数ある「新書」の中でも、
テーマが硬派で、ドッシリしている。
見た目にもヴィリジアンのカバーが
キリッとしていて、カッコいい。
安野光雅さんの、知的なロゴマーク。
そんな中公新書の前編集長・
白戸直人さんに、うかがいました。
全般的に、新書には、
あまり派手なイメージはないですが、
伊藤博文の歴史的評価を変え、
地味な大乱『応仁の乱』のテーマで
48万部超の大ヒット。
新書って、すずしい顔して、
なんともダイナミックな媒体でした!
担当は「ほぼ日」奥野です。
白戸直人(しらと・なおひと)
1966年東京都生まれ。学習院大学文学部史学科卒。1990中央公論社入社。『婦人公論』『GQ Japan』『中央公論』各雑誌編集部を経て、2004年9月より中公新書編集部。2011年10月より同編集長、2018年6月より同編集委員。
新書では、政治と歴史をテーマにした起案が多い。担当した作品で主な受賞作は、以下の通り。小菅信子『戦後和解』(2005年)が石橋湛山賞。飯尾潤『日本の統治構造』(2007年)が、サントリー学芸賞と読売・吉野作造賞。園田茂人『不平等国家 中国』(2008年)がアジア・太平洋賞特別賞。瀧井一博『伊藤博文』(2010年)がサントリー学芸賞。服部龍二『日中国交正常化』(2011年)が、大佛次郎論壇賞とアジア・太平洋賞特別賞。市大樹『飛鳥の木簡―古代史の新たな解明』(2012年)が古代歴史文化賞大賞。砂原庸介『大阪―大都市は国家を超えるか』(2012年)がサントリー学芸賞。大西裕『先進国 韓国の憂鬱』(2014年)が、樫山純三賞とサントリー学芸賞。福永文夫『日本占領史1945-1952』(2014年)が読売・吉野作造賞。遠藤慶太『六国史―日本書紀に始まる古代の「正史」』(2016年)が古代歴史文化賞優秀作品賞。富田武『シベリア抑留』(2016年)がアジア・太平洋賞特別賞。吉田裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(2017年)が、新書大賞とアジア・太平洋賞特別賞。河内春人『倭の五王』(2018年)が古代歴史文化賞優秀作品賞。河上麻由子『古代日中関係史』(2019年)が古代歴史文化賞優秀作品賞。山本章子『日米地位協定』(2019年)が石橋湛山賞。小山俊樹『五・一五事件』(2020年)がサントリー学芸賞。
中公新書のwebサイトは、こちら。
- ──
- 新書をいちばん買ったし読んだのって、
大学生のときなんですが‥‥。
- 白戸
- ええ。
- ──
- 当時、大学生協の新書の棚の前に立つと
無性にワクワクして、
あれもこれも読みたくなっちゃって。 - いろんな世界への窓が開いているような、
そんな感じって言ったらいいのか。
- 白戸
- すばらしい読者だなあ(笑)。
- ──
- あるジャンルのことを知りたいなと
思ったときに、
まずはじめに手にとるのが、
新書なんじゃないかなと思うんです。 - でも、最初に読む一冊って、
そのジャンルに対する
姿勢やスタンスのとり方や考え方に、
かなり影響するじゃないですか。
- 白戸
- そうですね。
- ──
- その意味で、中公新書と岩波新書は、
最初の一冊として、
かなり「信頼」を置いていました。
- 白戸
- ああ、ありがとうございます。
- ──
- この宮崎義一さんの『複合不況』は、
家の棚から抜いてきたんですが、
まさしく大学時代に読んだものです。
- 白戸
- 時代とフィットした名著でしたね。
- ──
- これは自分の感覚かもしれませんが、
あまたある新書レーベルのなかでも、
中公新書って、
ちょっと難しいような気がしていて。 - カバーのヴィリジアンの知的な感じ、
安野光雅さんの描かれた
素敵なロゴマークもあいまって、
本としての「存在感」を感じますし。
- 白戸
- 言い換えれば「硬い」んですよ。
遠慮なく言ってください(笑)。
よく「新書の極北」って言っていました。
ページ数も「融通無碍」で‥‥。 - 新書の祖である岩波新書の場合は、
総ページ数を、
とにかく
200ページ前半にしなきゃならない縛りが、
ずいぶん長いことあったようです。
もちろん、例外もあったと思いますけど。
- ──
- へええ、そうなんですか。
- たしかに、旧赤版くらいまでの岩波新書には、
あんまり「ぶあつい」イメージはないですね。
- 白戸
- その点、中公新書は硬くて真面目なんだけど、
分量については、けっこう自由。 - 本来、ページ数は
テーマによっては抑えたいんですけど(笑)、
これならいいかと、厚くしたものもあります。
- ──
- 佐藤卓己さんの『言論統制』とか?
- 白戸
- あれは400ページ以上ありますね。
奥野さんの学生時代は、いつですか。
- ──
- 90年代の終わりから、
2000年代の初頭にかけて、です。
- 白戸
- じゃあ、そのちょっと前まで編集長だった
早川幸彦さんの企画が多かった時代ですね。
とにかく「毎月、4タイトル出す」ことを、
きっちりはじめた、
中公新書の「中興の祖」みたいな方ですが。 - 中公新書が扱ってきたテーマって
「百科事典の一項目」と
よく言われているんですけれども。
- ──
- タイトルも小細工なしって感じですよね。
- 最近でも『日米地位協定』とか、
『五・一五事件』とか、
『エリザベス女王』とか。
「これです」みたいなドッシリ感がある。
- 白戸
- 早川さんって、
とっても優れた編集者で個性が強かった。 - 著者も遠慮なく叱って、
川本三郎さんも「早川、怖いなぁ」って、
よく話していましたよ。
- ──
- へええ‥‥。
- 白戸
- 同期ってこともあったでしょうが。
だから、早川さんが編集長だったころは、
大胆なテーマもやっていたんです。 - 飛び込みの売り込みで
「自転車で地球を一周してきました!」
みたいな人の本も
「じゃ、やろうか」みたいな。男気で。
- ──
- え、そういう作品も? 意外です。
- 白戸
- 井上洋平さんの『自転車五大陸走破』です。
体験談もお好きだったみたいです。
体験談や自伝って、おもしろいですし。 - でも中公新書の主流からは外れているので、
そういうテーマが売れたかと言ったら‥‥。
当時ぼくは雑誌編集部にいて、
おもしろいなあって、見ていたんですけど。
- ──
- そんな歴史があったんですか。
- 白戸
- 早川さんは「しっかり、4タイトルを出す」
と決めていたから、
そのぶんテーマもどんどん広がったのかな。 - ただ、社の経営が厳しくなり、
読売が入ってきて、
会社名も「中央公論新社」になると、
全体的に
しっかりせいみたいな空気が高まり、
数字に敏感になった結果、
やっぱり大きなテーマが強いな、と。
- ──
- 原点へと回帰していったわけですね。
- 中公新書ってすでに何千タイトルも
出ていると思うんですが、
大きなテーマとか
百科事典の一項目みたいなものって、
まだまだ残ってるんですか。
- 白戸
- ええ、ぼくらがテーマに選ぶものは
「教科書に
ゴチック体で書かれている項目」
とよく言ってるんですけど、
そういう意味で、
まだ書いていないテーマはあります。 - あるいは同じテーマを書き直したり。
- ──
- 同じテーマでも、
時代と著者が変われば別の本になる?
- 白戸
- 時代によって、
対象の評価は変わっていきますから。 - これはよく例に挙げるんですけど、
サントリー学芸賞をもらった
瀧井一博さんの『伊藤博文』なんかは
典型的です。
それまで、伊藤博文って
「極悪非道の韓国併合推進論者」だと
見なされていたんですね。
- ──
- その評価が、変わった?
- 白戸
- はい。植民地化には、
実際には「積極的ではなかった」と。 - 実像が変わったんです。
- ──
- その伊藤博文さんの評価の変化って、
じゃあ、
中公新書の『伊藤博文』が
大きな役割を果たした‥‥んですか。
- 白戸
- 同じような時期に、
瀧井さんの師匠である伊藤之雄さんが、
講談社から
『伊藤博文』を単行本で出しています。 - そのおふたりの作品や論文で、
伊藤の再評価が進んだと思っています
- ──
- 昔の1000円札の人、ですけれども。
伊藤博文さんのイメージといえば。
- 白戸
- そうですよね。わかります。
- でも、90年代くらいまでですかね、
歴史業界では、
唾棄すべきとまでは言わないけど、
評価する人は少なかった。
日韓関係の
難しいところでもあるでしょうが。
まだまだ厳しい評価をくだす人も、
もちろんいらっしゃいますし。
- ──
- はあ‥‥そうだったんですか。
- 白戸
- これは新書に限らないことですけど、
新しいテーマで書くことと、
これまでの定説を覆すこと‥‥が、
本を出すおもしろさだと思うんです。
- ──
- ええ、ええ。なるほど。
- でも、たとえば『ホロコースト』なんかは、
歴史的な事実や評価って、
すでに確立していたと思うんですが、
それでも、新しく出版するのはなぜですか。
- 白戸
- 刊行された2008年当時、
『ホロコースト』というタイトルで
コンパクトに読める本って、
じつはなかったんです。
少なくとも日本の研究者の作品では。 - 単行本では『ホロコースト全史』や
『ホロコースト大事典』がありましたが、
それらは海外の専門家たちの翻訳書。
それぞれ
500ページ、700ページ以上あるし。
- ──
- なるほど。
- 白戸
- それと、
ナチとかホロコースト関連の映画って、
90年以降に、
たくさんつくられるようになってくる。 - だから、その実態のようなものについて、
とくに日本人の場合、
みんながみんな、
当たりまえのように知っていたわけでも、
なかったりしたんです。
- ──
- 映画‥‥というと、『ショアー』とか?
- 白戸
- ええ。ただ、『ショアー』は9時間以上。
見た人は、なかなか・・・・。 - もっとポピュラーな作品で言っても
『シンドラーのリスト』とか、
『ライフ・イズ・ビューティフル』とか。
そういった映画の中で、
ナチの所業と
ユダヤ人の悲劇を描いた結果、
日本でも
認知が進んできたこともあると思います。
- ──
- そこへ、1冊で概要を知ることのできる
「ホロコーストの新書」をつくった。 - 中公新書には、
ひとつ「歴史」という大きなジャンルが、
ありますよね。
- 白戸
- 中央公論という出版社には
よく売れた「歴史もの」のシリーズが、
いくつかあるんですが、
その流れの中で、
執筆してくれた学者の方と親しくなって。 - 各界一流の研究者のおもしろいお話を、
もっとわかりやすく
広く届けるレーベルを‥‥ということで、
中公新書は誕生したんだと思います。
- ──
- 初代編集長が、宮脇俊三さんですよね。
- のちに鉄道紀行作家となり、
国鉄全線2万キロとかをお乗りになった。
- 白戸
- そうですね。よくご存知で。
- ──
- 最後に乗って「完乗」したのが、
群馬の桐生と栃木の足尾をつないでいる
「足尾線」の区間だそうなんですが、
自分は、その路線沿いにうまれたんです。
だから、何となく知っていて。 - いまは「わたらせ渓谷鐵道」という名の
第3セクターなんですけど。
- 白戸
- ああ、そうですか。
- 宮脇さんは、その週の仕事が終わると、
会社があった京橋から東京駅まで
歩いて行って
そのまま夜行で旅行に‥‥
という話を、先輩からよく聞きました。
- ──
- 小説家や建築家も目指したり、
多彩な才能を持つ編集者だった‥‥って。
- 白戸
- 宮脇さんが東大から中公に入ったときの
履歴書のようなものが、
残されているのを見たことがあって、
紹介者が「南原繁」だったりするんです。
その背景には、
いろいろあった方だと思います。
- ──
- 丸山真男さんの師匠の、南原繁さん。
- エピソードの多い方なんですね。
往時の名編集者‥‥というイメージです。
- 白戸
- 本当に多彩な方だったみたいです。
宮脇さんの娘さんが、
お父さんについて書いたエッセイ本が
いいんです。
父親の実像が、そこにあります。 - ともあれ、話を戻しますと、
中公とは岩波とでちがいがあるとすれば、
「歴史もの」からの
スピンアウトの色が強かったことですね。
- ──
- それまでの実績だとか人脈などもあって、
歴史というテーマに強かった。 - それで「名作」と呼ばれている作品にも、
歴史を扱った作品が多いんですね。
- 白戸
- 初期の三田村泰助さんの『宦官』だとか、
宮崎市定さんの『科挙』だとか、
会田雄次さんの『アーロン収容所』‥‥。
会田さんは、体験記ですが。 - 『科挙』は、中国語で翻訳が出てますね。
- ──
- ええっ、そうなんですか、すごい。
- 白戸
- 英訳本もありますし、
いずれにせよ、宮崎さんの偉大さですね。
- ──
- 自国の過去の官僚登用試験制度について、
外国人が書いたものを読む‥‥。
- 白戸
- 概説的にみじかく読ませるという点では、
外国人のほうが向いてるのかも。 - 日本の東洋史が、
世界をリードしていた証左でもあります。
- ──
- 歴史の読みものだったりドキュメントが、
レーベル初期の性格を規定しつつ、
その後、
早川さんはじめ歴代の編集長さんたちが、
それぞれのカラーを出していく中で。
- 白戸
- ええ。
- ──
- 白戸さんの大きな功績は、
定評ある中公新書の歴史ものシリーズに、
新しい時代の書き手による、
新しい顔をつくったところなんだ‥‥と、
もと中央公論の
河野通和さんがおっしゃっていたんです。 - 歴史学の本流をしっかり押さえながらも、
中堅や若い書き手に、
いい仕事の場を用意した人です‥‥って。
- 白戸
- いえいえ。もと上司なので
ふくらましてくれてるんでしょう(笑)。
- ──
- 中公新書の編集方針というのは、
その「大きなテーマ」ということの他に、
何か言葉になっているんですか。
- 白戸
- まあ、大仰なことでもないんですけどね、
編集者が困ったときには
「刊行のことば」に立ち戻ってはいます。
- ──
- 刊行のことば。
- 白戸
- 大きく言えば「事実のみを伝える」こと。
- ──
- 事実のみを。
- 白戸
- 引用すると
「中公新書が、その一貫した特色として
自らに課すものは、この事実のみの持つ
無条件の説得力を発揮させることである」
‥‥という。 - これは、中公新書が、
先駆者の岩波新書の後にうまれたことも
大きいと思います。
- ──
- というと?
- 白戸
- 伝統的に「思想」が強かった岩波に対して、
中公では、
事実に基づく「歴史」で差別化を図ろうと。 - そういう企図も、あっただろうと思うので。
(つづきます)
2021-09-27-MON
-
没後100年に合わせて刊行!
『原敬 「平民宰相」の虚像と実像』
ことし没後100年を迎える原敬の評伝。
中公新書9月の新刊です。
歴史に強い中公新書でも、
名作揃いである政治家ものの最新作です。
「100年前の1921年11月4日、
東京駅でテロに遭い亡くなった平民宰相。
藩閥と時に敵対し、時に妥協しながらも、
当時の政治改革を主導したリアリスト。
現代の政治家にもぜひ知ってもらいたい
大局観を持っていたと思います。
書いてくださったのは、
近代日本研究で注目の清水唯一朗さん。
平易な文章で、
65年の全生涯を描いていただきました。
近代日本の真打ち登場!」(白戸さん)
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「編集とは何か。」もくじ