外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。
日本人女性として初めての
シェイクスピア劇37作の新たな全訳という
偉業達成までほんとにあと少し、
最後の1作『終わりよければすべてよし』の
翻訳に取り組んでいらっしゃる松岡和子さん。
ほぼ日の学校シェイクスピア講座でも、
その「寝ても覚めてもシェイクスピア」な様子を
たっぷり披露していただきました。
その着実な歩みに変化はないものの、
未知の感染症は、
翻訳家に新たな決意を迫ったようです。
松岡和子さんの暮らしの
「変わらないこと」と「変わったこと」。
そのどちらもが、示唆に富むものです。
お見事な手料理の写真とともに お楽しみください。
●ぐわらぐわらと崩れた予定
「コロナ関連タイムライン」(*文末に掲載)と
私の「ほぼ日手帳」への書き込みを突き合わせてみると、
2月の末あたりから、
拙訳を使ったシェイクスピア劇の稽古・上演、
あちこちの劇場での観劇、引き受けていた講座やトーク、
などが軒並み中止になり、
予定がぐわらぐわらと崩れだしました。生活が大きく変わったのは 3月半ばすぎからでしょうか?
ラスト外食は3月18日の上海料理、
電車利用の外出の最後は3月27日
(これは観劇の最後でもありました)で、
あとはずうっとステイ・ホーム。
●シェイクスピア劇全37作の
翻訳を果たすまでは
その間、新たに始め、習慣になりつつあるのは、
朝晩欠かさず(うっかり忘れることもありますが)
血圧と体温と血中酸素濃度を測ることです。
初めのうちは血圧だけだったのですが、4月1日からは
体温計とパルスオキシメーターの出番となりました。
血圧計もパルスオキシメーターも、
昨夏に他界した夫の置き土産みたいなものです。
彼は最後の3ヶ月間、
在宅・訪問医療を受けていたので必需品でした。
毎朝テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」を
見るようになった(これも新たな日課)おかげで、
よい情報が得られ、誰にでも新型コロナウイルスに
感染する危険と人に移す危険があることを
肝に銘じています。
押しも押されもせぬ後期高齢者である私は、
いま新型コロナに感染するわけにはいかない。
それ以外の病気にかかるわけにもいかないのです。
シェイクスピア劇全37作の翻訳を果たすまでは。
4月14日には36作目の『ジョン王』の
「訳者あとがき」を書き終えて、
彩の国シェイクスピア・シリーズ第36弾としての
稽古開始と上演を楽しみにしていたのですが、
無念、全公演が中止になりました。
目下37本目、つまり最後の
『終わりよければすべてよし』に取り組んでいます。
最後の1作に取り組む
コロナ以前に断続的にやってきて
今現在は毎日欠かさずやっているのは、
1日に最低でも7000歩を歩くこと。
日々の買い物を兼ねて歩く。なるべく毎日違う道を歩く。
きょろきょろしながら歩く。
おかげでホントに雀のお宿になってる木があることとか、
バラを植え育てている家がこんなに多かったのか、
などという発見もあって、近所なのに
見知らぬ街に紛れ込んだような気分を味わっています。
スマホのグーグルマップがあれば
安心して迷子になれますし。
もう一つは庭仕事。朝と夕方、水やりや草取りを兼ねて、
必ず庭に出ます。植物は手をかければかけただけ、
ちゃんとお返ししてくれます。目で肥やすのも大事。
手をかけると、こんなにきれいに咲き誇る
発見と言えば、自分についての発見も。
自分で思っている以上に料理することが好きで、
食べることに意欲? がある。
積ん読切り崩しができたおかげで、
本さえあれば生きて行けるということを実感。
最近の「ヒット」はアボカド明太子(下の写真・中央)。
●「いつも心にシェイクスピア」
習慣とは別ですが、さいたま芸術劇場の隔月刊広報誌
『埼玉アーツシアター通信』へのエッセイ連載開始。
通しタイトルは「いつも心にシェイクスピア」です。
このフレーズの中の「シェイクスピア」は、
人口に膾炙した「いつも心に太陽を」の
「太陽」に当たりますが、それと同時に私としては
「年がら年中、アタマにシェイクスピアの
あれやこれやが宿題として引っかかってる」
「心から離れたことがない、うっとおしい」
という意味もこめたつもりです。
また、緊急事態宣言が解除されるまで、
さいたま芸術劇場のツイッターで1日一つ、
シェイクスピアの台詞を紹介することになりました。
担当のMさんと私とでセレクト。テーマは
「こんな時こそ口に出したいシェイクスピアの台詞」。
というわけで、順不同でシェイクスピアを読み返し、
改めて喚起力に富む
すごい言葉の宝庫だと感じ入っています。
●時間がたっぷりあるのはいい
3・11のあと、電気の使用を抑えようという
機運が高まり、繁華街のネオンサインは消え、
冬場には表参道の欅並木をはじめとする
イルミネーションも取りやめになりました。
電車の天井の蛍光灯も点灯するのは一つおきになり、
谷崎の『陰翳礼讃』ではないけれど、私は
このくらいの明度がちょうどいいと思ったものです。
ところが、あっと言う間に
またもやギンギンギラギラに戻ってしまった。
コロナ禍による自粛から生まれた
「新しき生活様式」で最大の収穫は、
「時間がたっぷりあるのはいい」ということの
再認識ではないでしょうか。
自分にとって何が「要」であり、
何が「急」であるかを確認しつつ、
元に戻らない方がいいと思える事柄も見極めたいものです。
プロフィール
翻訳家。演劇評論家。シェイクスピア全作の新訳(ちくま文庫版)に取り組んでおり、彩の国さいたま芸術劇場・彩の国シェイクスピアシリーズ企画委員の一人。旧満州新京生まれ。東京女子大学英文科卒業。東京大学大学院修士課程修了。1982年から97年まで東京医科歯科大学教養部英語助教授・教授。著書に『ドラマ仕掛けの空間』『「もの」で読む入門シェイクスピア』『深読みシェイクスピア』など、訳書に『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『くたばれハムレット』『ガラスの動物園』など多数。1942年生まれ。
(つづく)
2020-05-30-SAT