一枚の絵が完成するまでの過程を、
作家本人が解説するシリーズの第3弾。
今回はピクセルアーティストの
maeさんに連載していただこうと思います。
延々とつづく無限ループの世界。
やさしく、なつかしく、
どこか夢の中のようなおぼろげな風景。
maeさんのピクセルアートは、
どのようにして生まれているのでしょうか。
テーマ探しから完成までの3ヶ月間、
毎週木曜日に更新します。

>maeさんのプロフィール

mae(まえ)

ピクセルアーティスト

1993年生まれ。
神奈川県出身。元小学校教諭。
現在は主にMV(CDジャケット)、
CM等で映像作品やループGIFを中心とした
ピクセルアートを制作している。
「Shibuya Pixel Art Contest 2020」最優秀賞受賞。
2022年にリリースされたゆずの『ALWAYS』では、
全編ピクセルアートのMVを制作して話題に。

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14 「火」

 
1週間、完成した絵を眺めていました。
見つづけていると、
「ちょっとここが気になるなぁ、
もっとこうしてみたらどうなるかなぁ‥‥」
という気持ちが無限に湧いてきて、
見わけがつかないような細かい修正を
延々とおこなっていました。
これで完成の奥の、さらなる完成としたいと思います。
あらためて、絵ができました。

「Rainy Day Ghost」(270 × 480pix) 「Rainy Day Ghost」(270 × 480pix)

 
最終回ということで、
今日はこの3ヶ月間の感想を
書かせていただきたいと思います。
連載を通して見ていただいたように、
ぼくの絵は小さな記憶のかけらの中に眠る
「火」のようなものがきっかけであることが多いです。
そのときの世界(外)と自分(内)の
即興的な摩擦が生み出した火に薪を焚べて、
普遍的で大きな火に
置き換えようとしているようにも思えます。
絵を描くという行為は、
自分にとってそういうものなのかもしれません。
そんな小さな記憶のかけらの中に眠る「火」は、
誰もが心の中にもっているものだと思います。
それをこうして作品に昇華することで、
それぞれの角度から、それぞれの記憶とつながる
きっかけになり得るのではないかと考えます。
川崎のおばあちゃんに
何度もまわさせてもらったガチャガチャに、
じいじいに連れていってもらった映画と
その帰り道に買ってもらったストラップに、
あーちゃんがいつも別れ際に握ってくれた手に、
父さんが仕事帰りに
店をまわって探してきてくれたゆび人形に、
母さんが「継続は力なり」を体現して
いつも背中を押してくれた日々に。
個人的な言い方をすれば、
ぼくの中のそういう小さな記憶が、
いまの自分をつくっているのと同時に、
いまにも忘れてしまいそうな
たくさんの小さな記憶のかけらたちが、
明滅しながらも心の奥にちゃんと存在しています。
自分の絵を見ていただくことで、
そういう名付けようのないものたちを
柔らかく灯して交歓できたなら、
それは懐かしさの共有だけに留まらない
温かいことのように思いました。
ピクセルの明滅する
信号のようなアニメーションには、
そうした感情の明滅とリンクする
不思議な魅力があるような気がします。
そういえば連載の途中で、
「いい絵って何なんだろう」という話をしました。
いま考えてみても
「これだ!」というのは難しいです。
ただ少なくとも、
技術的なよさと精神的なよさは別にあります。
上手な絵でも心がこもっていなければ、
心がこもっていても伝わる工夫がなければ、
何かが足りなくなってしまうと思います。
素晴らしい人間でなければいけない、とか、
上手くなければ駄目だという話ではありません。
真剣に向き合う。精一杯できることをやる。
動いて、考えて、見つめつづけることが、
やっぱり大切なのではないかなと思うのです。
例えば、ぼくはまだまだ未熟ですが、
それでもピクセルアートをはじめた頃と比べれば、
技術的に多少はよくなったと思います。
では、当時の絵がいまより劣るかというと、
決してそんなことはないように思えます。
その頃の世界と自分のリアルな摩擦、
考えたこと、向き合った時間、当時の技術。
それらすべての重なりが
作品として表れるのだと思います。
もし初期の絵をいま描き直すとしたら、
絵としての体裁は整うかもしれませんが、
当時のぼくがもっていた瑞々しさとは別の、
どこか雰囲気の違うものになると思います。
同じひとりの人間でも、
そのときにしか表現できないことがあって、
そのリアルは作品に内包される。
それくらい、作者と、作品は、
一期一会のものなのだと感じています。
そうやって思うと、
制作の道中がたとえ苦しいものだとしても、
「これからどんなものと出会って、
どんな表現を自分はしたくなるんだろう」
ということに胸をはずませていたいです。
あらためて、ここまでの3ヶ月間、
制作過程を見ていただきありがとうございました。
自分にとってもこの連載のあいだ、
自分の考えを丁寧に見つめ直す時間にもなり、
大きな学びとなりました。
そして以前と比べて、
世の中にひらいた気持ちになれた気がしています。
流れていく時間の中で、
今後も変化していくであろう作品を
引きつづきご覧になっていただけたら幸いです。
いつかこの作品を見た記憶のかけらが、
みなさんの「火」になるようなことがあったら、
とてもうれしいです。
そんな作品をこれからも
描きつづけていきたいと思います。
また、お会いしましょう。
mae

(おわります)

「ある画家の記録。Season3」これにて完結です。
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寄せられたものはすべてmaeさんにお届けします。
(ほぼ日)

2024-08-22-THU

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