久住昌之さん原作の『花のズボラ飯』、
今日マチ子さんの『cocoon』、
米代恭さんの『往生際の意味を知れ』、
『あげくの果てのカノン』、
鳥飼茜さんの「『サターンリターン』、
池辺葵さんの『プリンセスメゾン』。
これらはすべて、
ひとりの編集者が担当した作品です。
「ビッグコミックスピリッツ」の
金城小百合さんが、その人。
名作・ヒット作を連発する編集者の
編集論・編集哲学を、うかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>金城小百合さんのプロフィール

金城小百合(きんじょう・さゆり)

1983年生まれ。秋田書店に入社後、小学館に転職。入社3年目に立ち上げた『花のズボラ飯』が「このマンガがすごい!」オンナ編1位、マンガ大賞4位受賞、TVドラマ化など話題に。その後、漫画誌「もっと!」を創刊、責任編集長を務める。その他、藤田貴大主宰の「マームとジプシー」によって舞台化された『cocoon』、TVドラマ化作品『プリンセスメゾン』 、『女(じぶん)の体をゆるすまで』『あげくの果てのカノン』『往生際の意味を知れ!』『サターンリターン』などを担当。現在、スピリッツ編集部に所属しながら、ファッション・カルチャー誌「Maybe!」の創刊、編集にも関わっている。

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第5回 物語とは何か。

──
すでに「答え」を言っている可能性も
あるんですけど‥‥
金城さんは、
物語ってどういうものだと思いますか。
金城
物語‥‥。
──
物語に関わっている人に会ったら、
チャンスがあれば、
いつも聞いてる質問なんです。
金城
みんな、どういうことを言うんですか。
──
以前、是枝裕和監督にうかがったときは、
こういうお答えでした。
「かつて『物語』は権力者のものだった。
自分たちが、
なぜいまここに君臨しているのか?
その理由は‥‥というものだった」って。
金城
ええ。
──
「その一方で、ぼくら庶民の側にも
映画とか、小説とか、それこそ漫画とか、
それぞれに『ちいさな物語』がある」
「自分たちの社会が、権力者の側の
『大きな物語』に回収されないためにも、
ぼくらは、そういう『ちいさな物語』を、
『ちいさいけれど、ゆたかな物語』を、
語り続ける必要があると思っている」と。
金城
わあー‥‥すごい。
──
俳優の池松壮亮さんは、
ぼくの質問が終わるか終わんないかの
食い気味な感じで、
「神様がいないからじゃないですかね」
って言ったんです。
金城
えええ!
──
正確な意味がどうというより、
初球をホームラン打たれたみたいな、
その反射神経と、
「答え自体に含まれている何か」が
ものすごくて。
金城
おもしろーい‥‥。
で、すっごい答えづらいですね(笑)。

──
無闇にハードルを上げてしまいました。
でも、思うところを、ぜひ。
金城
ちょっと話がちがうかもしれませんが、
わたしは、
物語って、日常に、そこらへんに、
ぽんぽん
転がっているものだと思っていまして。
たとえば、
友だちが彼氏と別れたっていうときに、
彼女は恨んで
「あのろくでなし、人にあらず!」
とかって思っていても、
彼氏のほうは
「すごくいい思い出ですね」みたいな。
──
ええ(笑)、はい。ありがちな光景。
金城
だから「事実」がどうだったとかは
あんまり関係なくて、
それぞれの人の「物語」で、
この世の中はできあがってるような。
みんな出来事を自分なりに解釈して、
あるいは脚色して、
自分の人生の足しにしてるというか。
──
立場とか感情とか考えかたによって、
同じ出来事でも、
悲劇になったり美談になったりする。
人は、それぞれ物語を持ってるから。
金城
そういう「自分の物語」がないと、
人生つらいっていうか、
物語を救いにして生きてる感じは、
自分にも、つねにありますね。
そういう意味では、
わたしの記憶が本当に正しいのかが
いつも怖くて、
なるだけ、なるだけ、なるだけ、
「自分の物語」については、
一歩引いて観るようにはしています。
──
どういうことですか?
金城
ドラマチックに捉え過ぎないように、
相手のせいにし過ぎないように、
自分にも責任があると思って、とか。
だって、ほら、
「やたら物語を盛ってくる人」って、
よくいるじゃないですか。
──
ああー‥‥たとえば?
金城
そうですね‥‥これは実体験ですけど、
学生時代とかに、
友だちに自分の恋バナをしてなくて、
そしたら
「親友なのにどうして言ってくれなかったの」
「マジで人としてあり得ないから」
みたいに言われたことがあって、
「物語、強ぇえ‥‥」とビビったり。
すいません、わたしが
「物語」って聞いて思い浮かぶのは
そんなやつです(笑)。
──
つまり、ぼくらが生きていくときに、
まとわりついてくるもの、みたいな。
それが「物語」。おもしろいなあ。
金城
あの、うちのお母さんって、
何だかすごーく、エモい人なんです。
母親の両親って離婚してるんですが、
わたし、ちっちゃいころから、
その話を聞かされ続けてきたんです。
──
つまり‥‥金城さんの
母方のおじいちゃんおばあちゃんの
離婚についての話を?
金城
そう。
たとえば
「お父さんが誘拐しに来たことがある」
とか。
──
ん?
金城
いや、つまり、お母さんは当時、
わたしのおばあちゃんと住んでたけど、
「ある日、お父さんが現れて、
『イッコちゃん、行こうか』って
一緒に家を出て、
でも、途中のバス停で帰されたんだよ。
あのとき、お父さんは
わたしだけを連れていこうとした。
お兄ちゃんでも、お姉ちゃんでもなく」
とか、そういう話を、ずっと。
──
へええ‥‥。
金城
あるいは、お母さん、高校に
いわゆる「越境入学」してるんですが。
──
つまり、学区外の高校に通ってた。
金城
そう、お母さんのお父さんが
住んでいるって噂で聞いた街の高校に。
「いつの日か、お父さんに、
『イッコちゃん、迎えに来たよ』って
来てくれることを期待して、
毎朝毎朝バスに乗っていたんだ」とか。
──
ああ‥‥何だか。
金城
ぜんぶがぜんぶ、その調子なんです。
昔から「物語の圧」が強いなと思ってて。
昔からお母さんの話を聞くと、
お母さんはいつか、
わたしを捨てて
お母さんのお父さんのもとに
行っちゃうんじゃないかと
不安になるけど、
それらの「物語」が持っている切なさは、
大好きなんです。
──
あ、好きなんですね。
金城
はい、好きなんです。
他にも、わたしが高校生のときに、
わたしのお父さんが鬱病だったんですが、
すごかったんです。
気性というか、気持ちの上がり下がりが。
──
ええ。
金城
いきなり怒鳴られたりとか、
あと、いきなり太っちゃったりとかして。
お父さん、すごい大変そうだったんです。
──
そうでしょうね、それは‥‥。
金城
でも、わたし、お父さん自身からは、
病気のことを一切聞いたことないんです。
その代わり、お母さんばっかりから、
「お父さんが鬱病で、
あのとき、お母さんはすごく大変だった」
とか、
「お父さんがひどい状態だったけど、
お母さんが支えないといけなかったから」
とか。
──
なるほど。
金城
お父さんの病気のことを、
お母さんの物語として聞いてたな、と。
だからわたし、たぶん、
お母さんの物語の中で生きてるんですよ。
負けてるんです、お母さんの物語に。
しかも、わたし自身、
その、お母さんの物語が大好きときてる。

──
親の物語って、かなりの手強さですよね。
あらゆる意味で、
たぶん、あらゆる子どもにとって。
金城
うん。めちゃくちゃ影響があると思う。
──
自分は父親がはやくに亡くなってるので、
何ひとつ‥‥
それこそ腕相撲さえ勝てないまんま、
いなくなってるんで、
そこの「物語」が強烈ですね。
それは「一生勝てない物語」なんですよ。
金城
ああー。
──
でも、金城さんちのお母さんも、
そうすることで、
自分自身を守っているようなところって、
あったりするんじゃないですか。
自分の物語として、とらえかえすことで。
金城
そうなのかも。
──
専門家じゃないんで、
いいかげんなことは言えないんですけど、
自分が同じ立場なら、
なんか同じように語っちゃう気もするし。
で、好きなんですね。
そのお母さんの物語。
金城
好きなんです。
そうやって強力な物語力を持ってる人が、
他にもまわりにけっこういるので‥‥
よけいに、わたしは、
自分はフラットに物事を捉えられてるか、
気になっちゃうのかも。
──
その「自分の物語」を「信じてる」人は、
「強い」んだろうなという気がします。
まあ、良くも悪くもかもしれませんけど。
金城
わたしは「強い物語」を持っていないから、
いろんなことを、わがことのように、
悩んだり怯えたりしちゃうのかもしれない。
逆に、
すっごいセクハラしてくるような人とかは、
めっちゃ物語力が強いんだと思う。
──
はああ‥‥「俺はモテる」の物語か。
金城
そうそう、
「俺と食べるゴハンはおいしいだろう」
みたいなのとか、
「俺に触られたら嬉しいだろう」とか、
自分の物語がそうとう強いと思う。
悪い意味で。
──
自分の物語しか見えていない、迷惑さ‥‥。
金城
そうですね。厄介です(笑)。
逆に、漫画家さんといるとラクだったり、
しゃべりやすかったりするのは、
「自分の物語」については、
疑いを抱いている人が多いからなのかも。
──
あ、そうですか。
自分の物語を信じすぎてない、というか。
金城
そういう傾向はあるような気がします。
もちろん、自分の物語が
時代とバッチリ合っているような人が、
すごい作品を描いたりすることも
あるのかもしれないけど。
わたしは、あまり会ったことないです。
──
何なんでしょうね、物語ってね。
金城
結局わかんないです(笑)。
──
人の人生に関わるものなんでしょうね。
物語っていうのは、とにかく。
金城
そうなんだと思います。
──
いや、おもしろかったです。
漫画というものは、
その作品を描いている人の存在証明だ、
という話とかも、すごく。
金城
ほんとですか。それならよかったです。
──
あんまり聞いたことのないような話で、
さすがは、
ふだんから漫画のことばかり考えてる
編集者さんだなと思いました。
金城
そうじゃないかなと、思うんですよね。
漫画って、
漫画家にとっての存在証明だけじゃなく、
この世界には
いろんな人間がいるってことの証拠にも
なっている気がします。
それは漫画に限らず、映画でも小説でも。
──
あらゆる「誰かの物語」っていうものは、
その人が生きている証拠だ、と。
金城
わたしは、たぶん、
「描き手」に興味があるんだと思います。
作品を通じて作家さんを知りたいんです。
でもそれ、作家さんによっては、
いやだなって思う人もいるかもしれない。
──
「作品」から「人間」を探られることが。
金城
でも、それって、この作家さんは
こういうフェチなんだろうなあ~とか、
似たような経験をしたのかなとか、
そういう浅い部分の話じゃないんです。
──
ええ。
金城
こんな深さでものを考えてるんだとか、
こういうことに憧れるんだとか、
これを理想だと思う人もいるんだとか。
そういう、いろんな人間の存在証明を、
作品を通じて知っていくことができる。
──
なるほど。
金城
だから、
ひとりの人がつくりだした「物語」は、
それだけで、
読む価値があるなあって思っています。

(おわります)

2021-09-17-FRI

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  • 金城さんご担当の最新作は

    『女(じぶん)の体をゆるすまで』

    雇用主(某漫画家)の男性X氏から
    セクハラを受けていたペス山ポピーさんの
    エッセイコミック。
    ご自身トランスジェンダー、
    つまり性自認が「男性よりの中性」である
    ペス山さんが、X氏の手で
    背中を触られたときの描写のすさまじさ。
    SM嬢の友人や、
    戸籍上男のピンクでフェニミンな友人や、
    法律家や、カウンセラーや、
    担当編集チル林さん(=金城さん)との
    対話・コミュニケーションを通じて
    「女(じぶん)の体が悪いわけではない」
    と思うようになるまでの上下巻。
    引き込まれて、一気に読んでしまいました。
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