家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」で
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。
オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。
no.7
「あまのかぐやま」大島弓子
よみがえる見たこともない風景
「あまのかぐやま」大島弓子
(『夏のおわりのト短調』収、白泉社文庫)
東京都下、高級私立女子高等学校
「彼野女(かのじょ)学院」。
古文を担当する新人教師の根木永遠夫(ねぎとわお)が、
2年のあるクラスの担任を受け持つことになるところから
物語ははじまります。
付属の大学部もついていて、
そのうえ根木以外の教師はみんなテストの「ヤマ」を
自ら生徒に教えている。
つまり、授業を真剣に聞く生徒なんて
ほとんどだれもいない、
そんな高校です。
生徒たちの古文のテスト結果だけが
低いことに悩む根木に、
ひとりの生徒がそのカラクリを伝えに来て言います。
「だから あたしたち
一時的に テスト用紙に 答を書きこめても
もうそれは それだけで 消えてしまうんです」
だから先生もほかの先生たちと同じように、
そうした方がいいですよ。
ということなのですが、それを聞いた根木は、
教科書をつかうことをやめて自分で作ったプリントで
古典を基礎からもう一度教えていこうとします。
もちろんすべての生徒が
テストでいい点数を取れるわけでもなく、
乱れていた風紀がすぐに整うわけでもない。
でも、根木のプリントは
いねむりする生徒に風景を見せるようになります。
クラスでも率先して悪ぶる
雲林院吹子(うりんいんふきこ)は、
アルコール常習者のうえに、
学校には寝るために来ているような生徒です。
ある日の授業、
配られた根木のプリントをすぐに折りたたみ、
いつものようにそそくさと眠ろうとする彼女が
目を閉じると浮かぶのは、低い山並みと、
ひろい平野が広がるその空に、
ふんわりと薄く白い衣が風にたなびく風景でした。
吹子はおそらく奈良に行ったこともない。
でも彼女が見る景色は、
「いまや さえざえと 輝いて
眼前に よこたわっています」。
「春過ぎて
夏来るらし
白妙の
衣ほしたり
天の香具山」
吹子にこの景色を見せた歌は、
日本最古の和歌集『万葉集』に収められた一首。
1300年もむかしに、持統天皇によって詠まれた歌です。
「春が過ぎて、夏が来たらしい。
真っ白な衣が干してあるよ、天の香具山に。」
(『万葉集(一)』、岩波文庫)
持統天皇が、藤原宮から天香久山の方を眺めたときに
見えたはためく衣から、人びとの生活に
思いを馳せた気持ちが伝わってくるような気がします。
そのうえ夏のはじまりのキラキラをかがやく空気や、
衣をたなびかせている風やにおいまでも感じられるようです。
見たこともないものを見たり、
聞いたこともない声が聞こえてくる。
それが歌のもつ力です。
吹子が特別なのではなく、日本人の私たちだれもが、
「みそひともじ」とよばれる
「5・7・5・7・7」の形に乗せられ運ばれてくるものを
受け取ることができ、それは「日本人の記憶」とでも
呼べるようなものなんじゃないかと思います。
大島弓子さんが、
この「あまのかぐやま」を発表したのが1984年。
『LaLa』という月刊少女マンガ雑誌でした。
もう40年ちかく経っているこの作品も、
いつまでも新鮮にわたしの心に残って、
持統天皇の歌と混じり合いながら
「天の香具山」の景色をよみがえらせてくれます。
それはきっとずっと「消えない」で、
たとえば夏のはじまりに吹いてくる風を感じたときに
思い出しつづけるのだと思います。
ほぼ日の学校「万葉集講座」の授業でも、
歌のもつ力をそれぞれの先生方が
いろんな形で語ってくれています。
たとえば俵万智さんは「歌を作る」ことを
「丁寧に生きること」と教えてくれました。
歌にしようと思うと、何気ない日常にも
丁寧に時間をかけて目を向けるのだそうです。
もちろん自分で歌わなくても、
なにかひとつ知っている歌が心にあるだけでも、
その歌が重ねてきた時間が自分の人生も
豊かにしてくれる気がします。
まさに吹子は、歌ひとつを通して、
自分だけのものじゃない豊かな時間を
自分のなかにもったんだと思います。
(つづく)
2020-04-27-MON