フリーの絵本編集者として、
数々の絵本を世に出してきた土井章史さん。
土井さんが主宰するワークショップ
「あとさき塾」では
荒井良二さんや酒井駒子さんも学びました。
おかしが1個しかなかったとき、どうする?
「はんぶんこ」じゃ「やりすぎですね」と
土井さんはおっしゃいます。
ふつうは「はんぶんこ」って言いそう‥‥
どういうこと!?
もう何百冊も
ちいさな子ども向けの絵本をつくってきた
土井さんの真意に、納得しました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>土井章史さんのプロフィール

土井章史(どい・あきふみ)

フリーの絵本編集者。長く吉祥寺にあり、現在は西荻窪に移転したトムズボックスを経営。絵本や絵本関連書籍をあつかう。1957年、広島市生まれ。現在までに300冊を超える絵本の企画編集に携わってきた。また、絵本作家の育成を目的としたワークショップ「あとさき塾」を小野明さんとともに主宰、絵本作家の育成に力を入れている。荒井良二さんや酒井駒子さんも「あとさき塾」の出身です。トムズボックスのホームページは、こちら

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第5回 新しい価値観に出会える場。

──
絵本をつくっていて、
楽しいとかうれしいって感じるのは、
どういうときですか?
土井
やっぱり、新人の企画が通った瞬間。
そのときが、いちばんかな。
本がつくれることになった瞬間って、
本当にうれしいものなんだ。
──
新人の‥‥というのが、いいですね。
もちろん、キャリアのある作家でも
うれしいでしょうけど、
新人の場合は、
うまれてはじめての絵本ですものね。
土井
あとはね、増刷が決まること!
──
ああー、それは、うれしいですよね。
増刷という言葉の響きの、
あの‥‥じんわりしたうれしさって、
何なんでしょうね。
世の中が「おかわりー!」って。

土井
すぐできるに越したことはないけど、
そんなことは、なかなかないからね。
半年から1年くらいの時間をかけて、
じわじわ売れて、
出版社が増刷してくれるとなったら、
本当に、うれしいなあ。
──
書店で手にとってもらえた証、
誰かに読んでもらえた証ですものね。
土井
よろこんでもらえた本がつくれたな、
そういうよろこびだよね。
──
新人の作家さんなら、よりいっそう。
土井
もう飛び上がって、よろこびますよ。
で、安い酒で乾杯します(笑)。
──
土井さんが、
30年も「あとさき塾」をやり続けて、
絵本をつくり続けているのは、
やっぱり、
次々と新しい作家を紹介していきたい、
という気持ちですか。
土井
さっきも言ったかもしれないんだけど、
日本という国には、
児童書の出版社がたくさんある。
で、子どもたちの数にくらべたら、
こんなにも必要ないだろうってくらい、
たくさんの絵本が出てるんだよね。
──
はい。さっき「年間1000冊も」と。
土井
それでもぼくは、どんどん出したいな。
それくらいの気持ち。
──
世の中に紹介したい新人さんが、いる。
土井
いますよ、やっぱり。そのときどきに。
不満があるとしたら、
売れる作家に集中しすぎているところ。
もっともっと、
いろんな作家を見てもらいたいと思う。
──
ここ数年、ちっちゃい子向けの絵本を、
あまり読んでませんでしたが、
今回、土井さんがご担当された絵本を
何冊か読んできたんですね。
そしたら、どれもおもしろかったです。
土井
ねえ、おもしろかったでしょ?
子どもも、よろこんでくれるんだけど。
まあ、そんなには売れてないです。
──
若い作家さんばっかり、なんですか。
出したいなって思う作家さんって。
土井
うん。まだ1冊か2冊しか出してない、
そういう人の絵本ばっかりやってます。
──
女性の作家さんが多いですよね。
土井
これはね、理由はわからないんだけど、
女の人のほうが「遊べる」んです。
──
遊べる?
土井
そう、絵本で遊べる。
そういう人って、なぜか女性が多くて。
男の場合‥‥何というかな、
すぐ「職業」にしたがっちゃうのかな。
絵本で食べていこうと、
たぶん収入まで考えて描いてるんです。

──
それだと、遊べなくなっちゃう。
土井
描くときの発想が、
どうしたら、絵本になりますか‥‥に
なっちゃうんだよ。
そうすると絵本で遊べなくなっちゃう。
で、切羽詰まっちゃって、
つまんないお話ばかりになっちゃう。
──
セオリーと言うか、理詰めの絵本に。
土井
うん。なっちゃうんだよねえ。
その点、何でなのかわからないけど、
女の人のほうが、
絵本で遊べる余裕があるんだなあ。
もちろん、男のなかにも、
荒井良二みたいに、
あんなに自由に遊べる人もいるけど。
──
その傾向は、昔からそうなんですか。
土井
そうだね。なんか背負っちゃってる。
男って、いつの時代でも。
絵本という表現方法や、
絵本というメディアについての理解、
そこは押さえたうえで、
「遊ぼうぜ!」っていう気分が、
あるかどうかじゃないかなあと思う。
──
絵本で、のびのびと遊べるかどうか。
土井
そう。
──
お話も、絵も。
土井
急いじゃいけないよっていうことと、
絵本っておもしろいねえ‥‥と、
素直に言える自分になれるかどうか。
ぼくらが、ずーっと
「あとさき塾」で言ってきたことも、
そういうことなんだと思う。
──
「急ぐな、遊べ」と。
土井
そう。昔はまだまだ、
時代に余裕があったのかもしれない。
現代って、みんな必死に、
「どうすれば絵本作家になれますか」
って感じだから、まずは「急ぐな」。
──
はい。
土井
そして「絵本で遊べるようになれ」。
絵本づくりって、
そこから、はじまると思っています。
──
ただ、土井さんが担当する作家って、
新人だからこそ、
売り込みにくいこともありますよね。
土井
それはねえ、すごくあります。
実績のない作家の企画を通すのって、
本当に大変(笑)。
──
そのぶん、企画が通ったら
いっそう「うれしい」わけですよね。
出版社もリスクを取りにくい時代で、
ある程度「見込める」人が、
やっぱり、優先されてしまいますか。
土井
だから、ここがダメだったらあそこ、
あそこがダメだったら‥‥って。
その作家の将来を考えたとき、
どういう出版社から出せたらいいか、
少しは考えるかな。
──
フリーの編集者として。なるほど。
そこは、会社勤めの編集者が、
あまり使わない頭かもしれないです。
土井
新人だと、1冊目が売れなかったら、
2冊目は、どこへ持ってったって、
たぶん、なかなか通らない。企画が。
1冊出しただけで終わっちゃう作家、
たーくさんいるんです。
──
だからこその「戦略」なわけですね。
土井
そうなんです。
出版社をいくつもハシゴしたりして。
ただ、もしかしたら
2冊、3冊‥‥ってつくっていけば、
どこかで
評価してもらえるかもって思うから、
自分の気持ちとしては、
ある程度は、付き合いたいなと思う。
──
1冊だけじゃなくて。
土井
うん。
──
1冊の絵本が読者にとどくまでには、
絵本作家さんがいて、
印刷屋さんがいて、
取次さんを経由して書店さんへ‥‥
と、いろんな人が関わってますけど、
その中で、
編集者はどういう人だと思いますか。
土井
ねえ‥‥どういう人なんだろう。
編集者って仕事は、
ぼくにとっては「商売」でもあるし、
それで生きてきたし、
どうにかこうにか家族も養ってきた。
だから、
何なんだろう‥‥って、思っちゃう。
──
あらためて聞かれても。
土井
編集って、どういう仕事なんだろう。
絵本をつくりたいと思う作家がいて、
本を出す版元があって、
その間に、
編集者っていうやつがいなかったら、
本ってつくれなかった。いままでは。
──
はい。いままでは。
土井
でも、いまは時代が大きく変わった。
編集や出版のいろんなところが、
パソコンやデジタルになっていった。
──
ええ。
土井
テレビの番組には出れなくたって、
YouTubeには、
どんどん出られるようになったように、
絵本も、
いま自分で印刷を注文すれば、
すっごく安くつくれる時代になってる。
──
はい。そうなんだろうなということは、
容易に予想がつく時代です。
土井
そこには「編集者」っていないじゃない。
でも、編集者がいたらいいことあるよ。
そう思える場面って、多いと思う。

──
はい、そう思います。
客観的な意見やヒントを言う役目は、
印刷屋さんでも本屋さんでもなくて、
ふつうは編集者ですし。
とくに新人作家さんは、
編集者からの助言だとかはげましを、
とても頼りにしていると思います。
土井
それと、あるていどの大きな規模で、
その本を広めるというかな、
本を全国の流通に乗せることができる。
それも編集の仕事だよね。
──
たしかに。つくったものを広めるのも、
編集者の大事な役割ですから。
土井: 
時代は、どんどん変わりつつあるから、
紙の本という在り方は、
将来的には消えていくのかもしれない。
でも、それでも、子どものための
エンターテインメントとしての絵本が、
最後の最後まで、
紙の本として、
がんばってくれるような気はします。
──
はい。
電子版の絵本は、買ったことないです。
土井
本というのは文化だと思われてるから、
まだ怒られないけど、
紙自体が環境破壊ですよね。
だから、いつかは
紙の絵本もなくなるかもしれないけど、
幼稚園や保育園では、
まだ、紙の絵本を読んでくれてるから。
──
土井さんは、絵本の編集者として
出版社に近いところにいらっしゃって、
絵本以外のジャンルを、
やろうと思えばやれるチャンスだって、
あったと思うんです。
でも、絵本の編集しかやってないのは、
どうしてなんですか。
土井
いやいや、そつなくできないんですよ。
絵本以外の本は、ぼくには。
──
絵本ならできたということは、
逆に言えば絵本がいちばん合っていた。
土井
うん。合ってた、合ってた。
合っていた‥‥って、思いたい(笑)。
──
これまでに、どれぐらいの数の絵本を
つくってきたとか‥‥把握してますか。
土井
それがねえ、ぜんぜんわかんないです。
300冊は超えてると思うけど。
──
そんなにたくさんの絵本に関わるって、
編集をはじめたころの
若き土井さんは、思っていましたかね。
土井
思ってなかっただろうなあ。
でも、ここまで続けてこられたのには、
やっぱり、長新太さんという作家に
めぐり会ってしまったことが大きい。
──
そうみたいですね。うかがっていると。
土井
長さんって‥‥井上洋介さんもだけど、
過去の仕事を、ぜんぜん気にしない人。
だから、ぼくもそんなふうに、
できるだけ
過去の仕事は関係ないなんて素振りで、
生きていきたいな(笑)。
──
絵本って、存在として、
かけがえがないようなところがあって、
家にある絵本はどれも、
特別なもののように思えるんです。
まず、「捨てられない」し。
土井
やっぱり、子どもたちが、
その中でキャラクターに感情移入して、
泣いたり笑ったりして、
その中で「生きている」わけじゃない?
そして、わくわくドキドキしながら
新しい発見をしたり、
新しい価値観に気づいたりしている。
そういうものだからね。
──
はい。
土井
たとえば、ピーマンの大嫌いな子が、
何かの絵本を読んで、
ちょっと食べてみようかな、とかね。
そんな絵本をつくることができたら、
ぼくは、本当にうれしいよ。
──
子どもたちが、
新しい何かに遭遇できるような場所。
土井
絵本って、32ページしかないけど、
新しい考えや価値観に出会う瞬間、
あ、よかったねっていう瞬間に
子どもたちをたどりつかせるために、
その32ページを使ってるんだよね。
──
なるほど。
土井
ただ単に、ああなって、こうなって、
こうなりました、ああよかったね、
じゃ、お話にはならないと思うんだ。
その世界に入り込んで、
その世界で生きてるキャラクターに
感情移入して、
どんなにちっちゃいことでも、
子どもが「何かを発見する」ところ。
──
それが、絵本。
土井
うるさいなあと思っていた妹が、
ちょっとかわいく思えてきた、とか。
──
いいですねえ、それ。
土井
それくらいでいいと思うんだよ。
それくらい、ちっちゃなことで。
──
妹がちょっとかわいく思えたって、
あんがい、
大きなことのようにも思えますし。
土井
そうだね。うん。子どもにしたらね。

(おわります)

2021-10-08-FRI

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  • 土井さんからのおすすめ絵本は
    長新太さんの『ぼくのすきなおじさん』

    土井さんは、長新太さんの絵本を残そうと、
    絶版になった作品を復刻することを、
    ひとつの使命として、活動されています。
    今回、ぜひおすすめを‥‥とお願いしたら、
    こちらの作品をご紹介くださいました。
    「ナンセンスを伝えるためにうまれた
    独自の絵!
    センス、ユーモア、それは、もしかして
    日本独自のものかもしれない‥‥と、
    わたしは、やんわりと、ひそかに思っている。
    長新太作絵の『ぼくのすきなおじさん』は、
    かたーーーーーいあたまのおじさんの話です」
    (土井さん)
    Amazonでのおもとめは、こちら