ダ・ヴィンチ×ほぼ日刊イトイ新聞 共同企画 中島みゆきさんとの、遊び時間。 『真夜中の動物園』をめぐる120分。
その12 買い物カゴからネギ出して。
中島 歌手の方や役者さんの方にも
いろんなタイプの方が
いらっしゃると思いますけれどもね、
ものを書く立場にあるなら、
温室純粋培養というのはできないんじゃないかな。
無菌室で一生いて一生作品を続けるというのって、
私は、それはかなり難しい。
生活がないと書くということが
できないんじゃないかしら。
その生活っていう部分が、
私ってもしかして生身じゃなくて
人形かもしれないと思ったら、
歌、書けないですよね。
糸井 人間じゃなくなるってことか。
つまり、生活っていうのを引き算しちゃうと、
人間である要件を満たせなくなっちゃうんだ。
中島 そうなんですね。
まあ、美しいでしょうけれどもね、
そりゃ、生活したら、
美しいだけじゃ済まないですものね。
でも、人から見ると、
ただ美しいところだけしか見たくない人も
いるかもしれないから。
生活をわざわざ見せる必要も
ないかもしれないけど、
書くっていう作業を考えたら、
生活がないと、
かなり難しいんじゃないかなぁって。
糸井 飯食ってうんこして、みたいなさ、
ミもフタもない言い方をしちゃえば、
そこのところはどんなに
人形化したって、あるじゃない。
飯食っての前に、
茶碗を持つ左手があったりさ、
お箸を持つ右手があったりさ、
おいしいとか、噛んでいるとか、
どんどん延長していって。
ここまでは誰でもやってるよなっていう
線の引き方は、
やっぱり知的に守っていかないと。
中島 民衆がお腹を空かせてますって言ったときに、
「じゃあ、お菓子を食べたらいいじゃない」
とおっしゃった、
とあるかたのところへ行っちゃうか、
食べるものがなくて絶食状態でいるところに
食べるおかゆってなんておいしいんだろうって
思うところへ行くかだと、
私、おかゆのおいしさのほうを取りたいな。
糸井 それはいつまでも繰り返せる楽しさだしね。
人体さえあれば。
さっき、技術だねっていう言い方をしたけど、
お菓子を食べればって言っている人は、
あまりにも下手ですよね。
中島 美しいところへ行き過ぎちゃったんですね。
糸井 面白いことや、豊かさの質って、
おかゆの側にある。
そっちのほうがすそ野が広いというか、
毛細血管みたいに根っこを張っているというか、
みゆきさんは、あんまり私生活は
言わないように生きているけど、
恐らく言わないことの背景には、
同じですよっていう気持ちがあるんでしょう。
中島 そう、変わったことって別にないし。
そんなにドラマチックに、
山あり谷ありっていうわけでもなし。
なんということもなし。
渋谷の街の中をネギ持って歩いてて、
ガッカリしたって思われるケースも
あるかもしれないでしょ、イメージとしては。
でも、私はそれもありだよなって思われたいのね。
別に盗んできたわけじゃなし、
盗んできたなら、
それは人目を忍びますけどね(笑)。
糸井 ここでさ、たとえがネギっていうところが、
詩人として、ぼくがみゆきさんを好きな部分で。
ネギ以外だと、たとえにならない。
チクワとか出すわけいかないじゃない。
中島 ははははは!
やっぱり荷物からビョーッて出てないと。
糸井 コマーシャルでスタイリストが
セッティングするじゃないですか。
そのときに、買い物かごから
絶対出しちゃいけないもののひとつが
ネギなんですよ。
より葉ネギじゃないほうね。
セロリだったらガッカリされないんです。
中島 あはははは!
セロリはおしゃれなのね。
糸井 で、ネギについて、みゆきさんは、
「ネギはきつい」って
考えたことがあるんだよ。
中島 あるんですよ。ネギを持つ人になっては、
私は皆様に嫌われるんだろうか、
みたいなね(笑)。
糸井 このあたりがね、この作家の、
ぼくのごひいきな部分なんです。
うちの子はね、ネギのことを
いつも考えてるんです(笑)。
中島 ありがとうございます。
親がそのように申しております。
糸井 「ネギ、アウトなんだな、渋谷で」って、
疑問を持ったときが詩なんです。
だから作品って、実は、
インプットされる直前の
吸い込む瞬間にあるんですよ。
出る瞬間じゃなくて。
あとで出すだけで。
蕎麦屋でふたりで喋っている
歌詞があるじゃないですか(*)。
そういうのって、思ったら、
もうできる前からできてるわけです。

*「蕎麦屋」1980年発表のアルバム
 『生きていてもいいですか』収録。

中島 あ、それは言える。できる前からできてる。
糸井 できてますよね。
中島 それを書き写させて、
筆記させていただいているだけ。
糸井 だからみんながみゆきさんの歌をわかるのは、
そこに“ある”からですよね。
みゆきさんが搾り出したんじゃなくて、
レンズで光を集めてこっち側に拡大してるってこと。
だから、ああわかるわかるみたいになる。
集める力はみんななかなか持てないから。
中島 うんうん。
糸井 うちの子はそうやってるんですよ。
中島 父もそうやってるんです(笑)。

(つづきます)
2010-10-28-THU
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