先日、
目黒通りの広い歩道を歩いていたら、
10メートルほど先で
一人のおじさんが大きな声でわめいていた。
怒っているようだけれど、
両脇にいる女性2人は笑っている。
近づくにつれだんだんと
わめき声が聞き取れてくる。
「何んでここにあるのかよー」
⇩
「チキショー、運が悪いなあ」
⇩
「こんな日に限ってさあー、
いったい何だっつうんだよーッ」
目の前まで行って謎が解けた。
おじさん、犬のウンチを踏んでしまったのだ。
怒りで真っ赤な顔となって、
懸命に靴の底をガードレールに擦りつける。
ウンチをこそげ落としている。
そのすぐそばの地面には
思いッきり踏まれたらしい黄色い物体が
アメーバ状に広がっていた。
両脇で笑い転げている2人の女性は奥さんと娘さんらしく、
よく見れば3人ともお祝いの正装スタイルだから、
近くの結婚式場に
これから向かうのか、帰路につくのか。
できれば後者であるよう密かに願ったけれど、
いずれにしても
黒いエナメル靴が目に痛いくらい光って見えた。
広い歩道の隅っこの、
ガードレール円柱脇の、
人の足が伸びる可能性の100%もないところに
ひっそりなされたウンチを踏んづけてしまうとは、
つくづく、
運の悪い人だなあと思う。
と、人ごとのように言っているが、
考えたら自分だって
これまでじゅうぶんに運の悪い人だった。
運の悪さの例を挙げればキリがないのだが、
クリの今回、
クリにまつわる不運の例を一つ。
あるとき
栃木の牧場近くの駅舎待合室に入ったときのこと。
それは平日の午後で、
広々とした待合室には誰もいなかった。
当然ながらベンチも椅子もがら空きだった。
だからどこに座ろうとかまわなかった。
それで何も考えず
すぐそばのベンチにどっこいしょと腰を下ろした。
・・・目から炎とはあのことだろう、
左のお尻に激痛が走ったのだ。
それまで経験したことのない鋭い痛みだ。
飛び上がり、ベンチを見ると、
中は空っぽのクリのイガがつぶれた形で転がっていた。
つくづく思う。
何であの場所に座ったのか、と。
見渡す限り誰もいない待合室である、
どこにだって腰を下ろせるわけである。
なのに何であの場所に座ったのか。
しかも小さなイガの真上に。
あとで確かめると、
そこ以外にイガだのクリだのは見つからなかった。
誰かが山からイガグリを持ってきて、
イガだけを、
たまたまそこに置いて帰ったのか。
そしたらたまたま人が来て、
さらにたまたまその上に座ったのか。
たまたまがたまたま続いただけの
ただの偶然のできごとだったのか。
わからない。
ただ運が悪いとしか説明がつかない。
付け加えると、
イガの刺さった傷跡は思いのほか重傷だった。
先が折れて皮膚奥に残り、化膿した。
自分では見えないからお医者さんに抜いてもらった。
なかなか恥ずかしいポーズであった。
それからはクリの実を調理できなくなる。
それまでは八百屋の店先に
丸々ふくらみ艶々ひかるクリの実が登場したら、
ソク買って、
ゆがいたり栗ご飯を炊いたりして
秋の味覚を愉しんだけれど、
店頭でイガイガを見ると
身体の芯からゾゾッとするようになった。
クリのトラウマ、クリトラウマだ。
いんや、正しくは
イガのトラウマ、イガトラウマか。 |