家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」で
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。
オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。
no.10
九代目市川團十郎と
五代目尾上菊五郎の「紅葉狩」
現存最古の日本映画
(重要文化財)
Hayano歌舞伎ゼミ第4回、
岡崎哲也さん(松竹常務取締役)の授業で
明治時代に撮影された日本最古の歌舞伎映像を
観せてもらった時の驚きと感動といったら!
“映画の父”リュミエール兄弟の
世界初の実写映画『工場の出口』(1895年)を観た時に
負けないくらいの感動と言っても過言でないほどでした。
なんとかもう一度観たいと、調べてみたところ、
映像を見つけました。
国立映画アーカイブが運営するサイト
「映像でみる明治の日本」で公開されているのです。
しかも授業では観られなかった
前段の舞を含めて、約7分も!
早速、ほぼ日の学校「Hayano歌舞伎ゼミ」
の主宰、早野龍五フェローにご覧いただき、
解説していただきました。
以下、フェローの解説とともに、
明治32(1899)年の名優たちの舞をご堪能ください。
はじめに
明治時代の歌舞伎について
歌舞伎には400年の歴史があると言われていますが、
今、私たちが見ている歌舞伎のほとんどは、
明治時代に「仕立て直し」た、あるいは
新たに作られたものです。
明治になって、断髪や廃刀などで風俗が様変わりし、
西洋文明が取り入れられ、
歌舞伎は古いと批判される中、
歌舞伎俳優や興行師たちは、
危機感をもって歌舞伎の近代化に取り組みました。
その中心人物の一人が
九代目市川 團十郎(〜1903年)。
團十郎は「演劇改良運動」の立役者として、
特に「 活歴物」(活きた歴史)を手掛けました。
一方、 髷を切った市井の人々を題材とした
「 散切物」に取り組んだのが、
五代目尾上 菊五郎です(〜1903年)。
二人は「團菊」と並び称され、
明治時代を代表する名優でした。
歌舞伎座五月の歌舞伎公演は、この二人を称えて
「團菊祭五月 大歌舞伎」と
銘打つのが通例です。
九代目團十郎( 成田屋)が得意とした演目は、
その後十一代目團十郎、十二代目團十郎に
引き継がれました。(注1)
今年5月に十三代目市川團十郎白猿を
襲名する予定だった市川海老蔵にも、
成田屋の芸の継承の期待がかけられていますが、
新型コロナウィルスの感染拡大により、
襲名披露興行は延期になってしまいました。
五代目菊五郎( 音羽屋)の得意演目は
その後、六代目菊五郎、
七代目菊五郎に引き継がれ、(注2)
それに続く五代目尾上菊之助も、
音羽屋の芸を引継ぎつつ、
「風の谷のナウシカ」などの新たな挑戦をしています。
※(注1、2)どちらも、すべてが
血縁でつながっているわけではありません。
「紅葉狩」解説
さて、本題の「紅葉狩」です。
この貴重な映画は、1899年(明治32年)に
当時の歌舞伎座裏の屋外で撮影されたもので、
九代目市川團十郎の 更科姫(実は戸隠山の鬼女)、
五代目尾上菊五郎の 平維茂、
二代目尾上 丑之助(後の六代目尾上菊五郎)の
山神という配役です。
「紅葉狩」は、能の演目を歌舞伎化したもので、
上演時間が一時間を超える歌舞伎舞踊ですが、
この映画では、
1. 更科姫(團十郎)が踊る場面。
維茂(画面には出ていないが
上手に座っている)は、
酒を飲むうちに寝てしまう。2.山神(丑之助)の踊り。
維茂に「あれは鬼だよ」と危険を知らせ、
起こそうとするが、維茂は起きない。3.目覚めた維茂(菊五郎)が
戸隠山の鬼女(團十郎)と戦う。
という三つの場面を、
7分あまりにまとめてあります。
なにしろ、白黒のサイレント映画ですから、
これが紅葉につつまれた信州戸隠山の場面だ
ということがわかりにくいのですが、
Hayano歌舞伎ゼミ・第5回講師の辻和子さんの
近著『絵で知る歌舞伎の玉手箱』(東京新聞刊)の
イラストをご覧いただくと、
台本に「すべて信州戸隠山紅葉盛りの体」
と書かれた舞台の様子がよく分かります。
そして、舞台の 上手(右)には 竹本連中、
正面には 長唄連中、
下手には 常磐津連中が並び、
三方掛合いの豪華な伴奏があります。
たとえば、最初の場面の掛合いはこんな調子です。
常磐津(三味線は中棹)
〽︎ 信濃路にその名も高き戸隠の、
山も 時雨に染めなして、※映画はここからずっと後の場面から始まります。
竹本(三味線は太棹 デンデン)
〽︎ 錦いろどる夕紅葉、長唄(三味線は細棹 軽やか)
〽︎ 日影 梢に照り添いて、
四方の景色をますら雄や。
こんなに色彩豊かで、豪華な音楽とともに
演じられる舞台の素晴らしさを想像しながら、
つかの間ですが、
明治時代の歌舞伎を白黒の
サイレント映画でお楽しみください。
「映像でみる明治の日本」の
「紅葉狩」の動画はこちらからどうぞ。
Hayanoの独り言
「紅葉狩り」だから見える美しさ
歌舞伎ゼミ講師の矢内賢二さんが、
『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』に
書いておられるように、
多くの歌舞伎入門書には舞踊の見方として
「難しいことを考えずにまず
舞台の見た目の美しさや
音楽の楽しさを感じていればよいのです」
と書いてあることが多いのですが、
「紅葉狩」は何しろ白黒。おまけにサイレントです。
いったいどうしろと言うのでしょう?
現在の観客が舞台を観るときは、
どうしても「あらすじ」を
追いかけようとします。
歌舞伎舞踊の場合、
長唄などの詞章を聞き取るのは
よく舞台を見ている人でも難しいことなので、
ますます「今は何やっているの?」、
「次はどうなるの?」という疑問が解消されず、
踊りはわからない、難しい、ねむい、
となってしまうのではないでしょうか。
(ですから矢内さんは、あらかじめ
詞章を読んでおくことを勧めておられます)
しかし「紅葉狩」では、
もともと音が聞こえないので、
何を言っているのかな? → 聞き取れない
→ わからない → つまらない、
という悪循環が起こらない。
俳優の体の動きを見るしかない。
すると、三人の名優の体の動きの美しさが、
確実に伝わって来るんです。
舞踊は、生身の体が作り出す
形の美しさを見るものだ、という、
至極当たり前の、しかし、
現代の観客が忘れがちなことに気づくわけです。
二枚扇で優美に踊っていた更科姫が、
鬼女の正体を顕す。
それを見事に踊り分ける團十郎。
当時十四歳の丑之助が踊る山神の小気味良さ。
目覚めて襷掛けし鬼女に立ち向かう
菊五郎の維茂の凛々しい動き。
どれも素晴らしい!
みなさんもぜひ120年前の「不思議」を
お楽しみ下さい。
(つづく)
2020-04-30-THU