元ゲーム雑誌の編集者で、
テレコマンとしても活動している永田ソフトが
ここでは永田泰大さんとして
『MOTHER1+2』をプレイする日常をつづります。
ゲームの攻略にはまるで役に立たないと思うけど
のんびりじっくり書いていくそうなので
なんとなく気にしててください。

7月25日

夏休みの電車のなかで

なにやら最近電車のなかが騒がしいな、
と思ったら、あれか! 夏休みか!
ガキどもはすでに夏休み真っ最中か!
冒頭、いきなり不適切な発言がありましたことを
深くお詫びいたします。

ともあれ、電車のなかに、駅のホームに、
やたらきらっきらした子どもたちが目につく
今日このごろである。

そういった電車に乗り合わせて、
扉の横のいつもの位置に立ち、
いつものようにゲームボーイアドバンスSPを
開こうとしていたら、先客ありだった。
見下ろす座席に小学校高学年の男の子が
ゲームボーイを手にしている。
紫色のゲームボーイカラーだ。
それを認識したとたん、以前書いたことのある
「隣り合ってゲームをやるのはためらう」
という不思議な法則が作用したため、
僕はバッグのなかから取り出しかけた
ゲームボーイアドバンスSPを
元の位置に戻すこととなった。

そして、その男の子を横目で観察する。

おや、と思ったのは彼の向こう側にもうひとり少年がいて、
同じように熱心にゲームをプレイしていることである。
どうやら、その子は弟である。
明らかにひと回り体型の違う弟は
小学校に上がるか上がらないかくらいだろう。
見ると手にもっているのはゲームボーイアドバンスSPだ。
へえ、と僕は思う。
お兄ちゃんが最新機種を持っているならわかるが、
兄貴は弟のそれよりふたつも古いゲーム機を手にしている。
なかなかいいお兄ちゃんだな、と僕は思った。
僕には男の兄弟がなかったけれど、
男兄弟を持つ知人の多くは、
弟というものは兄貴のお古を与えられる運命を
背負っているのだとしばしば訴えていた。

夏休みの電車のなかで、
ゲームに没頭しながらどこかへ向かう兄弟。
微笑ましくそれを眺めていた僕だったが、
またしても新たな事実に気づき驚くこととなる。

弟のさらに向こうの席に、
また違うゲーム機の姿をとらえたのである。
それは横長のタイプのゲームボーイアドバンスである。
つまり、新しさでいえば、
兄と弟のちょうど中間にあたるゲーム機である。
持っているのは誰か。

なんと、お母さんなのである。

夏休みの電車のなかで、
ゲームに没頭しながらどこかへ向かう親子3人。
手前から、兄、弟、お母さん。
手前から、ゲームボーイカラー、
ゲームボーイアドバンスSP、ゲームボーイアドバンス。
ますますもって愉快になってくる僕である。

彼らが液晶画面に集中しているのをいいことに
もはや身体を思いっきりそっちへ向けて
あからさまに観察している僕であるが、
つぎなる興味はやはり、
彼らがそれぞれどんなゲームを
遊んでいるのかということであろう。

僕は彼らのモニターへ鋭く目を走らせた。
こう見えても僕はゲーム業界に10年いた男である。
ちらとその画面の一端を見るだけで、
どういったゲームかはおおよそ見当がつく。
僕は遠巻きにその3つの画面を見つめ、
それぞれのタイトルを確定させうる
特徴的な要素を瞬時に拾い上げていく。
網膜によって採取された個々の情報は
シナプスを通じて僕の脳内へ流れ込み、
灰色の脳細胞はたちどころにそれらの分析に取りかかる。
過去より認識し続けた膨大な量のゲームの特徴は、
いちいち系統づけられて僕の海馬に蓄積されている。
それらがまさにいま呼び起こされて前頭連合野に集められ、
電車内で採取された3つの情報とともに並べられて
フルスピードの照合作業が始まる。この間、約0.2秒。
まばたきがひとつかふたつ行われたあと、
くわッ、と目を見開いた僕の頭上で
黄金色のくす玉がポンと割れ、なかから紙吹雪とともに
16羽の鳩がくるっくーと飛び出した。
──我、3つのソフトを完全に把握せり。

彼らのプレイするソフトは手前から順に、こうである。
『ポケモン』! 『ポケモン』! 『ポケモン』!

ていうか、パッと見、ぜんぶ『ポケモン』であった。
最新作である『ルビー&サファイア』ではなく、
ひとつまえの『金・銀』であるようだ。
つまり、親子3人がそろって
同じゲームをプレイしているのである。
その風景は、やはり微笑ましく映った。

きっとお兄ちゃんが先導する形で、
おのおの自分のポケモンを育てているのだろう。
弟とお母さんが、真剣に対戦したり、
お母さんとお兄ちゃんがポケモンを
交換することだってあるのかもしれない。

『ポケットモンスター』というゲームもまた
彼らの世代に強く強く刻まれる作品であろう。
『MOTHER』で育った人たちが
14年経ったいまもその名前を忘れぬように、
『ポケットモンスター』というゲームを
自己の物心の礎に刻んでいる人も多いのだろう。

もしも、20年くらい経ったあと、
『ポケットモンスター』というソフトが
ハードの世代替わりによってプレイできなくなって、
それを残念に思う人たちの声を受けて、
『ポケモン赤・緑+金・銀』というソフトが
最新機種で発売されたらどうだろう?

大ヒットしたからという理由ではなく、
確立された世界が遊び手を魅了するという意味において、
『ポケットモンスター』もまた、
『MOTHER』と同じように、
いつも誰かが忘れずにいる種類のゲームなのだと思う。

夏休みの電車のなかで、
ゲームに没頭しながらどこかへ向かう親子3人。
手前から、兄、弟、お母さん。
彼らは長く無言のままプレイしていたが、
ふと、お母さんが顔を上げて横の少年たちを見た。
お母さんは、自分のゲームボーイアドバンスを持ち上げ、
その画面の一端を指さしながら彼らにこう問いかけた。
「──ねえ、ここのこれは、敵?」
兄と弟は同時に顔を上げて母が指さす場所を見つめ、
同じ間のあとに同じ言葉を同じように言った。
「敵!」「敵!」

親子は僕の降りるひとつ手前の駅で
なかよく連れ去って降りていった。
ゲームの一般的な印象がどうだか知らないけれど、
僕はその3人のことをとてもいいなあ、と思った。

2003-07-26-SAT