0号 ~prologue~
カメラを持って福島へ行く理由。

「福島で出会った食べものの写真を撮って、
 それをたくさんの人に見てもらいたいんです」
ほぼ日にやってきた写真家の長野陽一さんが言いました。
雑誌[ku:nel]などで
数々の料理写真を手がけている長野さんが、
福島をテーマに選んだ理由は‥‥?

この企画を持ってきてくださったときの打ち合わせを、
なるべくそのままここに掲載いたします。
これからはじまる不定期連載の
プロローグのようにお読みください。

知らなかった福島を知った

西白河郡矢吹町「柴田屋せんべい店」の編目。
────
食べものの写真を撮りに行く場所に、
福島を選んだ理由はなにかあるのでしょうか。
長野
そうですね、まずは震災以降、
東北を訪れて
撮影をする機会が増えたということがあります。
────
それは、食べものの写真を撮りに?
長野
いや、(震災の)直後は、現地の被害の様子や
そのときの出来事を撮ることが多かったんです。

でも時間が経つにつれて次第に、
復興を支援する観光PRや
東北から発売される商品のカタログ撮影なども
すこしずつ増えてきました。
────
撮影の内容が変わってきた。
長野
はい。
2013年と2014年には
NHKの東日本大震災復興支援プロジェクトで、
綾瀬はるかさんの
「ただいま、東北♡」
「ふくしまに恋して♡」という番組がはじまって、
ぼくはスチールカメラマンとして
福島に定期的に訪れるようになったんです。
────
なるほど。
長野
福島県はすごく広いじゃないですか。
中央部の中通り地方、
東沿岸平野部の浜通り地方、
会津盆地を中心とした会津地方と
3つの地方それぞれに特色があって。
訪れる度に、
それまで知らなかった福島を知りました。

食べものもそのひとつ、なんですけど‥‥。
撮影で移動をしていると、
いかにも美味しそうなたたずまいをした
お店が車窓から見えるのに、
そのまま通りすぎるしかないんです。
────
ああ‥‥。
長野
その土地の代表的な料理は取材できても、
なんでもない普通の食べものには
なかなか出会えない。
たとえば、素朴なラーメンとか、
その土地の洋食屋さんにある
クリームコロッケとかコーンスープとか‥‥。

そういう料理を想像しては、
寄り道したい気持ちでいっぱいになるんです。
新白河駅前「せきた」の手打中華。(白河ラーメン)
────
寄り道(笑)。
その寄り道を、ほんとうにしにいくんですね。
長野
そう(笑)。
気になった料理を、
ひとつひとつ記録したいんです。

すごく美味しいとか、珍しいとかではなくて。
大事なのはそこではなく。
「こういうところがある」
ということを知ってほしいんです。
もちろん、ぼくの知らない
福島の食べものはまだまだたくさんあります。
それらに会いに行くので、
その写真を見て、会いたくなった方は、
ぜひご自身で訪ねてもらいたいです。

美味しいポートレイト

────
長野さんの写真集では、
『シマノホホエミ』とか『島々』ですとか、
人物を撮ったものの印象も強いのですが‥‥。
長野
ありがとうございます。
日本全国の離島に暮らす人々のポートレイトや
島の風景を撮影していました。
卒業後の進路で島を離れる
10代の少年少女たちを撮ったり。
陸上の姿のまま海に潜ってもらうコンセプトの
水中写真集の「BREATHLESS」なども。

島を舞台にした撮影を続けることで、
出会った島の人々に
「写真を撮らせてください」とお願いをして
協力をいただくとういう、
関係性そのものが
ぼくの写真の大きな柱となりました。
────
そんな長野さんがなぜ、
料理の写真を撮るようになったのでしょう。
長野
料理写真はもう12年以上になるんですが、
[ku:nel]の撮影依頼がきっかけでした。
はじめて依頼されたときは戸惑いました。
自分が料理写真を撮るとは思ってなかったので。

撮りはじめて、
「料理を撮ることで
 作った人のことを知ることが結構ある」
って思ったんです。
────
料理で、人についてわかる‥‥。
長野
ずっと人物の写真を撮ってきましたけれど、
撮ることでどれだけ
その人についてわかるかというのは
もちろん別の問題です。
本来ポートレイトというものが
そこに写っている人のことを
伝える役目があるのだとしたら、
「その人を知る」という意味で
料理の写真を見て感じることは沢山あるなぁと。
作っている時から撮影して食べる時まで
ある程度長い時間をともにするわけですし、
食事という行為そのものが
人との距離を近くするわけで。
その距離感が
写真に写っているとまでは言いませんが、
料理の写真を人が見た時に
美味しそうと感じた瞬間、
いろんなことを想像するんだと思うんです。
────
つまり、料理の写真を撮ったら、
思いがけず人が見えてきてびっくりした。
長野
そう、おどろいたんです。
「あ、料理の写真でいろんなことが伝わるんだ」
って。
そこがおもしろかったんですね。
────
それで12年。
長野
料理を撮るカメラマンとして
ぼくを起用してくださる方が期待するのは、
湯気や水滴で演出された
食欲をそそる料理写真ではありません。
ぼくが撮るのは、
料理をした人自身の、
暮らしや物語が見えてくる写真です。
────
その人自身が見えてくるから、
「料理のポートレイト」。
長野
そうして撮り続けた料理写真を去年の夏、
『長野陽一の美味しいポートレイト』
という写真集にまとめました。
────
お話をうかがっていると、
「関係性そのものが柱になる」ということは、
人物を撮るときも料理を取るときも
長野さんにとっては
同じなんだなぁと思いました。
長野
そうですね、そうかもしれません。
ですから、たくさん出会いたいです。
知らないことをもっと知りたい。
だから、もっと撮りたいし、もっと食べたい。
────
ああ、いいですねぇ。
もっと撮りたい。もっと食べたい。
そのままこのコンテンツの
タイトルになりそうです(笑)。
長野
カメラを持って、行ってきます。
美味しいという事実はもちろんですけど、
そもそも美味しさとはなにかを
写真を通して考えてみたり。
そこで出会う人が、
「いま生きている」
ということを写真にしたいです。
────
訪ねるのは、やはりお店やさんですか?
長野
それは‥‥どうなるんでしょう。
出会った食べものがお店ではなくて
どこか普通のお宅のものだったら、
そのままそれをご紹介することになります。
────
そういうケースも‥‥。
行ってみないとわからないということですね。
長野
はい。
────
たのしみにしています。
どうか、ご無理のない範囲で、
気をつけていってらっしゃいませ!
長野
いってきます!
2015-04-23-THU
©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN