眺めていた。
そのときの印象が今も強烈に残像としてあり、
ヨーロッパの尼さん、
と聞くと白い被り物と直結するし、
森の中で白い帽子状のものを見たら、
あのときの可憐な光景と重なる。
そして思う、
あの尼さんの被り物は
帽子というのか、頭巾というのか。
正しい呼び名を是非とも知りたいと。
今回、八ヶ岳の雑木林の中で、
ヤマボウシは“山帽子”ではなく“山法師”であると
柳生さんから聞いたときはびっくりした。
山のお坊さんのことだったなんて想像もしなかった。
中央の小さな丸い集合体を坊主頭に、
白い包片を頭巾に見立てて命名されたらしい。
尼さんの帽子みたいに可憐と思っていたら
坊さんの頭巾だった、とは可笑しい。
なかなか愉快なオチがついて、
雑木林の散策は終わりを迎えた。
まだ終わりたくはなかったけれど、
いつの間にか出口に着いていた。 |