外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。
趣味から始まった歌舞伎の観劇が
いつしかライフワークとなり、
Hayano歌舞伎ゼミでは、
歌舞伎にめっぽう詳しい「歌舞伎にすと」として
ビジュアルから迫る歌舞伎の魅力を
語ってくださった辻󠄀和子さん。
先ごろは『歌舞伎の101演目解剖図鑑』という
大変な労作を完成されました。
生活の一部となっていた観劇が
手の届かないものとなった外出自粛のなか、
辻さんの観察眼と鑑賞眼は
いったいどこに向けられたのでしょうか?
●オンライン句会に遊ぶ
- ——
- 新たに始められたことは何ですか?
- 辻
- 俳句と写真です。
きっかけは参加しているアマチュア落語の会。
コロナ禍で集まれない事も原因で、
会員同士のグループLINEが立ち上がりました。
雑談目的ですが、
仲間内に俳句のベテランがいらっしゃり、
メンバー同士で自作の句を投稿し合っているのを見て、
やってみたくなりました。 - 同時に写真を撮る事も増えました。
といってもスマフォなので、本当にお手軽ですけれど。
私はイラストレーターでテレワーク歴は長いのですが、
今は遠出を控え、かわりに三密を避けて散歩しています。
道々、目にとまったものを撮っていますが、
同時にスマフォの画像編集機能も使うようになり、
今さらながら便利さに感心しています。
- 辻
- 家にいる時も鉢植えの植物を撮ったり、
句を作っています。
撮った写真に句を添えてグループLINEに投稿、
添削や感想をもらって、オンライン句会のような感じです。
朝、咲き始めたベランダの紫陽花を撮った時に作ったのが - 紫陽花は大家族また一人起き
- 出かけなくても作れるのも俳句の良いところです。
- 辻
- 雨の日に沖縄に行きたいなあと思って作ったのは
- 琉球の海も混ざるか路地の梅雨
- こちらは「琉球を、うちなーにする変化球もあるね」と
アドバイスをもらいました。うちなーとは沖縄を指す方言。
うちなーの海 だと、作り手が沖縄っ子なのかな?
と望郷の念も感じるような。
「緑雨」(りょくう)という、新緑の頃の雨を指す
美しい響きの季語も教えてもらいました。その後、
沖縄の「ちゅら季語」なるものをネットで見つけ、
「うりずん」(春、大地が潤って
稲の植え付けに適した季節)や「スコール」などを学び、
沖縄ならではの感じが楽しいです。 - とにかく全くの初心者なので、
季語についてよく知りたいと(季語を集めた)「歳時記」も
買いました。登山、昼寝、ビールは夏の季語なのですね。
意外な発見はもちろん、伝統的な風物や行事も登場し、
解説や例句を眺めているだけでも面白いです。
日本人が育んできた、
季節に対する細やかな感性を改めて知る思いです。 - どちらもささやかで個人的な事ですが、
日々の記憶を保存するように
ボチボチと作っていければいいなと思っています。
●「リアルな体験」は限りなく貴重
- ——
- 「守っていかなくてはいけない」と
強く思われたことはありますか?
- 辻
- アートやエンタテイメントなど
「リアルな体験」の仕組みと支え手の維持です。
劇場で見る演劇、映画館で見る映画、
美術館で見るアート、各地のお祭りなどは
動画で見ることも可能ですが、
たとえば花火大会でもわかるように、
実物は情報量が段違いです。
観客席のざわめき、火薬の匂い、風の涼しさ、
お祭りへの寄り道で偶然発見したものなど、
五感が重なって「こんなはずじゃなかったんだけど……」
という感想も含め、
頭で「わかったつもり」ではない能動的な体験は、
限りなく貴重で面白いと思うからです。
- ——
- コロナ禍が去ったときに
「忘れてしまいたくないこと」は何ですか?
- 辻
- 世の中には天災も人災もあるということでしょうか。
コロナ渦も天災である一方、
人類が地球に対して引きおこした人災とも
言えるのかも知れません。
「言うは易し」の筆頭かも知れませんが、
東日本大震災や戦争も、
簡単に忘れてしまわないようにと思っています。
プロフィール
イラストレーター 歌舞伎にすと兵庫県西宮市生まれ。嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科卒業。イラストレーターとして広告・出版物・カレンダーなどを中心に活躍中。豊富な歌舞伎の知識や、旅の経験を生かした文章も手がけている。著書に『ヒマラヤ旅の玉手箱』『恋するKABUKI』『歌舞伎にすと入門』『歌舞伎の解剖図鑑』などがある。東京新聞伝統芸能欄「かぶき彩時記」で、歌舞伎のイラストエッセイを好評連載中。最新刊は『歌舞伎の101演目解剖図鑑』。
(つづく)
2020-06-01-MON