糸井 |
歌には、三位一体みたいなところがあってさ。
シンガーであり、作詞家であり、作曲家であり、
アレンジャーでもありみたいな、
要素としてはものすごくいっぱいあって、
その全部を引き受けて、最後にできるものって、
ちょっと不定形な建築物みたいなところがある。
「ここのところがダメでも、
最後のシンガーの私がカバーしますよ」
と思っていても、ライブなんかでは、
劇場の雰囲気と、用意してきた歌が
合わないってことだってあるわけだし、
バランスを壊してもバッティングになるというか。
歌にかぎらず、欠点だらけですからね、
だいたいのものは。
みんなで支え合いですから。 |
── |
そうやって作っていくものは、
たぶん品質管理とか製品としては
きっといいものが出来ると思うんですね。
でも一刀彫の彫刻としては
どうなんだろうというのがあったりして。
一刀彫の彫刻をやっぱり見たいよな、
とかって思ったりもするんです。
製品は他でも見れるからと。 |
糸井 |
石碑ってあるじゃないですか。
石碑の文字を書いている
おおもとの書家がいるわけですよね、
書の達者な人がね。
それを貼り付けて彫っているわけですよね。
それって書が持っている速度だとか、
そういうものが全部ないのに、
また拓本を取ってお手本にするんですよね。 |
中島 |
ははははは、なんなんだろな。 |
糸井 |
ものすごいと思いますよね。
書いている本人は、
絶対塗り直しとかしないはずですよ。
なのに石碑になったときには、
それはそれでもうひとつ、価値を持つ。
だから、わかんないんだよ。
神秘になってしまうけど、
受け継がれていくのは、
唯一なにか目に見えない、
魂みたいなものなんで。
つまらない字が石碑になっても
つまらないと思う。
でもグッシャグシャに直して、
悪戦苦闘のあとが
人に気付かれるんじゃないか、
と思うようなものでも、
あとでスッとできたかのように、
みんなに受け入れられるってことだって
ありますよね。 |
中島 |
ありますよ、いーっぱい。
それを舞台で歌うとき大変なんです。
何番目に書いた詞だったか、
そこへ戻っちゃったりして。
で、何か違いますかって顔をして
歌っちゃうんです(笑)。
‥‥違うんですよね(笑)。 |
糸井 |
泣けるほどきつい話だね、それは。 |
中島 |
ね、困ったもんですよ。 |
糸井 |
ご自分でお作りになっているがゆえの。
でも、シンガーの私が
最後は責任を取るっていうかたちで、
鳴り物としてぶつけるわけじゃない。 |
中島 |
そうですよね、はい。 |
糸井 |
そこを、今まで全然話題に
してこなかったなと思って。 |
── |
みゆきさんの歌手としてだったり
声のすごさというのは
あんまりみんな話題にしてこなかった
と思うんですね。
作品性に目が行っちゃったりしてて、
声とかボーカリストとしてのすごさとか
“鳴り”とかというものは‥‥。 |
糸井 |
「語られてないなぁ」
という実感はありましたか? |
中島 |
いや、語られてないもなにも、
自分でうまい歌手だとは思っていないもの。
さっき言った、今よりも昔のほうが
うまかったなっていうのは、
今より昔がマシだったな、
という程度の感動であって、
上手な歌手ではないな、
っていうのがありますから。 |
糸井 |
歌のうまさを求められても、
知ったこっちゃないっていう
気持ちがあるでしょ、当然。 |
中島 |
はい。無理です。 |
糸井 |
そっちに行こうとも思ってないですよね。 |
中島 |
それだったら、もうね、
まず音楽学校に行って、
声楽科からやり直さないとダメですよ、
それを目指すなら。 |
糸井 |
食べ物まで変えてとか、体操してとか。 |
中島 |
ちゃんとやらないとですね。
でもね、幸か不幸か、
ボーカルトレーニングに行ったときの先生が、
「あなたの歌い方にはものすごい癖があって、
今の歌い方を続けると喉を潰す恐れがある、
無理がかかるところは直しましょう。
でも、正式な発声法に全部直したとき、
あなたらしさって言えるかどうか
わからないから、そこは直しません」
って言われたんです。
それは今からすればラッキーだったかも。
直そうと思えば直せたんですよ、あの時点で。 |
糸井 |
えっ、あの時点っていつ? |
中島 |
一度目はデビュー直前だし、
二度目は、えーと、いつごろだっけなぁ、
『36.5℃』とか、あのへんですかね(*)。
で、「夜会」をやろうとしてたんですよね。
すると、自分の音域じゃない声も
使わなきゃ役になれないから、
ちゃんと勉強しなきゃダメかもってんで
習ったときですね。
*『36.5℃』1986年発表の
14作目のアルバム。 |
糸井 |
覚悟したんだ。
変わってもいいぐらいに思ったんですか? |
中島 |
広い声が出せるんならね。
デビュー以来、ずっと自分の音域に合わせて
曲が存在していたんだけれども、
出ないところはもう
オクターブ下げちゃうみたいなことで、
これじゃ「夜会」は成立しないな、
これを広げる方法を
勉強しなきゃなと思ったのね。
本気で広げるもなにも、
ミュージカル女優に
なりたいってところまでやるなら、
歌い方から変えなきゃダメですよね。
発声法から変えなきゃ、ああはならない。 |
糸井 |
本人としては、そうしなさいって、
もし先生に言われたら、
ハイって言うぐらいの気持ちはあったんですか? |
中島 |
いや、どっかでぶつかったでしょうね。 |
糸井 |
そうだろうな。だって、いわば
全財産を失うみたいなことだもんね。 |
中島 |
ミュージカル女優に、
とことん転身したいんだったら、
やったかもしれないけど、
一応自分のアルバムもやっていくので、
アルバムがいきなりミュージカルに
なっちゃうっていうのは、いかがなものかと。 |
糸井 |
でも、近いところまで、
なにかできることがあるんだったら
私はしますよって覚悟はあったんだね。 |
中島 |
そうそう。
この、めんどくさがりの私がね。
(つづきます) |