暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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私をケアしてくれる時間。 中村文さん

 
10年目をむかえたMiknitsがおとどけする
特別編「Miknitsとの個人的な記憶の記録」。
読者のみなさんがどう編みものに夢中になったか、
思い出とともに愛用されているニットを
川村恵理さんに撮っていただきました。
今回登場いただくのは中村文さんです。
三國さんの書籍をきっかけに編みはじめ、
現在ではヴォーグ学園で編みものを学ぶ日々。
記憶と編みものが密接に関係し、
それぞれのニットに思い出が編み込まれていました。

 
私がはじめて編み物に触れたのは
小学生のころでしょうか。
学校から帰宅すると、忙しい日々のなかでも
毛糸を幾つも垂らしながら
目数を数えている母の姿がありました。
月に二回ほど神社の集会所で
仲間と編みものをしていることもあり、
そんな日は私はランドセルを背負ったまま集会所へ寄り、
母の編みものをしている姿を見て
終わるまで待っていたのをよく覚えています。
かぎ針編みを教えてもらったりマフラーを編んだり、
そうした原体験が今の私につながっていると思います。
本格的に編みものをはじめたのは6、7年前です。
子どもたちが小学生になり、生活が落ち着いてきたころ。
『編みものワードローブ』(文化出版局)に出会って、
娘にヘンリーネックのベストを編みました。
もともとは手芸屋さんで買った別の編み図で
セーターを編んでいたのですが、
うまくいかなかったので全部ほどいてしまい、
何か編んでみたいものはないかと探していたところ
一目惚れしたのが三國さんの本でした。
棒針の号数を変えて編んでみたら、子どもにぴったりで。
編むのも楽しくて、どんどん夢中になっていきました。

 
なかでも思い出深いのが、
『編みものワードローブ』のカーディガンです。
義父の体調がすぐれず、
家族とともに介護をすることになった当時、
並走するように編み進めました。

 
とても尊敬している義父だったので、
日に日に身体が変化していく様子に
胸が締めつけられる思いでしたが、
そんな日々の支えになっていたのが
編みものをする時間でした。

 
当時は「1日30分だけ編む」と決めて、
朝早く起きて編みものをしてから
病院や義父の自宅に駆けつけていました。
早い日は、4時半起き。
大変なことが毎日のように起こっても、
編みものをしていると気持ちが整理されたり、
無心になって現実から逃避できたり、
私をケアしてくれる欠かせない時間でした。
毛糸と針さえあればはじめられる気軽さも、
煩雑な日々のなかでちょうどよかったのだと思います。
できあがったニットは
私の気持ちごと編み込まれているようで、
大切な宝物になりました。

 
私自身、若いころは病気を繰り返していて
「これが得意だ」と胸をはれるものがなく、
自信もありませんでした。
ですが、母や義父との思い出と並走していた
自分をケアするための編みものが、
いつの間にか大きな支えになっていることに気がつき、
編むことへの思いが高まっていきました。
基礎から勉強したいとう思いが芽生え、
仕事と育児の合間に「ヴォーグ学園」へ
通うことを決めました。
新しいことをはじめるうれしい気持ちと、
同じ目標に向かう仲間もでき
学びなおしが出来ることに感謝でいっぱいでした。
ところが、そうこうしているうちに、
子どもたちが学校に通わなくなってしまったのです。
仕事や日常生活で迫ってくるあらゆることに
気持ちが沈むこともあり大変な日々でした。
『きょうの編みもの』(文化出版局)の
アランの衿つきカーディガンから編み柄をかりた
青いセーターは、そのころに編んだものです。

 
ニットを手にすると、当時のことが一瞬で蘇ります。
模様をアレンジしたのですが、
課題提出まで時間がなくて
前身頃しか柄を入れられませんでした。

 
心境的には苦しい部分もありましたが、
なんとか仕上げて、諦めないで通うことが、
当時の私にとって必要だったのだと思います。

 
編むときは毎回あたりをつけるために、
スワッチを編んだりゲージをとったりします。
『うれしいセーター』の「soil」を参考に編んだ
丸いヨークのセーターは、
夕焼け空のイメージでピンク色を入れるかどうか悩み
スワッチをいくつか編んだ結果、やめたり。

 
ニットは迷っていてもどうにか形になるので、
そうした編みものの度量の大きさと言いますか、
難しい出来事があってもなんとかなるところが
正に“ケア”にぴったりなのだと思います。

 
ようやく気持ちに余裕が出てきたころに、
「jasmine」を編みました。

 
美術館で「アーツ・アンド・クラフツ展」を拝見して、
模様の背景にあるアール・デコをヒントに
三國さんがデザインされたことを知り、
一層編むのが楽しくなりました。
柄の出し方や袖のダイヤがきれいに出る感じなど
考え抜かれた製図の美しさにとても感激しました。
『またたびニット』(文化出版局)の手袋も
ユニークな編み方で、三國さんの頭のやわらかさ、
常識にとらわれない魅力を感じました。

 
いまも学園に通っていまして、
「手編みの準師範」を修了することができました。
資格も大切ですが、人と出会い新しいことを知ることに
意味があったように思います。
基礎を学び終えたら、三國さんのように
もっと自由に編めるようになりたいです。
三國さんの素晴らしいデザインのおかげで
編みものの楽しさを知り、
さまざまな場面を乗り越えることができました。
うれしい気持ちも苦しい気持ちも
全部編み込んじゃおう、と思いながら針と糸を持つ。
記憶と編みものが密接で、
私にとっては欠かせないものだとあらためて感じます。
いつもそばにあって、私をケアしてくれるものですね。
子どもたちも進路が決まり、
それぞれ新生活がはじまりそうな予感です。
今までは自分の周りのことばかりに手一杯でしたが
これからは編み物を通して
地域の方々ととつながって
少しでも誰かのお役に立てたらと思っています。

(つづきます。)

写真・川村恵理

2024-03-27-WED

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