あの編集部の人たちは、
いま、どんな特集をしているんだろう、
何を見ているんだろう‥‥と
気になる雑誌が、いくつかあります。
そのなかのひとつが『美術手帖』です。
現代アートをあつかう雑誌‥‥
のはずなのに、
「アニメ」や「人類学」や「食」まで、
アート視点で取り上げる軽やかさ。
特集「編集とは何か。」第5弾は、
紙とウェブの『美術手帖』を統括する
岩渕貞哉総編集長に聞きました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。どうぞ。

>岩渕貞哉さんのプロフィール

岩渕貞哉(いわぶち ていや)

『美術手帖』総編集長。1975年、横浜市生まれ。 1999年、慶応義塾大学経済学部卒業。 2002年、美術出版社に入社、『美術手帖』編集部へ配属。 2007年に同誌副編集長、2008年に編集長に就任。2018年からは紙とウェブ版の『美術手帖』を統括する総編集長に就任。ウェブの『美術手帖』は、こちら

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第4回 渾身の「村上隆」特集。

──
岩渕さんがご担当された
2010年11月号の村上隆さんの特集も、
おもしろかったです。
ヴェルサイユ宮殿での華やかなレポートと、
舞台の裏側で
24時間フル稼働する制作現場の記事とが
両方、掲載されていて。
岩渕
展覧会の内容紹介と、
村上隆さんのインタビューが第1部です。
第2部は、村上作品と展覧会そのものが
どうつくられているか、
スタジオとバックオフィスともに、
かなり細かい工程も含めて紹介しました。

──
はい、そうでした。
岩渕
個人的にもいい特集になったと思ってます。
──
100ページを超える大特集ですけど、
村上隆さんは、ひとりだけじゃないですか。
取材相手の負担も相当ですよね。
岩渕
そうですね、それは、本当に。
かなり‥‥お時間をいただいてはいますが、
アーティスト個人を特集する場合は、
展覧会の開催に合わせることが多いですし、
もともとのご本人が、忙しいんです(笑)。
──
このときの村上さんは、
なにせ「ヴェルサイユ宮殿」だったわけで。
岩渕
インタビューや撮影をお願いしたり、
年表を作成するために
デビューしたてのころの作品や写真を
発掘していただいたり。
特集で話を聞くための
関わりの深い人を紹介してもらったり、
アーティスト側に
フルコミットしていただかないと、
アーティスト個人の特集は成立しない。
──
なるほど。
岩渕
ぼくらだけで考えた内容でやろうとしても、
決定的に「足りない」んです。
最初からきっちり内容を固めすぎずに、
「この機にやりたいことはありませんか?」
というように深掘りしていって、
アーティストにコミットしていただく。
──
ええ。
岩渕
それができないと、本当に深みのある記事、
これまでにないような特集にはならない。
ただ、時間のない中でのお願いが続くので、
ご本人に
どれだけおもしろがってもらえるか‥‥
企画の核心が肝になるところではあります。
──
アーティストにノッていただくためにも、
企画自体の魅力が必要だと。
岩渕
村上さん特集号の表紙って、
村上さんのスタジオ近くを流れる川沿いで、
撮り下ろした写真なんです。

──
ええ、中ページには
ヴェルサイユのようすがたっぷり載ってるし、
せっかく宮殿で撮影した写真を
表紙にするのがセオリーだと思うんですが。
岩渕
そうですよね。
でも、このときは、村上さんご自身から、
『美術手帖』の読者へ向けて、
しっかりメッセージを伝えたいからって、
ご提案をいただいたんですよ。
──
こう撮るのはどうか‥‥と。
岩渕
撮影場所から衣装から何から、
すべて、村上さんが考えてくれたんです。
──
そう思うと作品のように見えてきます。
岩渕
取材が進んで、だんだん
特集の全体像が浮かび上がってくると、
「表紙はこれしかない」
というお考えが、うまれたんでしょう。
そこまでコミットもらえるのは、
ぼくらは、本当にうれしいんですよね。
──
こちらもフルスイングで
応えたい気持ちになりますね、それは。
この村上さんの特集号では、
岩渕さんは、
たとえば何を伝えようと思ったんですか。
岩渕
そうですね‥‥村上さんの全貌はもちろん、
より大きくは、村上さんが
「世界で、何と戦っているのか」
ということです。
──
あ、それはすごく伝わってきました。
この舞台に立つこと自体が、
大変な戦いの末の結果なんだろうなと。
誌面が華やかであればあるほど、強く。
岩渕
そうなんです。
──
その一方で、村上さんの「お人柄」にも
触れられたように思いました。
愛犬をかわいがっているようすとか‥‥
知ることができて、何だかよかったです。
岩渕
最初はあれ、そんなの絶対やりたくないと
怒られたんですけど(笑)。
──
なんと。あのコーナー、そうですか(笑)。
岩渕
でも「常在戦場」の村上さんの
ホッとするような場面も、伝えたくて。
当時ちょうど犬を飼いはじめたころで、
かわいがってらっしゃったんです。
他にもハスやサボテンを育てていたり、
クワガタを飼っていたりして、
そういう意外な一面も紹介したいなと。
当初は、そういうところは
あまり人に見せるようなものじゃない、
と断られたんですけど(笑)。
──
でも、結局は‥‥。
岩渕
おゆるしいただきました(笑)。
──
いろんな意味で、アプローチする相手に
認めてもらうことって大変ですけど、
ようするに、最終的に
やりたいことをわかってもらえた‥‥と。
岩渕
はい。あとは自分が、
当初からアートマーケットに興味があり、
実際に作品を買ったりしていることを
村上さんに話す機会があって、
「歴代の『美術手帖』の編集長で
マーケットに興味を持つ人はいなかった」
と言って、おもしろがってくれたことも、
大きかったかもしれません。
──
世界のアートマーケット。
そういう特集号もありましたね、たしか。
岩渕
はい、それも村上隆さんの全面協力の下、
ぼくが企画した特集です。
──
東日本大震災直後に、
村上さんが
奈良美智さんやデミアン・ハーストさん、
ジェフ・クーンズさんなどに
お声がけした、
東北の震災復興のための
チャリティオークションのレポートが
巻頭でしたよね。
総額6億8000万円の収益だったとか、
すごいなあと。
岩渕
もともと『美術手帖』は、
美術批評を主軸に据えた専門誌ですから、
マーケットについては、
それほど扱ってはこなかったんですよね。
──
でも、岩渕さんは、興味があった。
岩渕
新しい美術館も続々とできていますし、
美術を「鑑賞する」という点では
日本の美術愛好家は多いと言えますが、
美術作品を「買う人」については、
海外に比べて、圧倒的に少ないんです。
──
よく言われますよね、そのこと。
岩渕
2012年の特集当時ですが、
全世界のアートマーケットの市場規模
「3兆円~4兆円」のうち、
日本の占める割合は
「1000~2000億円」でした。
──
おお‥‥そういう割合。
岩渕
だから当時、日本のギャラリーは、
海外のアートフェアで
作品を売ることに力を入れていました。
アーティストは、
食べていけないければ続けられないし、
いざ、スケールの大きい作品を
つくりたいと思っても、
元手がなければ挑戦もできませんから。

──
そうか‥‥。
岩渕
そういう状況をつぶさに見ていたので、
日本のアートマーケットを
何とか活性化できないかという、
個人的な問題意識を持っていたんです。
──
海外の「美術を買いたい熱」というのは、
そんなにもちがうものですか。日本とは。
岩渕
ちがいますね‥‥極端なケースですけど、
ヴェルサイユ宮殿などは圧巻でした。
宮殿内にズラーっと村上作品が展示され、
セレブやフランスの文化大臣、
カタールの王家も招待されていましたし。
──
つまり、一国の王様みたいな人までもが、
村上さんの作品を、めあてに。
岩渕
ギャラリーにとって、ある意味では、
もう極めつけの「営業」でもあるわけです。
なにしろ「ヴェルサイユ宮殿」なわけで。
──
本当ですね。
岩渕
言うまでもなく、この上なく華やかな場。
大晩餐会は映画みたいでしたし。
村上さんやスタッフの方々は、
まるで戦場であるかのようなお忙しさで
飛び回ってらっしゃいましたが、
日本の美術界には、
ああいった「舞台」はないですから。
──
そうですよね。はあ‥‥。
岩渕
だから『美術手帖』の村上隆特集では、
村上さんが
世界最高の場所で見ている光景を、
その空気感を、
少しでも伝えられたらと思ったんです。
で、そういう気持ちを抱えていたので、
世界のアートマーケットの特集号にも
「これを知らずに
日本のアートに未来はない」‥‥って、
少し気負って書いちゃったんですけど。
──
ええ、ええ。
岩渕
本当にそういう気持ちでつくりました。
それに、ここ10年くらいで、
ニューヨーク、ロンドン、パリなどの
欧米の大都市だけでなく、
香港をはじめアジアのアートシーンも、
盛り上がってきているんです。
──
美術関係の方と話すとよく出てきます。
スイスのアート・バーゼルが、
香港で開催されたりしていますものね。
岩渕
経済的な成長とともに、
アートシーンも盛り上がってきました。
日本もアジアの一員ですから、
その盛り上がりにどう関わるのか、
いまは国内のマーケットも活況ですが、
状況は流動的だと思いますね。
──
自分みたいなふつうの人間からすると、
やっぱり
美術とお金は気になるテーマなんです。
数年前のグルスキーの展覧会なんかも、
世界でいちばん高い写真を見たいと、
ほぼ、その興味だけで‥‥すみません。
岩渕
いえいえ、そうですよね、
わかります(笑)。
一般的な常識からは、
ちょっとかけはなれてるような値段が
ついたりするのが美術ですし。
──
誰が何をどうしたら
そういう値段がつくのか不思議だけど、
お値段ランキングを見てるだけで、
自分なんかは、おもしろいんですよね。
岩渕
うん、うん。そうですよね。
ただし、アートマーケットの特集号は、
それほど売れなかったんです。
──
あ、そうですか。
岩渕
ええ、ページ数もめちゃくちゃ多いし、
準備期間に2年くらいかけて、
香港には5回も6回も出張して
つくったんですけどね。
隅から隅まで
熱心に読んでくれた読者もいましたが、
実売は、そうでもなかった。
──
やはり「美術品を買う」のって、
日本では、まだまだこれからの課題ですかね。
岩渕
いま読んでも、おもしろいんだけどな(笑)。
──
いやいや、おもしろいですよ。
あんな読みごたえのある特集、
相当な熱意と胆力が要ると思いました。
岩渕
ぼくが担当した号ではないんですけど、
「アーティストになる基礎知識」
って、これは、ものすごく売れました。
2005年の号ですけど、
たしか、ほぼ完売したんじゃないかな。
──
ハウツーもの、ですか。
岩渕
そうなんです。
当時の美大のカリキュラムでは、
ポートフォリオのつくりかただとか、
プレゼンの仕方、
助成金の申請方法なんかについても、
あまり教えていなかったんです。

──
なるほど。
岩渕
作品をどう表現するかについては
教えていたんですけど、
その表現を
誰かに見てもらう方法については
教えていなかった。
作品がよければ、それでいい‥‥という
考え方も当然ありますけど、
やはりプレゼンがうまくないために
芽が出ないという状況も実際あるんです。
──
ええ、現代アートでは
とくに「文脈」みたいなものの構築が、
大事なことでしょうし。
岩渕
少なくとも、最低限の知識を、
ある程度まで身につけることができたら、
そこからは作品の質で勝負できます。
その考えが、企画立案のきっかけでした。
誌面では奈良美智さんや会田誠さんなど
アーティストの方々や、
各館の著名キュレーターのみなさんにも
協力していただきました。
──
スタートラインに立つための本、ですね。
ポートフォリオを提出する側だけでなく、
見る側の人にも聞いてるということで、
アーティストの卵には、
すごくいい応援になりそうな特集ですね。
岩渕
あと「アートの仕事」特集もウケました。
展覧会をつくるキュレーターや
実際に展示の作業を行うインストーラー、
作品を売るギャラリスト‥‥など、
アートにまつわる「仕事の特集」ですね。
──
つまり、就職情報誌っぽい感じで?
岩渕
そうそう。
仕事の内容を紹介をしながら、
実際に人手を募集していたところからは、
求人情報を出してもらいました。
──
それは、必要とする人、たくさんいそう。
どうしたらなれるかわかんない仕事って、
美術に限らず、たくさんありますし。
岩渕
大きな枠での「仕事特集」なら、
他の雑誌でも
やっていたりすると思うんですけど、
ここまで専門的な仕事の紹介は、
『美術手帖』にしか載っていない。
そういう特集を目指してつくったんです。

(つづきます)

2021-09-09-THU

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  • 『美術手帖』最新号の特集は
    「女性たちの美術史」

    このところ、特別展や企画展だけでなく、
    コレクション展などでも
    ひとつの重要なセクションとなっている
    女性アーティストの美術作品。
    最新号の『美術手帖』では、
    女性作家の作品が置かれてきた状況や、
    「現在」と「これから」について、
    いろいろと学ぶことができました。
    とくに、東京国立近代美術館や
    東京都現代美術館、
    アーティゾン美術館などでよく見かけて
    気になっていた
    具体美術協会の田中敦子さんについて、
    おもしろく知れて、よかったです。
    読みごたえがあります。ぜひ、ご一読を。
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