暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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後編 韓国で出会った多様な編みものの世界。 モデル 前田エマさん

 
小さなころから編みものに触れてきた
前田エマさんですが、
“ブーム”があるのだそう。
一度ハマる時期がやってくると、
ずっと夢中になって手を動かします。
「移動中の電車のなかでもずっと
編みものをしています。
今日も、ここに来るまで電車に乗りながら、
リュックを前に背負って
カバンから毛糸を出しながら立ち編み。
ベージュのニット帽子を編んでいます」

 
編みものをしているときの“集中”する感じが、
前田さんは心地よいと話します。
「本を読んだり映画を見たり
趣味は多い方なんですが、
編みものをしているときは他のことは
あまりしないかもしれません。
尊敬する、韓国文学の翻訳者である斎藤真理子さんは
本を読みながら編みものをするそうですが、
私はせいぜい音楽やラジオを聴くくらいです。
でも、その集中している感じが好きなんです。
器用な方なので、
何かをしながらあれこれできてしまうんですけど、
編みものは強制的に集中モードになります。
スマホも本も見ない、
“編みもののためだけの時間”というのが
贅沢でうれしいなと思います。
映画館で映画を見るのも好きなのですが、
そういうひとつのことに集中できる時間って、
今の時代、なかなかないですよね。
だから、編む時間そのものが好きなんです」

 
最近は韓国に留学したことがきっかけで、
編みものブームが再熱したのだそう。
語学留学中によく散歩していた
お気に入りの街に、
一件の毛糸屋さんがあった。
「おしゃれなカフェや独立系の書店が立ち並ぶ
ヨニドンという街に「banul」という、
二階建ての毛糸屋さんがあったんです。
そこは若者が集う店で、ものすごくおしゃれ。
毛糸を購入すると編み図と
YouTubeの解説動画をもらえるのですが、
サンプルで置いてあるアイテムが
今どきのものばかりなんです」

撮影|前田さん     撮影|前田さん    

 
「二階がカフェになっていて、
たくさんの編む人が集っていました。
そこで私がびっくりしたのが、
日本でイメージする“編みもの”とは
まったく違う雰囲気の人たちが楽しんでいること。
Y2Kファッションに身をつつんだへそ出しの女の子や
タトゥーがたくさんの子、おしゃれな男の子など
若い世代でにぎわっていました。
楽しみ方も人それぞれで、
カップルで編みものをしていたり
カウンターでひとり黙々と編んでいたり、
自由で楽しい雰囲気でした」

 
「日本のほっこりしたイメージとは違うねって、
留学先で仲良くなった女の子に話したら
『オンニ(お姉さん)編みものの世界は広いんだよ、
YouTubeで世界中のニッターを見てみて!』
といろいろな動画を見せてくれたんです。
ギャルっぽい方もいれば、
派手でカッコいい作品もあって、
こんなにも編みものの世界は多様なんだ、
ということに驚きました」
韓国のアーティストの
ファッションを追うなかで知った
「MISU A BARBE」というニットを使った
ファッションアイテムを展開するブランドも、
前田さんの“ニット”へのイメージを刷新するものでした。
ブランドのデザイナー、キム・ミスさんが開催する
ワークショップでつくった帽子も、
見せてくださいました。

 
「ワークショップでは、
ツバの部分を自分で編むんです。
スタッフの方が被る部分を
編んでおいてくださるので、
ツバのつなぎ目とツバを自分で黙々と編んで、
最後に用意してあるモチーフから
好きなものを選んで縫い付けました。
日本では見ないような個性的なアイテムを
いろいろ出しているブランドで、
ワークショップの取り組み自体も魅力的でしたし、
韓国では新たなニットカルチャーのおもしろさに
出会えてよかったです」

 
もうひとつ、前田さんの心を刺激した、
ニットを囲む光景があった。
それは、友人が連れて行ってくれた
「東大門(トンデムン)」。
布やアクセサリーパーツだけでなく、
電化製品や日用品などさまざまなものが
所狭しと立ち並ぶ韓国の卸問屋街だ。
そこには、毛糸屋もズラッと並んでいる。
「小さなお店がギュッと並んでいて
迷路みたいな場所なんですが、
そこでハルモニ(おばあちゃん)たちが
車座になって編みものをしていたんです。
お菓子を食べたりお茶を飲んだりしながら
みんなで編んでいる姿に、
私はジーンときてしまって。
お店の方が編みものを教えてくれるから、
そこに人が集まっているみたいなんですけど、
ものすごく素敵な光景だと思いました。
日本から編みもの友だちが
韓国に遊びに来ると、
そのたびに東大門に連れていきました。
ある友人は、
ハルモニたちの姿を見て泣きそうになりながら、
『私の将来の理想は
こうやってみんなで集まって喋りながら、
編みものをする場をつくることなんだ。
理想の姿がここにある』と言っていました。
韓国では編みものというものが、
年齢も性別も関係なく、
みんなそれぞれ好き勝手になにかをつくりながら
場を共有しているというのが新鮮でした」

 
韓国という国に惹かれて実際に住んでみると、
編みもの以外にも
奥深い韓国の文化を知ることになったという前田さん。
著書『アニョハセヨ韓国』を拝読すると、
そこには前田さんが心惹かれた
韓国の手仕事に関わるお店が数々登場し、
現代に受け継がれる
韓国の手仕事の長い歴史が感じられます。
冒頭のページに登場する「ポジャギ」は、
小さな布を縫い合わせて一枚に仕立てるもの。
「手縫いのワークショップに
一ヶ月通って、ようやくできあがりました」
というほど、手間がかかるのだそう。
前田さんは本文のなかで、
“大切に守られてきた伝統的な生活道具に
自分の手で触れ、生活に持ち帰ることのできる
嬉しさを、ここでは感じられる”
と書かれています。
その思いは、本の全編を通して伝わってきます。

 
「ポジャギもそうですが、料理も含めて、
韓国の手仕事は想像以上に丁寧で、
繊細な工程を積み重ねているものだと感じました。
そして、一つひとつに理由があって、
そのモノがつくられる背景にある考えや思いを
大事にしているんだなと思いました。
流行が移り変わるスピードは、
日本とは比べものにならないくらい早いです。
そんな社会でも伝統が大切にされて残っていることは、
生活のなかでも感じました。
日本にも伝統文化はありますが、
韓国には伝統をアレンジすることに対する
敷居の低さがありました。
どんどん新しいことを取り入れる
パワーみたいなものは強かったと思います」

 
伝統や技術を大事にしながらも、
自分が生活のなかで楽しみたいものを、
工夫しながら手でつくること。
それは、全世界共通の
よろこびなのかもしれません。
編みたいものや好きな理由も人それぞれ、
自分の生活にあった編みものライフを
楽しみたいと改めて思うお話でした。

 
2023年から半年ほど韓国に留学し、
食やアート、音楽、映画、ファッション、古道具など
前田さんが留学中に出会った
さまざまな分野で仕事をする人と店が登場します。
それぞれに物語があり、美学があることを、
前田さんが一軒一軒丁寧に取材をし、
まとめられた文章から感じ取ることができる
読みごたえのある一冊です。
私が惹かれたのはポジャギを扱う店と、
宮廷料理をふるまうレストラン。
赤くて辛そうなキムチのイメージとは離れた、
水分たっぷりの梨のキムチのきらめきに
韓国の丁寧な手仕事ぶりを感じました。
ぜひ、お店の詳細は本で確認ください!
本の終盤には、前田さんおすすめの、
韓国の詩や文学について取り上げられ、
留学中の日々がつづられています。
前田さんの視点で韓国を見てみると、
トレンドの韓国とはすこし違う
文化と社会的な背景にも関心が向き、
あらたな異国の魅力に気づくことができます。
書籍はこちらからお求めいただけます。

(前田エマさん、ありがとうございました!)

写真・川村恵理

2025-01-15-WED

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