リクルートの新規事業開発室に所属して、
数多くの新規事業のサポートをしてきた石川明さん。
その後独立し、大手企業を中心に
150社・2500案件を超える
新規事業のサポートをしてきました。
まさに新規事業のエキスパートです。

そんな石川さんに、日本の会社や組織の中で、
仕事を進めて行くことの難しさと対処法、
必要なスキルを聞いていきます。
「会社で正論を主張しても組織が1ミリも動かない」
って本当?
「上司とは“はしご”を外す存在である」
ってどういうこと?
理不尽な会社の中で
仕事を成し遂げようとするときに役立つ
“ディープ・スキル”っていったい何?

やわらかな笑顔の石川さんに、
しんどいことも多い会社や組織の中で、
くじけず元気にはたらく方法を教えてもらう授業です。

聞き手は、石川さんのリクルート会社員時代の同期であり、
月刊誌『ダ・ヴィンチ』の元編集長、横里隆さんです。

ほぼ日の學校

>石川明さんプロフィール

石川明(いしかわ・あきら)

株式会社インキュベータ 代表取締役。
1988年に上智大学文学部社会学科卒業後、
株式会社リクルートに入社。
リクルートの企業風土の象徴である、
新規事業提案制度「New RING」(現在のRing)の
事務局長を務め、
新規事業を生み続けられる組織・制度づくりと
1000件以上の新規事業の起案に携わる。
2000年にリクルートの社員として、
総合情報サイト「All About」社(2005年JASDAQ上場)の
創業に携わり、事業部長、編集長等を務める。
2010年、企業における社内起業をサポートすることに特化した
コンサルタントとして独立。
大手企業を中心に、新規事業の創出、
新規事業を生み出す社内の仕組みづくりに携わる。
これまで、150社、2500案件、
5000人以上の企業人による新規事業を支援してきた。
自身のビジネス経験、そしてコンサルタントとして
数多くのビジネスパーソンの仕事ぶりを観察することで、
新規事業を成功させるためには、
人や組織を巧みに動かす「ディープ・スキル」の必要性を痛感。
そうした要素も含めた「創造型人材の育成」にも力を入れている。
早稲田大学ビジネススクール修了。
大学院大学至善館特任教授、
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科客員教授。
経済産業省 起業家育成プログラム「始動」講師などを歴任。
著書に『はじめての社内起業』(ユーキャン学び出版)、
『新規事業ワークブック』(総合法令出版)、
『Deep Skill ディープ・スキル』(ダイヤモンド社)がある。

>横里隆さんプロフィール

横里隆(よこさと・たかし)

編集者。株式会社上ノ空代表。
1965年愛知県生まれ。
信州大学卒業後、株式会社リクルート入社。
1993年に書籍情報誌準備室
(後のダ・ヴィンチ編集部)に異動。
2001~2011年ダ・ヴィンチ編集長を務め、
2012年に独立、株式会社上ノ空を設立。
現在、マンガ家・山岸凉子のエージェント、
「ほぼ日の學校」ディレクター、
北海道マンガミュージアム構想事務局など、
編集者の枠を超えた精力的な活動を続けている。

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第2回 正論で組織は動かない?

──
本の帯には、
「なぜ、正論を主張しても、
組織は1ミリたりとも動かないのか?」
ということばがあります。
石川
はい。
──
ふつう正しいことを主張したら、
それがまかり通るんじゃないかと思うのですが。
石川
それは、とくに私が
新規事業という分野をやっているのが
大きいからかもしれません。
あたらしい事業が実現化しなかった、
というのにはやはり、
実現しなかった理由があるんですね。
かしこい人が、論理的に正しく考えていくと、
あたらしいことというのは、
「やるべきではない」という結論になる。
──
ああ。
石川
と、ぼくは割り切って受け止めています。
──
やるべきじゃないという
結論になっちゃう。
石川
「リスクが大きい」とか「前例がない」とか
「エビデンスはあるのか」とか、
そういうことを突きつけられると
「いや‥‥どうでしょう」って
なっちゃうんですよね。
──
なるほど。
「いまのままでうちの会社は
十分に回っているじゃないか」と。
石川
「あえて危ない橋を渡らなくても」
ってなりますよね。
既存の事業は、
「1」を投資すればかならず「1.2」になるように
長い時間をかけて作ってきていると思うんです。
だから、「1」を投じても
「0.5」になるかわからないし、
へたしたらマイナスになるかもしれないことを
やるくらいであれば、
「1.2」になる方を選ぶのが普通なので、
「あたらしいことはやめておこう」を
繰り返してしまうんです。

──
でも、企業は新しい事業に
チャレンジしたがっているんですよね? 
石川
チャレンジしたがっているというより‥‥
これもおもしろいことなんですが、
同じことをずっとやっていて
何十年も生き延びる会社って普通はないんです。
──
ほぉ。
石川
事業環境が変わっていくところに合わせて、
新しい事業を作るなり、
今のやり方を変えるなり、
そういうことはしなければならないんですね。
長い目でみると変化はするんですけど、
目の前だけを見ていると、
「今やるべきではない」となっちゃうんですよ。
──
そのジレンマのなかで、石川さんは
新規事業の提案をサポートされているんですね。
石川
そうですね。
──
‥‥それ、すごく難しいですよね? 
石川
難しいですね。
案をきれいにまとめるところまでなら
スキルを磨けばいけるんですけど、
「この案をどうやって組織に通していこうか」
みたいなところには
すごく知恵をつかいます。
──
そのキーポイントを
本の中でたくさん書かれていますよね。
たとえば、
「上司とは、はしごを外す存在である」とか。
かなり言い切ってますよね。
石川
たぶん組織で働いたことのある方なら
一度や二度はそういう経験をしたことが
あるんじゃないかと思うんですけど、
やっぱり上司もひとりの人間なので
新しいことに取り組むのはこわいですし、
逃げたくなる気持ちはあると思うんです。
──
はい。
石川
たとえば、あるあたらしい案を自分が考えて、
上司に相談をして
「おもしろいんじゃないか」って言われたから
会議に出してみた。
一所懸命に説明をしていたら、
なんとなくあまり良くない反応が
会議室の役員から出てきはじめた。
そこで「助け舟を出して!」と思って
上司の方をチラッと見たら、
「ぼくもそのあたりは
けっこう問題だと思っておりまして」

──
あ~(笑)。
石川
「えー?! 助けてよ!」って(笑)。
──
みごとに、はしごを外される。
急に裏切られたような‥‥。
テレビドラマだったら
「倍返しだ!!」ってなるところです。
石川
それは、現実ではできません(笑)。
上司とはその後も一緒に仕事をしていきますから。
いい関係を保つ必要があります。
──
ドラマのように1クールで終わる話じゃ
ないですからね。
石川
「上司とは、はしごを外すものである」
と思っておいたほうがいいです。
最初からそれを思っておけば、
解決策を準備しておくこともできるので。
──
解決策。
石川
たとえば、
上司のさらに上の人は
「どういうふうに思っているだろう?」と
事前に調べておいた上で、
上司に相談をする、ということもあるでしょう。
または、上司にも花を持たせるというか‥‥
「ぼくがこの案を考えました」と
自分だけをアピールすれば、
相談を受けた上司はおもしろくないですよね。
そこは、
「〇〇先輩に相談に乗っていただいての案です」
という言い方をすれば、
上司もはしごを外さないかもしれません。
──
なるほど。
石川
正しい考えをつきつめることも大事だと思います。
ただ、現実の中で、
最適なゴールにたどり着くためには、
したたかに考えていくべきなんじゃないかと
思っています。
──
したたかさ。
その、「したたかさ」と、
「ずるさ」ってどう違うんでしょうか。
石川
ずるいことは、
周りからの信頼を失うと思うんですよ。
その時はうまくいったとしても。
したたかさは、強さです。
良い関係を保ちながら、
達成するための方法を、強くしぶとく考える。
そのバランスが必要なんじゃないかなと思います。
──
石川さんのお話をうかがっていると、
現場に寄り添って
「どうすればうまくいくのかを
一緒に考えていく」感じをすごく受けます。
石川
ゴールに着くまで、
周辺のことも含めてお手伝いするのを、
自分の信条にしています。
──
人との関係を大切にしながら。
石川
そうですね。
ただ、顔色を見ておもねれば
うまくいくかというとそういうことでもなく。
やっぱり、新しいことをやるとか、
何かを変えるときって
痛みをともなうじゃないですか。
──
ええ。
石川
上の人にはちゃんと、
決断をしてもらわないといけません。
あたらしいことは
納得してもらった上で進めないと。
それこそ、案が通ってスタートしてから
はしごを外されたりしたら、
そっちの方が痛いので。
どこかできついことを
言わなきゃならない場面もあります。
ですから実際に、
あたらしいことを実現させるときには、
したたかな「硬」と
良い関係のための「軟」を
とりまぜながら進めていくことが多いです。

(つづきます)

2024-02-03-SAT

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