YAMADA
歴史は、ひとことで語れない。
みなもと太郎さんと「時間」を語る。

第2回 ひとりで、ぼーっとする時間。

糸井 このところ、『風雲児たち』を、
人に薦めていてわかったんですけど、
全巻揃えられる機会が、
まだまだ、少ないですね。
みなもと それでも最近は、昔に比べたら、
インターネットでちょっと探せば見つかる、
という印象があるんですよ。

昔は、必死で探しても、見つからなかった。

それでも、二十年間、みなさん
よく辛抱して、ついてきてくださる方は、
ついてきてくださって……。

だから、私や私のファンの方々にとってみれば、
今は、夢のような状態なんです。

よく、二五年も、やらせてくれましたよ。

『少年ジャンプ』だったら、二週間ぐらいで
打ちきりになりかねない作品ですからね……。
ただ、最近は、ジャンプの編集者の人でも、
雑誌の編集後記に、
ぼくの漫画のことを書いてくれたりして……
そんなことを書いて、ジャンプの他の作家が
気を悪くするんじゃないかと思ったけれども。

他の漫画については「読者」
と思ってますが、
『風雲児たち』に関しては、
「同志」ですね。

読んでくれる人は、
よくつきあってきてくれた。
糸井 今は、みなもとさんの漫画を
読みたい時代なんですよ。

読みはじめたら、絶対に大丈夫なのに、
一冊を手に取らせないとダメだというか。
みなもと 三〇年前の絵ですから、
推薦するときには、
「まず、絵柄をガマンして二〜三冊読め」
とか何とか言って読ませたとか、
読者からは、
すごいメールが入っていますよ……。

私も、こんなに続けるつもりは、
なかったんですけどね。
糸井 江國香織さんが言ったらしいんですけど、
「恋っていうのは、するものじゃなくて、
 落ちるものなのよ」
と……。
みなもと (笑)いいですね。
糸井 ええ。
芸のこやしになるから恋をしなさいとか、
そういうことじゃない。
したくないと思っても
落ちてしまうのが恋なんだ、と。
その言葉は、もう、見事に、
人間というものを、よく表していますよ。
みなもとさんの運命も、
まったくそれと同じで。

もともと、歴史を愛そうだとか、
大河時代漫画を描いてやろうだとか、
すごい決意があったわけじゃないですもんね。
みなもと うん。
ぼくの場合は、好きだから、
「漫画が描きたい」というだけなんです。
「この漫画が描きたい」じゃないんです。
エロ漫画も少女漫画も、同時にやれるわけで。

ただ、すごい好きって言ったって、
まぁ、なかなか描かないんだけど。
ほんとに好きな人は、
月に、二〇〇ページでも
三〇〇ページでも描くじゃない?
ぼくは、そこまでは、ダメだなぁ。

二〇歳からデビューして、
もう、漫画家は、三〇年やってるんです。

デビューしてから数年経つと、
月に二〇〇ページぐらい描くようになったけど、
そうなると、これはもう、
朝昼晩が、わけわかんなくなっちゃうような
生活になってしまったので、
「これでは、もういつでも
 どうにかなってしまう。長生きできない」と。


だから、そこまでは描いていないんです。
でも、平均で、月に百ページ前後は、
ずっとこなしてきたんですけど。
糸井 へぇー。
みなもと 糸井さんとぼくは、ほとんど歳が違わないから、
わかるかもしれないけど、
四〇代の半ばからは、肉体的な疲れが出てきたね。
いろいろ、くたびれているんだろうけど。
糸井 ぼくも、自分のことを考えると、
やっぱり、体力は、はっきりなくなっています。
だいたい、眠いですからね……。
そもそも、集中力が持続しなくなってきた。
みなもと そうだね。
だから、ぼんやりする時間が、
たくさん必要になった。

昔は、そんなにぼんやりする時間が取れれば、
もう次の仕事に切り替えることができたけど。
糸井 ただ、その「ぼんやり」っていうのは、
ぼく、それはそれで、とても好きなんです。
みなもと そうよ。
ひとりでボーッとするのが、いい。
糸井 うん。
あれは、見事にいい時間だなぁ。
みなもと 結局、そのときにアイデアが出るもん。
糸井 「若いときは、この時間がなかったから、
 たいしたことなかったよなぁ」

って、今ごろ、思います。
みなもと なるほどなぁ。
糸井 ひとつのものごとでも、
今は、幹と枝と、更に小枝、
というふうに考えたりしますよね。
そうすると、どんなにすばらしい小枝より、
やっぱり幹のほうが、いいんです。

でも、その「幹」に考えが及ぶのは、
やっぱり、歳をとってからですね。
みなもと なるほど。いいこと言うなぁ。
  (明日に、つづきます!)


前回へ 最新へ 次回へ

2004-04-08-THU


戻る