特集「編集とは何か」第2弾は、
福音館書店『たくさんのふしぎ』編集長の
石田栄吾さんの登場です。
小学生向けの「科学絵本」をつくる過程で
石田さんが向き合ってきた、本当の出来事。
それらは、どんな物語よりも物語的で、
子どもたちの世界を肯定する力が、あった。
石田さんに聞く「物語+編集」の話。
ゆっくり、たっぷり、うかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

>石田栄吾さんのプロフィール

石田栄吾(いしだ えいご)

1968年、神奈川県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、福音館書店入社。出版管理部、「たくさんのふしぎ」編集部、「こどものとも」第一編集部、「母の友」編集部を経て、現在「たくさんのふしぎ」編集部に在籍。担当した主な絵本に、『お姫さまのアリの巣たんけん』『アマガエルとくらす』『絵くんとことばくん』『古くて新しい椅子』『カジカおじさんの川語り』『雪虫』『スズメのくらし』『貨物船のはなし』『みんなそれぞれ 心の時間』『宇宙とわたしたち』『家をかざる』『一郎くんの写真』(以上「たくさんのふしぎ」)、『くものすおやぶんとりものちょう』『ぞうくんのあめふりさんぽ』『くもりのちはれ せんたくかあちゃん』『みやこのいちにち』『そらとぶおうち』『だるまちゃんとやまんめちゃん』『いっくんのでんしゃ』などがある。

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第2回 事実という物語、その強さ。

──
1985年の『たくさんのふしぎ』創刊号は、
子どもたちにとっては、
身近な「えんぴつ」ができるまでのお話です。
石田
ええ。
──
筆箱のなかの「えんぴつ」の後ろには、
スリランカの鉱山で
鉛筆の芯となる黒鉛を採掘する人から、
東京の小学校の脇にある
文房具屋さんのおばちゃんまで、
こんなに多くの人が関わっているって、
大人が読んでも、おもしろかったです。
石田
はい、文章を詩人の谷川俊太郎さんに、
イラストを堀内誠一さんに、
写真を坂井信彦さんにお願いしてます。
──
きっと「創刊号」というものには、
やりたいこととか
目ざしていきたいところ、
エッセンス的なものが凝縮しますよね。
石田
そうですね。
85年創刊の『たくさんのふしぎ』は、
ふしぎを探検する月刊誌‥‥として
うまれたんですが、
子どもたちに、
自分たちの生きている世界は
こんなにも「ふしぎのたね」に満ちて、
楽しいところなんだ‥‥
というメッセージを届けていくんだと。
──
ええ。
石田
初代編集長の加納信雄という人が、
もともと中央公論で
中公新書の編集を長くやっていたんです。
なので、創刊当初から、
鶴見俊輔さんだとか、森毅さん‥‥など、
加納さんが
中公新書で書いてもらっていた作家陣に、
お願いしているんです。
──
おお、そうそうたる。
石田
哲学の分野、数学の分野‥‥など、
「その分野の第一人者」によるテキストに、
佐々木マキさんやタイガー立石さんなど、
福音館ではおなじみの絵本作家さんが、
すばらしい絵を、つけてくださっています。
──
個人的な感覚ですが、
中公新書って、傾向として、
あまたある「新書」のブランドの中でも、
難しい部類に入るような気が‥‥。
石田
難しいですね、ええ。
──
そういう場所で書いていた気鋭の作家が、
子ども向けの絵本を。
石田
はい、「本当に知っている人」だったら
子ども向けにも書けると、
加納はそう確信していたんだと思います。
それも、子ども向けだからといって、
けっしてレベルを下げることをしないで。
──
なるほど。第一人者だからこそ。
石田
たとえば鶴見俊輔さんが書かれた作品で
「わたしが外人だったころ」という‥‥。
──
あ、持ってます。絵は、佐々木マキさん。

石田
これ、歴代の「たくさんのふしぎ」でも、
きちんと理解しようとすると、
とくに難しい内容だと思うんです。
でも、あの話を自分なりに考えてみると、
みんな、心のなかに
「外人」を抱えているんじゃないかって。
──
ああ‥‥そういう読み方。
石田
そして、
こんなテーマでも絵本にできるんだなと。
──
1985年の創刊当時、
子どもたちにふしぎのたねを渡したいと
思われたのは、
どうしてだったんでしょうか。
石田
当時の社長の松居直が書いた創刊の言葉、
そこに現れていると思うのですが、
「知識ではなく、智恵」ということです。
21世紀を生きる子どもたちにとっては、
知識ではなく、
知識を動かす力こそが必要だと、松居は。
──
それが「智恵」だということですね。
創刊号が「えんぴつ」だったというのも、
すごくいいなあと思います。
石田
そうですね。
子どもが、毎日、使っているものですし。
──
文章を‥‥つまり、詩でもなく、
いわゆる「物語」でもない絵本の原稿を、
谷川俊太郎さんにお願いしているのも、
編集者としては「おお~」と思いました。
石田
それぞれの分野に専門的な研究者がいて、
ふだんは、そういう人たちに、
思い切り書いていただいていますが、
「えんぴつ」については、
きっと「えんぴつ学」なんて、ないです。
そういう場合には、こうして谷川さんや
岸田衿子さん、神沢利子さんなど、
「一流の文章家」に依頼してきた歴史が、
福音館には、もともとあったので。
──
1本の「えんぴつ」のうしろには、
ゆたかな「物語」が‥‥
事実に基づいた「物語」があるんだって、
すごくおもしろかったです。
読み終えたあとに、
手元のえんぴつをまじまじ見ちゃったり。
石田
ええ、いかなるテーマを取材していても、
そこに人が関わっている限り、
固有の物語やドラマがあるんだなあって、
毎回、感じていますね。
──
今日のお話の最初から、ひんぱんに、
「物語」という言葉が出てきていますが、
ドキュメンタリーもフィクションである、
という意味とはまた別に、
福音館書店のつくる「科学絵本」には、
ゆたかな物語性を感じます。
そこで、いわゆる「物語絵本」と、
科学的知見や事実を基にする科学絵本の
『たくさんのふしぎ』とでは、
どういったちがいがあると思われますか。
石田
物語の絵本というものは、
子どもたちが、毎日やっていること‥‥
食べること、寝ること、
友だちと遊ぶこと、散歩することなどを、
テーマにすることが多いんです。
そうやって、いまキミがやっていること、
毎日していること、
それってとってもいいこと、素敵なこと、
特別なことなんだよって、
そういうメッセージがあると思ってます。
──
なるほど。
石田
たとえば『ぐりとぐら』なんかで言えば、
あの話、結局は
最後みんなでカステラを食べるっていう、
言ってみれば、
それだけの物語ではあるんですけれども。
──
ええ。
石田
でも、「食べる」という行為を、
あれだけ幸福なこととして描いた作品は、
なかなか他にないと思うんです。
つまり、毎日ふつうに生きていることが、
実は幸せなことなんだと、
何でもない幸福を感じられる力というか、
子どもの「内なる力」を耕す‥‥
物語絵本というのは、
そういうものじゃないかなあと思います。
──
なるほど。内なる力。生きる力。
石田
他方で、
『たくさんのふしぎ』や『かがくのとも』
などの「科学絵本」では、
子どもたちの「身のまわりを把握する力」、
とくに「この世界を肯定する力」を、
育んでいってほしいと思っているんです。
──
世界を肯定する力?
石田
もちろん、手放しに、無条件に、
この世界って素敵なところだよだなんて
言えませんけど、
それでも、なかなかいいところだよとは、
言えるんじゃないかと思っています。
映画監督の宮崎駿さんが、
いちど引退宣言をお出しになったときに、
「この世は生きるに値するということを
子どもたちに伝えようと思って、
これまで自分は映画をつくってきた」と、
おっしゃっていたんです。
──
ああ‥‥そういう作品ですものね。
石田
そう。まさしく、そのとおりだなあ、と。
この世界は「生きるに値する」なあ、と。
自然界を見ても、
たとえ、どんなにちっちゃな生き物でも、
生命を次世代に繋げようと、
懸命に‥‥
というのは人間の側の主観ですけれども、
生きているじゃないですか。
──
でも、そう思います。
石田
すくなくとも、そんなことを思いながら、
わたしは「科学絵本」を編集しています。

──
どんな「ふしぎ」を「入り口」にしても、
最終的な出口では、
キミが生きているこの世界って
なかなかいいところじゃない? ‥‥と。
石田
松居が言っている「智恵」というものも、
そういうことを感じられる力、
なんじゃないかなあと思っているんです。
──
石田さんが「新聞が、大好き」なことも、
なんとなくわかる気がします。
新聞というものは、
人間の世界の出来事に満ちあふれていて、
無条件に肯定できないにせよ、
「何だかんだいっても素晴らしい」って、
その気持ちがなければ、
そんなにも読み続けられないって思うし。
石田
ええ、新聞で絵本のネタに出会うことも、
だから、けっこうあるんですよ。
──
それこそ『一郎くんの写真』みたいに。
事実なのに、すごい物語を感じる‥‥
みたいなお話もあるんでしょうね。
石田
そうですね、まさに。
センセーショナルな事件でなくても、
ふつうの人に起きた、ふつうのことも、
すごく気になったりします。
だから「新聞投稿」とかも大好きです。
──
ああ、投稿。
ぼくらの「ほぼ日刊イトイ新聞」にも
たくさん投稿が届くので、わかります。
とくにオチとかもないのに、
読んでると、じんわりいいんですよね。
石田
絵本の仕事につながらならなくても、
心に残った記事や投稿は、
きちんと切り抜いて保管しています。
ほんのちっちゃな文章でも、
そこにドラマがあったりするんです。
──
新聞記事は一期一会な感じがするし、
石田さんが、
何年遅れても読み続けているのって、
そういった記事や投稿との出会いを、
逃したくない‥‥
という気持ちもあったりしますよね。
石田
はい、そうです。
もう、もったいなさすぎるんですよ。
一日でも読み飛ばしちゃったりしたら、
無名の人のとんでもない人生を、
一生知らないで過ごすことになるから。
──
ああ‥‥なるほど。
石田
これも昔‥‥新聞に載っていたお話で、
とても印象に残っているんです。
ちょっと、悲しいお話なんですけれど。
──
はい。
石田
8月の終戦記念日のころに載っていた、
これも第二次大戦の思い出です。
その方は、佐賀の方、
たしか当時で70代か80代の女性で、
佐賀の空襲のときに、
お子さんを亡くされたという人でした。
──
ああ‥‥。
石田
あるとき、その女性の息子さんである
ちいさな男の子に、
戦時中のなけなしの材料で、
カレーライスをつくってあげたんだと。
なんとかして、カレーライスを、
この子に食べさせてあげたいと思って。
──
その時代のカレーライスという時点で、
なんだか、もうダメです(笑)。
石田
ねえ‥‥、で、つくってあげたんです。
そしたら、その子が、
おいしい、おいしいと言って食べたと。
で、もっと食べたいって言うのを、
あまり食べ過ぎたらよくないからって、
明日に残しておこうねって。
──
はい。
石田
そうしたらその晩、空襲があって‥‥。
その男の子は亡くなってしまったって。
女性が失意の中で自宅に戻ったら、
焼け跡の中に、カレーの鍋だけが、
ポツンと残されていた‥‥という話で。
──
ああ‥‥。
石田
どんなに悲しくて、悔しかったろうと。
──
カレー、どうしてもっと
食べさせてやらなかったんだろうって、
絶対、思ったでしょうし。
石田
ずいぶん昔に読んだ新聞記事ですけど、
いまも強く、印象に残ってます。
──
そういう、名もなき人たちのお話って、
この世の中には、あふれてますよね。
以前「ほぼ日」に届いた投稿にも、
同じく80代の女性からの
終戦直後の思い出を書いたものがありまして。
石田
ええ。
──
養女へ出されるために、
ある日突然、転校することになった‥‥と。
学校に行ってクラスにそのことを告げたら、
ある男の子が、
その日の放課後の教室で、
「マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム」
のレコードを
くり返しくり返しかけてくれた‥‥って。
石田
ええ‥‥。
──
その後しばらく
男の子から届いていた手紙もいつか途絶え、
何十年も経ったあと、
最近になって、その男の子と、
ゆっくり話し合っている夢を見たっていう。
石田
なるほど。
──
ただそれだけ‥‥って言ってしまったら
それだけの投稿なんですが、
「名もなき人たちの、事実の物語の強さ」
って‥‥と思って。
石田
この世界には、そういう「物語」が、
まだまだ、たくさん、あるんでしょうね。

養女になることは承知していたが、
出発がそんなに急だとは知らなかった。

学校へ行き、
明日朝出発するので今日でお別れです、
と言った。中学3年の1学期のこと。

その日の放課後、教室で、
「マイオールドケンタッキーホーム」
のレコードを
くり返しくり返し掛けて呉れた男子がいて、
ただ黙ってそれを聞いた。

彼はピッチャーで、強かった。
隣町の中学で試合があった時など、
砂利道を歩いて応援に行き、
声をからして応援したものだ。

時々ハガキを貰ったが、
きみがいなくなって寂しいとあったときは、
養母がハガキのラブレターとは珍しい、
と笑った。

いつの間にか便りは遠のいたが、
養母が隠していたとは後まで知らなかった。

「失ひて久しき人は世にありや
風の便りと言ふも絶えたり」
というのは、
ずいぶん後になってからの私の歌。

夢では、思いもかけず再会していた。
長い時間、ゆっくり話し続け、
心が満たされて、
温かいものに包まれたような幸福感。

花の香りまで流れていた。
話の内容は少しも記憶にない。

眼が覚めて。
亡くなったんだな。
もう遠い所へ行ったという
メッセージだったんだろう、と思う。

白いチューリップを
ありったけ買ってきて壺に差した。

この世で出会ってくれてありがとう。

あのときわたしたちは14歳。
もう、67年経った。

(すばる 81歳)

2021-08-17-TUE

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