外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。
日本にクロースアップマジックを広めた
第一人者である前田知洋さんは、
これまで2期にわたって、ほぼ日の学校で
「クラシックマジック研究室」を
開催してくださいました。
テレビなどでご覧になった方も多いと思いますが、
目の前で、場合によっては自分の掌で
繰り広げられる前田さんのマジックは、
まるで魔法のようで、「魂が飛んでいってしまう」と
表現した受講生もいらっしゃったほど鮮やかです。
でもそれ以上に、この研究室が特別だったのは、
マジックの技術のすばらしさだけでなく、
前田さんの思考や生き方そのものが、
空間を共有する方々に、
インスピレーションを与えたからだと思うのです。
そんな前田さんが外出自粛の間になさったこと、
これまた、想像をはるかに超えた
息を呑むような美技でした。
前田さんのエッセイと写真をお楽しみください。
最後の動画も、どうぞお見逃しなく。
●わーい、毎日、好きなことができる!
マジシャンの仕事は、
人が集まっている場所に行き、披露すること。
とくに、僕のスタイルの「クロースアップマジック」は、
観客のすぐ目の前で演じるので、人との距離も近い。
だから、仕事は全部キャンセルになって、
収入はほぼゼロになってしまった。
それでも、負けん気が強いというか、どんな状況でも
ポジティブな面を強引に探すところがあり、
「わーい! 毎日、好きなことができる」と
思いながら過ごしている。
こんな天邪鬼なクセは、
フリーランスの特質なのかもしれない。
ただ、いろいろなニュースのなか、
「アルコールそのものは作れるけれど、
容器は輸入しているから製品にならない」と聞いて、
僕は呆然とした。
僕が子供の頃に思っていた「働く人」のイメージは、
「モノを一生懸命、それも丁寧に作り、
それを手にした人を少し幸せにする」と 思っていたからだ。
いつの頃から、僕らは「自分たちで作る」から
「他の国の人に作らせる」になってしまったのだろう。
そういえば、昔、
「働くおじさん」というTV番組があって、
あれ好きだったなぁ。パン屋さんだったり、
町工場のビー玉作りだったり……。
●「働くおじさん」自作のアヒル
そんな思いもあって、この自粛期間中は
「いままで、時間がなかったり、
手間がかかりすぎるから作らなかったモノ」に
取り掛かることにした。
だって、ステイホームでほぼ無限に時間はあるし、
僕もすっかり「おじさん」の年齢になったしね。
いま作っているのは、
「観客の選んだトランプを当てるアヒル」。
最初に描くのは構造のスケッチから
材料は家にある廃材を使うことにした。
マジックの道具作りや
自宅のリノベーションで余った板切れなど。
本当は新しい部品も買いたいけど、
ショップは閉まっているし……。
試行錯誤をしながら、
製作途中をビデオチャットで友人に見せたら
「売れるよね」と言われた。
けれど、たぶん販売はしない。
売るとなると、合理化してしまったり、
コストダウンしたりして、
「時間が無限にあるから、やりたかったこと」と
違うモノになってしまう気がするからだ。
正直に言えば、自分用だから
バカみたいに丁寧に作るし、楽しい。
ほぼ日の学校でも打ち明けましたが、工業高校時代はロボット作りが夢でした。
朝早く起きて、
オガクズやホコリまみれになりながら
ノコギリやトンカチをふって、
指先に小さな傷ができたり、手にマメができたりする。
作業に忙しいから、自然にお腹が空く。
夜は明日の作業を想いながら溶けるように眠る。
上手くいかなくても、誰にも文句をいう必要もない。
それがどんなに幸せなことかを、ずっと忘れていた。
ステイホームで完成した「観客の選んだトランプを当てるアヒル」
もし、動いている「カードを探すアヒル」や
働くおじさんの様子をご覧になりたい方は、
こちらから、短い動画(11分)をどうぞ。
子供が見てくれたらおじさんは幸せだなぁ。
プロフィール
日本にクロースアップ・マジックを広めた第一人者。
アメリカのアカデミー・オブ・
マジカルアーツのオーディションに合格。
英国王室チャールズ皇太子もメンバーの
The Magic Circle London のゴールドスターメンバー。
プライムタイムの特別番組をはじめ、
100以上のテレビ番組やTVCMに出演し、
歴代の総理大臣をはじめ、
各国大使、財界人にマジックを披露。
連載や執筆も多く、著書に『知的な距離感』(かんき出版)
『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版)
『新入社員に送る一冊』共著(日本経団連出版)などがある。
最新刊は、言語脳科学者との対談集
『芸術を創る脳』(東京大学出版)。
東京電機大学工学部卒業。
学士論文は人工知能
※クロースアップ・マジックとは、
少人数の観客に対してマジシャンが
至近距離で演じるマジックの総称。
(つづく)
2020-05-29-FRI