♯3 日本人、なめられちゃいかん!
───
(写真をみながら)ああ‥‥集中してますねえ。
モモ子
うん。
もう、やるしかないから(笑)。
 
───
ふだん描いている絵もこういうタッチで?
モモ子
そうですね。
「呪われそう」
って言われることもあります(笑)。
───
リトグラフは
いつもとずいぶんちがうものですか。
モモ子
いつも下書きを絶対しないで
描く手法なんですよ。
「間違いというものはない」という考えで。
松井
うん。
モモ子
どういう絵になっても、それはそれ、
続けて描いて終らせるっていう。
なのでそういう意味でリトグラフは
つながる部分があるように思いました。
リトグラフも1回インクを落としたら、
すぐ染み込んで消せないので。
松井
向いていたのかもしれないよね。
モモ子
そうですね。
───
なるほど。
じゃあこれも、石灰石の上にいきなりインクで?
モモ子
そう、いきなり描きます。
濃く置いたところが後で薬品を塗ると
深くえぐられて濃くなる。
松井
薬品は、酸だよね。
モモ子
酸で食わせて、凹凸を作って、
そこに黒インクをのせて刷る。
───
インクの部分が腐食していくわけですね?
モモ子
そうですね、
えぐられるとインクがのりやすくなる
という意味だと思います。
でも、刷り上がりでどう出るかは、
やったことないのでぜんぜんわからない。
松井
試し刷りを1回しますよね。
モモ子
うん。
───
最初の試し刷りは緊張しそうですね。
モモ子
ひいーって思ってた。
でも、その顔色を読まれたら負けだと思って、
「ふぅーむ」って(笑)。
ほんとはもう、胃はひきつるし、
ドキドキドキドキして、
もう、どうしよう、
ヤバい、ほんとにヤバい!
だってこれ、3日かけて職人さんが
用意してくれたんですよ?
松井
そうだよねー。
───
それで‥‥最初の試し刷りは?
モモ子
がくぜんとしました。
───
ああ−、出なかった。
モモ子
思ってた線が出てない。
───
それは、直せるものなんですか?
モモ子
1回だけ修正できるんです。
でも、もう薄い色とかは出せないですね。
滲んだような色とかはできなくて、
あとは真っ黒で描いてくしかない。
松井
うん。
モモ子
これを、どうやって、よくするか?
っていうので、一瞬ポカーンとなりました。
───
で、どうしたんですか?
モモ子
ここまできたらもう、
小細工してもらちがあかない。
だから太い線で、ぐわーって描き足しました。
ものすごくドキドキしながら。
でも、ここは日本人、
なめられちゃいかんと思って。
 
一同
(笑)
モモ子
ここはもう、男気見せないと! みたいな。
一発で、日本人のこの筆さばきを!
───
一発修正。
モモ子
行くぜ! と。
松井
そうだったんだ(笑)。
モモ子
その修正は石を動かせないので、
石の上に乗っかってやるんですよ。
たしかわたしのカメラで撮った写真が‥‥
ああ、ありました。
 

※安藤モモ子さんのカメラで撮影
モモ子
ここで描くのは、けっこう大変で。
松井
しかもこれ、
周囲に触っちゃだめなんでしょ?
モモ子
手を付けれないんですよ、下に。
バランス取れないじゃないですか。
どうすりゃいいの?!
───
はははは。
モモ子
だから震えるんですよ、手が。
細密なことはできない。
───
かなり不自然な体勢ですよね。
モモ子
鉄の棒の上で膝とすねに
重心をかけるんで、痛いんですよ。
何回も頭をぶつけたし。
最後の方は、体中が痛かったです。
松井
でも、慣れてきてたよね。
モモ子
うん、めきめき腕が上がった。
───
めきめき(笑)。
モモ子
加減がわかってくると、
もう、おもしろくておもしろくて!
 
(つづきます)
2010-04-27-TUE


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN