家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」で
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。
オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。
no.36
映画『言の葉の庭』
“愛”よりも昔、
“ 孤悲 ”のものがたり
「劇場アニメーション『言の葉の庭』 」
Blu-ray&DVD発売中
発売元:コミックス・ウェーブ・フィルム
販売元:東宝
©Makoto Shinkai / CoMix Wave Films2018
「万葉集講座」に登場のたび、
ユーモア溢れる“話芸”で、
難解だと思っていた万葉集や古代を
身近に感じさせてくださった上野誠さん。
講座の最終回、最後の最後になって、
万葉集の基本である万葉仮名のお話がありました。
万葉仮名を説明する時に万葉集の先生方は、
必ず最初に「孤悲」と書いて「こい」と読むんだよ、
と教えるとのこと。
「きみたち、恋をするとね、
一人になると悲しくなるだろう。
だから万葉人はこう書いて『コヒ』と読んだんだよ」
まぁなんて素敵な表現でしょうと、
年甲斐もなく胸をキュンとさせながら、
あれ? この当て字知ってるなぁ。
でも学校の授業で習った記憶は無い……忘れてる?
いや、印象に残っているのはほんの数年ほど前……
と、記憶をたどって思い出したのが、
新海誠監督のアニメ映画『言の葉の庭』でした。
そのコピーが
“愛”よりも昔、“ 孤悲 ”のものがたり
雨が、水面と新緑の枝葉に
降り注ぐシーンから始まります。
実写と見間違うほどの美しさ。
それはきっと千年前から変わらない情景。
舞台は現代の東京都心・新宿のオアシス「新宿御苑」。
高校生になったばかりで、靴職人を目指す少年タカオは、
雨の朝は学校をさぼり、新宿御苑に立ち寄って
靴のスケッチをすることが習慣になっていました。
ある日、いつもの東屋で、
ひとり缶ビールを飲みながら、遠くを見つめる
OLらしき若い女性ユキノと出逢います。
どこかで会ったことがあるような……
しかしそれは否定されますが、
別れ際にユキノは背中越しに囁くように、
タカオに歌を言い残していきます。
鳴る神の 少し 響 みて さし曇り
雨も降らぬか 君を留めむ
その後も続く、約束のない雨の日だけの逢瀬。
他愛もない会話をポツリポツリとしながら
次第に二人は心を通わせていきます。
タカオは初めて会った日のあの歌を気にしながら……
新海誠監督は大学時代に国文学を専攻し、
「万葉集」を学んでいました。
その時から、昔の和歌に歌われた
男女の想い合う気持ちは、
今に連続していると感じていたそうです。
孤独に悲しい——七百年代の万葉人たちも、
現代に生きる私たちも、愛にいたる以前の、
孤独に誰かを希求する、そんな想いを描きたい。
初めての「恋」の物語として、と語っています。
それぞれが心に抱えている悩み、
前に進もうと思いながらも、
立ち止まることしかできない、
「人生の雨宿り」をしていたタカオとユキノ。
そんな現実をつかの間忘れて、
雨の東屋で一緒に過ごしながら、
いつしかお互いの気持ちは「恋」へ——。
その想いの変化が雨の描写から伝わってきます。
しかし「恋」は、二人の距離を
梅雨明けとともに遠ざけます。
それは年の離れた二人が
恋するゆえに相手を慮ってのこと。
そして自分自身もまだ立ち直れず、
自信を持てず、素直な想いに躊躇する。
本当に孤独で悲しく、切ない……
季節は秋となり、ある事実を知ったタカオは、
あの歌が万葉集の歌であることと、
なぜユキノが出逢った時にその歌を伝えたか、
やっとわかります。
そして、柿本人麻呂が歌った反歌を
ユキノに伝えます。
鳴る神の 少し 響 みて さし曇り
雨も降らぬか 君を留めむ
「雷が少しだけ鳴り響き、
曇り空が広がり雨が降ってくれたら、
帰ろうとするあなたを引き留められるのに」
(巻十一の二五一三)
鳴る神の、少し 響 みて、降らずとも、
我は留まらむ、妹 し留めば
「雷が少しばかり鳴って
雨が降るようなことがなくても
私は留まるよ、 君がいて欲しいと言うのなら」
(巻十一の二五一四)柿本人麻呂
「人生の雨宿り」と「孤悲」を経て、
それぞれの道を歩みだしたタカオとユキノ。
未来に向かって前向きになれた二人は、
お互いを信頼し合いながら、
ゆっくりと愛を育んでいくのでしょう。
そんな二人の姿に、ちょっと励まされる恋の映画です。
新海誠監督のこの次の映画が、
大ブレークした『君の名は。』でした。
「君の名は。 スタンダード・エディション」
Blu-ray&DVD好評発売中
発売・販売元:東宝
©2016「君の名は。」製作委員会
上野誠さんも大絶賛する作品です。
上野さんの著書『万葉集から古代を読みとく』
(ちくま新書)の冒頭、
「はじめに——この本のめざすところ」はいきなり、
「新海誠監督の映画『君の名は。』(2016)を見た。」
から始まります。
当初、高校生が主人公のアニメに
乗り気では無かったそうですが、
「(大恩人が)あなたは、まがりなりにも
当代を代表する万葉学者のひとりなのだから、
いちおう観ておくべきだ」と勧めてくれたのだ。(略)
観てよかった。映画を観終わっての、率直な感想は——
「まいった。すごい—。折口信夫(注)が、
今生まれたら、国文学とか、民俗学とか、
そんな陰気な学問はしないだろうなぁ。
アニメーション映画の監督を目指しただろう。
それにしても、日本も捨てたもんじゃない。
私がすごいと思ったのは、
芸術性とメッセージ性が高い次元で調和して、
まさしく大作となっているところだ。」
(注)1887年〜1953年。
日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、
釈迢空 と号した詩人・歌人。
その後『君の名は。』のタイトルの
もとになっている歌を紹介しつつ、
誰 そ彼と 我 をな問ひそ 九月 の
露に濡れつつ 君を待つ 我 を
「誰なのかあの人はなどと、私に聞かないでおくれ。
秋深まる九月の露に濡れながら、
あなたを待っているこの私のことを—」
(巻十の二二四〇)
数頁にわたり万葉集と映画の解説、分析がされています。
『言の葉の庭』も『君の名は。』も
万葉集の歌を学んでから観ると、
千年前の古の時代に思いを馳せながら、
より味わい深く楽しむことができます。
今年ももうすぐ梅雨の季節。
雨の新宿御苑を訪れてみたくなりました。
映画『言の葉の庭』こちらからご覧いただけます。
『小説 言の葉の庭』(角川文庫 748円)
(つづく)
2020-06-05-FRI