暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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後編 あたらしい技術に触れる楽しみ。 l’ombre et la lumiere 山室瑠衣さん

 
お気に入りの道具は、
便利で使いやすいものを厳選して。

 
「HiyaHiyaの輪針を愛用しています。
使いやすさが抜群で、
買ったときのまま、
ジップロックに入れて収納しています。
レザーのポーチに入ったものは、
フィンランドのLYKKEという
ブランドのもの。
木の素材でつくられています。
長財布くらいのサイズ感で、
これは見た目のかわいさに飛びついて
買ってしまいました。

 
襟など小さな場所を編むときは、
LYKKEで。
長く編むときはHiyaHiyaの方が
ダントツ編みやすいので、
こちらを使っています。
HiyaHiyaはコードの色が何色かあって、
色がかわいいのもうれしいです。

 
棒針も持っていましたが、
軽さとスマートな使い勝手がよくて、
すっかり輪針愛用者です」。
ハサミやテープ、かぎ針など
そのほかの道具はカゴにまとめて。
プロジェクトごとに袋に入れて、
同じくカゴにざっくりまとめられています。

 
編みもののおともは、音楽。
クラシック、ブラジル、ジャズ、オルタナなど
ジャンルは問わず、レコードをかけながら編みます。

 
「夫の趣味がギターなので、
わたしは一心にニットに集中して、
夫がギターの練習をしている、
というのがよくある光景です。
集中してしまうので、
お菓子を食べたりもしない。
お休みの日、昼に編むときに、
コーヒーやお酒を飲みながら
ぼんやり編む時間も
最高のリラックスタイムです」。

 
昔、働き過ぎで身体を壊したことがあり、
オンとオフの切り替えは
はっきりさせているそう。
オフの時間のおともが編みものです。
「いまはしっかり仕事をして、
しっかり趣味を謳歌して、
しっかり寝るという、
メリハリのある生活を心がけています。

 
朝が苦手なので
そこまで早くないのですが、
朝10時〜6時くらいまで仕事に集中して、
夕食の準備をする。
夫と食事をとって、
8時ごろから自分の趣味の時間です。
以前は本を読むのも好きだったのですが、
困ったことにまったく読む暇がなくなり、
いまはほぼすべての自分時間を
編みものに割いています。
編みたい、という欲求が勝ってしまうので、
仕方がないですね。
夜4時間ほど編んでから寝る、という習慣です」。

 
そこまで編みものに魅了されるのは、
あたらしい技術との出会いにあると
山室さんは話します。
「ニットもオートクチュール刺繍も、
長い歴史があります。
その中であたらしい技術が生み出され、
革新しながら受け継がれていく。
そういう部分がどちらにもあって、
わたしは惹かれるんだと思います。

 
編むことも気持ちいいですが、
そうした技術との出会いが楽しい。
『なんて知的で構築的な服だろう』
と感心する毎日です。

 
並行して編む作品は、多くて3つほど。
あたらしい技術に触れると
新鮮な気持ちになれるので、
プロジェクトがどんどん増えています。
「もっと知りたい!」と思うと、
編みたい作品は尽きないです」。
山室さんのオートクチュール刺繍という
手仕事は、非常に繊細なもの。
その仕事ぶりから、
ここで美意識や集中力が
培われたのだろうと感じます。
その技術はパリで習得されたもの。

 
「わたしのドレスはシンプルなフォルムです。
女性の身体のラインが
美しく見える王道のドレス、
プラスアルファとして刺繍がある。
おもにリュビネル刺繍という技術を
用いて、ドレスを製作します。
衰退しつつあった技術を、
シャネルが守ろうと刺繍のメゾンを傘下に納めたんです。
その刺繍メゾンはオートクチュール刺繍学校を運営していて、
仕事の合間に、1ヶ月半ほど通うことを
繰り返して技術を習得しました。
朝から晩まで刺繍をするので、
それはそれは濃密な時間でしたね。
パリにいるのにどこにも遊びに行きませんでした(笑)」。

 
そしていま、山室さんは
編みものと濃密な時間を過ごしています。
「これまで、これといった趣味がなかったんです。
映画も本も音楽ももちろん大好きで、
それは思考の糧となりますが
趣味というより生活に染み込んだものでした。
仕事以外で、何かしら手を動かす趣味ができるとは、
まったく想像していませんでしたが、
『絶対着たい!』という気持ちが、
集中力を生むんだと思います。

 
比べて、ニットの手軽さに心打たれています。
刺繍は小さなビーズやレースなど、
たくさん素材を用意しなければいけないですし、
刺繍をするための道具も大がかり。
一方で編みものは、毛糸と編み針さえあればいい、
という手軽さが心地よくて、
日常に入ってきやすいのかもしれません。
これからも、しばらくは、
この編みもの生活が続くと思います」。

(山室さん、ありがとうございました。)

写真・川村恵理

2022-11-25-FRI

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