──
あ、これって、お面がとれるやつ!
村田
ええ、そうです。
雅楽の「蘭陵王」の舞人を象った金工作品で、
昨年、ニューヨークの
日本美術のオークションで落としました。

高川盛次《蘭陵王》 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

──
超絶技巧、という文脈で
紹介されることの多い作品だと思いますが、
間近で拝見すると、
何とも言えない「すごみ」を感じます。
村田
これは高川盛次という金工師の作品で、
細かいところまで、
非常に丁寧につくり込まれています。
衣装の文様は、象嵌(ぞうがん)、
つまり、金属に別の金属を嵌め込んで、
つくられているんですよ。

高川盛次《蘭陵王》部分 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

高川盛次《蘭陵王》面 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

junaida
嵌め込んで‥‥というと。
村田
地の金属に彫りを入れ、
そこへ別の金属のパーツを嵌め込み、
落ちないように、
かしめて留めるという技法です。
接着剤など、もちろん一切使わずに。
──
そうなんですか‥‥(まじまじ見る)。
村田
しかも、この作品は
金属を型に流し込む「鋳造」ではなく、
「鍛造」、ようするに、
金属を「叩いて」成形しているんです。
junaida
高い技術の要る技法なんでしょうね。
村田
そうですね。

こちらは、正阿弥勝義の「群鶏図香炉」。
蓋にあしらわれた無数の菊、
これを「押合菊」というんですけれど、
これなども、
鏨(たがね)の頭を金槌で叩いて、
ここまで細かい彫刻を施しているんです。

正阿弥勝義《群鶏図香炉》

写真提供:清水三年坂美術館 
撮影:木村羊

──
う、わー‥‥。
junaida
この、細かい菊の花びらを一枚一枚?

ちょっと、おそろしいですね。
──
ゾッとするような細かさです。
村田
一枚一枚の花びらを彫刻していますし、
花の中心の花芯の部分は、
金を象嵌して、表現しているんです。
胴回りの鷄も象嵌で、
また別の金属を嵌め込んでおりますし、
もはや現代では、
ほぼ再現不可能と言っていい技術です。
junaida
象嵌って、金属どうしを、
かしめてくっつけてるってことですが、
ぜんぜん、そう見えないです。
──
嵌めてるって感じ、しないですもんね。
村田
地の金属よりも盛り上がっているような、
立体的な象嵌を「高肉象嵌」、
地の金属に、フラットに嵌めこむ象嵌を、
「平象嵌」と呼んでいます。
かしめたあとに、
ヤスリなどで磨いて仕上げているんです。
──
あ! あれに見えるは、かの有名な!
村田
はい、安藤緑山の作品です。
junaida
これ、本当に、すごいですよね。

なにせ「象牙でできている」ところが。

安藤緑山《パイナップル、バナナ》 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

──
どうして、わざわざ象牙をつかって、
パイナップルとか、バナナとか、
タケノコ&マツボックリとか、
ナスとかを、つくろうと思ったのか。
それも、本物と見紛うクオリティで。
村田
まあ、この安藤緑山だけじゃなくて、
明治時代には何人か、
こういうことをする人がいたんです。
この作品もそうで、
いちおう、銘は入ってるんですけど、
誰かは、わからないんですが。
──
そうなんですか。

大野伯實《龍騎観音に風神》 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
ここに展示している安藤緑山の作品は、
タケノコ、ナス、パイナップルの3点。
junaida
この葉っぱの薄さ‥‥ヤバいですよね。

光が透き通るくらいの感じ。

安藤緑山《三茄子》 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
おそらく、片側に粘土か何かを貼りつけて、
片面を彫り、彫り終えたら、
こんどは粘土を反対側のほうに貼りつけて、
裏面を彫ったんだと思います。
そうでもしないと、
彫ってるうちに折れてしまう薄さですから。
──
すごいことです。
村田
安藤緑山は、着色技術によって、
本物の質感を再現する技術に長けており、
どう見ても
本物のマツボックリだとか、
どう見ても
本物の木の枝に見えるんですけど、
それらが、すべて、象牙でできています。
タケノコの部分とマツボックリの部分は、
金属のネジで留められています。
junaida
え、見えないところで?

安藤緑山《松竹梅》 写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
そう、X線写真でわかったのですが、
外見からは、
絶対に見えないようになっています。
──
あのう、なぜ、わざわざ象牙で‥‥と、
お聞きするのは無粋でしょうか。
村田
まあ、当時は、象牙彫刻というものが、
欧米の人に、
ずいぶんと高い値段で売れたんですよ。
廃仏毀釈で食い詰めた仏師なんかも、
みんなこぞって、
象牙彫刻家に転向した時代ですから。
──
さきほどの超絶的な金工の技術も、
日本古来の刀剣の技術が、
明治時代の「廃刀令」をきっかけにして
工芸の分野に流れて‥‥
というような話を、以前聞きました。
村田
そうですね、時代の変化に、
長年培われた日本人の高度な技術が
そぐわなくなった明治期、
ときの政府が、外貨獲得のために、
これら工芸を奨励したことで、
一気に花開いたという面があります。
junaida
おもしろーい。

村田
ええ、で、話を元に戻しますけれども、
安藤緑山という人は、
当時の象牙彫刻家のなかでも、
ほぼ唯一と言っていいと思うのですが、
「象牙を着色した作家」で。
──
たしかに「象牙」と言えば、
白というか、クリーム色というか。
junaida
これ、着彩は‥‥塗料は何ですか。
村田
それが、わからないんです。
当初、研究者たちは、何らかの有機物、
たとえば
植物染料などではないかというふうに
考えていたんですが、
非破壊検査装置で表面を分析した結果、
有機物は一切検出されなかった。
──
では?
村田
酸化金属などの無機物で
色付けをしていたようなんですが、
では、その顔料が
具体的に何だったのかについては、
解明されていないんです。
──
謎‥‥ですか。
村田
そう。
junaida
つまり自分でつくってたってことですか?
村田
そうかもしれないし‥‥わからないです。
象牙や鹿角を彫る人を牙彫師といいますが、
安藤緑山という人は
生没年もハッキリしない謎の牙彫師‥‥と
言われておりまして、
弟子も取らなかったようだし、
独特の着色技術や表面の質感を生む技術を
誰にも伝えなかったために、
安藤緑山以降、
誰も、この作風を再現できていないのです。
junaida
え、再現できてない‥‥って、すごい。
村田
彼の手がけた作品は、
世界で60点ほど確認されているんですが、
それ以上のことが、わかっていない。
おっしゃるとおり、謎の人物なんです。

<つづきます>

2017-09-06-WED