特集「編集とは何か」第2弾は、
福音館書店『たくさんのふしぎ』編集長の
石田栄吾さんの登場です。
小学生向けの「科学絵本」をつくる過程で
石田さんが向き合ってきた、本当の出来事。
それらは、どんな物語よりも物語的で、
子どもたちの世界を肯定する力が、あった。
石田さんに聞く「物語+編集」の話。
ゆっくり、たっぷり、うかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
石田栄吾(いしだ えいご)
1968年、神奈川県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、福音館書店入社。出版管理部、「たくさんのふしぎ」編集部、「こどものとも」第一編集部、「母の友」編集部を経て、現在「たくさんのふしぎ」編集部に在籍。担当した主な絵本に、『お姫さまのアリの巣たんけん』『アマガエルとくらす』『絵くんとことばくん』『古くて新しい椅子』『カジカおじさんの川語り』『雪虫』『スズメのくらし』『貨物船のはなし』『みんなそれぞれ 心の時間』『宇宙とわたしたち』『家をかざる』『一郎くんの写真』(以上「たくさんのふしぎ」)、『くものすおやぶんとりものちょう』『ぞうくんのあめふりさんぽ』『くもりのちはれ せんたくかあちゃん』『みやこのいちにち』『そらとぶおうち』『だるまちゃんとやまんめちゃん』『いっくんのでんしゃ』などがある。
- ──
- 新聞から絵本の物語を見つける‥‥って、
でも、よく考えると、
科学や事実を基にしてつくられている
『たくさんのふしぎ』では、
ごく自然なことなのかもしれないなあと、
お話をうかがっていて思いました。
- 石田
- 一川誠さんという千葉大学の教授の方も、
最初は新聞で名前を覚えて、
お書きになった新書を読んでみたんです。 - そしたら、とってもおもしろくて。
- ──
- 何の先生なんですか?
- 石田
- 知覚心理学‥‥という学問なんですけど、
「時間」について研究しています。 - たとえば、好きなことをやっていると、
時間はすぐに過ぎるけど、
辛い時間って長く感じるじゃないですか。
- ──
- ええ。
- 石田
- 蜘蛛が嫌いな人の前に
「蜘蛛の入った水槽」を置いておいたら、
蜘蛛が好きな人より、
同じ時間でも長く感じる‥‥とか、
そういう研究ばかりやっている人でした。
- ──
- へえ‥‥おもしろそう。
- 石田
- そこでまだ『母の友』編集部にいたとき、
一川先生に
「子どもの時間、大人の時間」について、
文章を書いていただきました。 - 子ども時代のほうが、
毎日の過ぎゆく時間を長く感じますよね。
歳を取れば取るほど、
同じ1年でもスピードが速く感じますが、
その理由などについて。
- ──
- あ、それ、いままさに実感中です。
- 石田
- ま、大雑把にまとめると、
はじめての経験ばかりの子どものほうが、
人生への刺激に満ちているから、
大人より、長く時間を感じるんだ‥‥と。 - その後「たくさんのふしぎ」にうつって、
この本を書いてもらったんです。
- ──
- 『みんなそれぞれ 心の時間』。
- 人によって、シチュエーションによって、
時間の流れ方がちがう‥‥というのは、
感覚的には、とても納得できる話ですね。
- 石田
- わたしは、本の中で、
ぜひ、ふれてほしいことがあったんです。
それは、なぜ人間にとって、
時間は大切なものなのか‥‥ということ。 - それは人間の時間には終わりがあるから。
つまり「死があるから」なんです。
- ──
- なるほど、つい忘れてしまいがちですが。
自分の時間は有限なんだ‥‥ということ。
- 石田
- 子ども向けの絵本で「死」を扱う場合は
とりわけ慎重になりますし、
編集部では反対意見なんかもありました。 - でも、やっぱりその話で終わりたかった。
それは、写真家の星野道夫さんが
あるエッセイの中で
自分の人生の時間には終わりがくる‥‥
ということを、
若い人たちに、
なるべくはやく気づいてほしいって
書かれていて、
わたし自身とても共感したからなんです。
- ──
- 43歳で亡くなった星野さんが
生前に書かれた文章なんだって思ったら、
より、ずしっとくる言葉ですね。
- 石田
- はい。
- 星野さんがお友だちを亡くされたときに、
そう思うようになったそうです。
- ──
- そうなんですか‥‥。
- 福音館書店さんからは『クマよ』という
写真絵本を出されてますね、星野さん。
- 石田
- ちなみにですが、
これはまた別の研究者のかたの話ですが、
5才くらいまでの子どもって、
「急いだらかえって時間がかかる」って、
思ってるそうなんですよ。
- ──
- 急ぐと? ‥‥なんでですか。
- 石田
- このことも、
子どもの時間と大人の時間に関わります。 - わたしたち大人は、たとえば
ここからあのドアのところへ行くまでに、
急いで歩いたほうが
かかる時間は少ないと思いますよね。
- ──
- 実際そうですもんね。
- 石田
- それは大人にとっては常識なんですけど、
子どもにとっては「常識ではない」。 - というのも、人間の物事の把握の仕方は、
まず「比例関係」から学んでいく、と。
- ──
- 比例。
- 石田
- ようするに
「more」なら「more」の関係性。 - 大きなものは重たいし、
大きな容れ物にはたくさんのものが入る。
- ──
- なるほど、そういうものとして、
周囲の世界を認識・把握していく‥‥と。
- 石田
- それに対して、
急いだら時間が短く済む‥‥っていうのは、
反比例の関係。 - 大人にとっては当たり前ですけど、
これって、脳の中で、
一回、難しい変換をしてるそうなんですよ。
- ──
- そうだったんだ‥‥!
- 石田
- 5才くらいからは、
だんだん反比例の関係を理解できるように
なってくるそうなんですが。 - つまり、わたしも、娘が保育園のころには、
「はやくしなさい!」って、
言わない日はなかったように思うんですね。
- ──
- ああ‥‥あっ、そうか!
その「はやくしなさい」の「意味」が‥‥。
- 石田
- 子どもにとっては、ふしぎなことなのかも。
- お父さんお母さんは急げ急げって言うけど、
「急いだら時間かかるのになあ」
って、思っているかもしれないんですよね。
- ──
- 言ってます‥‥毎朝毎晩。はやくしろと。
- 石田
- 子どもって、なかなか急ぐことはできない。
はやくしてと言っても、のんびりしてる。 - それには、
そういう理由もあるかもしれないんですよ。
- ──
- おもしろい‥‥けど、そうだったのかあ。
- でも『たくさんのふしぎ』という科学絵本は、
いまみたいな時間の話から、
生物学系の作品などもたくさんある一方で、
『一郎くんの写真』みたいなものまで、
テーマがとっても幅広いと思うんですけれど。
- 石田
- ええ。
- ──
- びっくりしたのは、
沼田元氣さんによる「盆栽」活動の絵本も、
あるんですよね。
- 石田
- あははは(笑)、はい。あります。
- ──
- メディアとしての『たくさんのふしぎ』の
「器の大きさ」を感じました。
- 石田
- まだわたしが20代のころに担当した本で、
まあ‥‥大変な思いでね(笑)。
- ──
- 石田さんの企画でしたか!
- 石田
- いや、沼田さんの持ち込みだったんですが、
当時、何度も真夜中まで打ち合わせて、
何度、おたがいに
首を絞め合いそうになったことかと(笑)。
- ──
- これほど柔和そうな石田さんが(笑)。
- 石田
- 最初はご自分で蛇腹型の本をつくってきて、
そのダミーブックを拝見したんですよ。 - 盆栽の姿で東海道をめぐる‥‥という本で、
でも、蛇腹の本はつくれないので、
窮余の策として、
まずはページの「上の段」を読み進み、
最後のページに着いたら、
ひっくり返して「下の段」を読むというね。
- ──
- はじめ、じゃっかん迷いました(笑)。
- この作品が何であるか‥‥ということって、
最初からピンときていましたか。
- 石田
- おもしろいってことはわかったんですけど、
何かであるかは、にわかには‥‥(笑)。
- ──
- でしょうね(笑)。
- でも、そういう
「正体がわからないんだけど、おもしろい」
というような作品まで、
包摂してしまう「器」なんだなあ‥‥と。
- 石田
- 沼田さんの「強烈な思い」があったんです。
- 同時に、どこの出版社でも
容易には引き受けられない内容でしたけど、
当時、若い編集者だったわたしは、
だからこそやってみたいと、思ったんです。
- ──
- なるほど。
- 石田
- 編集部では反対もありましたし、
刊行後、
それまでの福音館書店のファンの方からも、
少々‥‥抗議のようなお叱りを
頂戴したりということもあったんですけど。 - その一方で、熱心に
ハードカバー化を求める声もある本ですね。
- ──
- 何にせよ、反響は高かったんですね(笑)。
- ちなみに、不勉強で恥ずかしいのですけど、
沼田さんの盆栽の活動について、
詳しいことを、存じ上げなかったんです。
- 石田
- ええ、沼田さんは、この盆栽の格好をして、
ニューヨークへ行ったりしています。 - 天安門事件のときの中国では、
盆栽の鉢の部分に被弾したりしていますね。
- ──
- ‥‥それを聞いたら、グッと凄みが増しました。
- ちなみに『たくさんのふしぎ』編集部では、
「編集方針」みたいなものについて、
何か言葉になっていたりするんでしょうか。
- 石田
- ひとつは、すでに申し上げましたが、
この世の中を、肯定的にとらえていくこと。 - 戦争の物語など、
重く悲しいテーマではあるけれども、
そのお話を読むと、
やはりどこか、人間というものを
肯定的にとらえられるようなものであれば、
絵本にできると思っています。
- ──
- なるほど。
- 石田
- これは「物語絵本」でも同じだと思います。
- たとえば『スーホの白い馬』なんて名作も、
やっぱり悲劇、悲しいお話ですよね。
でも、わたしたち人間は
悲しみを知ることで、
人として強くなっていったり、
人間というものを知っていったりもできる。
- ──
- はい、そう思います。
- 石田
- 誤解を恐れずに言えば、
子どもに向けてつくる絵本っていうものは、
基本的には、
エンターテインメントでなければ、ダメ。 - わたしたちの『たくさんのふしぎ』だって、
子どもの楽しみのためにあるんです。
お勉強のための本じゃないし、
大人が子どもに啓蒙するための本じゃない。
- ──
- ええ。
- 石田
- たとえばですが‥‥そうですね、
仮に「戦争反対」という題材があったとき、
子どものための絵本では、
直接的にそのことを言うんじゃなく、
あくまでも「読んで楽しいもの」として
成立させなければならないと思っています。
- ──
- 子どもたちが読んで、おもしろいかどうか。
事実に基づく、ということは前提としつつ。
- 石田
- はい、その点は、当然ですね。
ノンフィクションの絵本ですから、そこは。 - ノンフィクションとは何かと言えば、
まず第一に「本当のことが、書いてある本」
なんだろうと思うんです。
子どもにお話をしてあげたりすると
「これって本当のお話?」って聞きますし、
子どもながらに、
そのあたりは意識してるんだと思っていて。
- ──
- たしかに。
- 石田
- これは「物語絵本」を編集しているときに、
発見したことなんですが。
- ──
- ええ。
- 石田
- よくできた物語では、登場人物たちが
お話の「都合」で動いていくんじゃなくて、
作家がいようがいまいが、
登場人物たちは、
どこかの世界でちゃんと生きているんです。 - そのようすを、作家が切り取るような感覚。
そういう物語には、
言いようのないリアリティが生まれますね。
- ──
- なるほど。
- 石田
- 先輩編集者から聞いたのですが、
富安陽子さんという絵本作家さんは、
物語の中ではたらく人の
「時給」まで考えながら作品を描いていると
おっしゃっていたそうです。 - つまり、きちんと、
彼や彼女の世界にきちんと生かしてあげる、
と言うことですね、
- ──
- キャラクターたちを。
- 石田
- あの『ぐりとぐら』の中川李枝子さんも
おっしゃっています。
わたしは書こうとして書くのではない。
あるとき、
ぐりとぐらがひとりでに動き出す。
それを、わたしは書くのです‥‥って。
- ──
- ぐりとぐらは生きているってことですか。
作者がいようが、いまいが。
- 石田
- そうです、そうです。
- ──
- ではその一方で、「科学絵本」の場合に、
いい絵本ができるのって‥‥。
- 石田
- ひとつには、その作家が、
「本当に知っていること」を書いてくれた、
そういうときだと思います。
- ──
- 「本当に、知っていること」。
- 石田
- はい。
- 通り一遍で調べのつく浅い知識じゃなくて、
その作者が、
人生をかけて追い求めてきたテーマを‥‥
つまり「本当に、知っていること」を、
描いてくださったときです。
- ──
- いい本ができるのは。
- 石田
- 蜂なら蜂、宇宙なら宇宙、時間なら時間、
アラスカ、アリの巣、トイレ、鉄道‥‥
その人が人生をかけて追いかけて、
考え続けて、
その結果「本当に、知っていること」を、
惜しみなく書いてくださったとき。 - そのとき、いい本はうまれると思います。
2021-08-18-WED
-
夏休みの、とくべつ企画!
「たくさんのふしぎ」特設サイトで
作品を無料でおためし中!石田栄吾さんが編集長をつとめる
月刊『たくさんのふしぎ』
特設サイトでは、
いま夏休みのとくべつ企画として、
過去の名作を期間限定で無料公開中です。
8月18日(水)15時まで読めるのが
「ノラネコの研究」と
「黒部の谷のトロッコ電車」、
8月18日(木)~8月31日(火)が、
「手で食べる?」と
「世界あちこちゆかいな家めぐり」です。
ぜひ、親子でのぞいてみてください。
ちなみに、特設サイトで知りましたが、
今年度(令和2年度)だけでも、
22もの『たくさんのふしぎ』作品が
小学校の国語の教科書に
掲載されているそうなんです。すごーい!
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「編集とは何か。」もくじ