18年間記者として勤めた日本経済新聞社を
2022年に退職し、フリーランスに。
現在はSNSに活動の場を移し、一般の人向けに
さまざまな経済情報を発信し続けている
ジャーナリストの後藤達也さん。
退社2年前からはじめたTwitter(現X)の
フォロワー数は、いまや60万人以上。
YouTubeやnoteでの情報発信もされていて、
不安定にも見えるSNSの世界のなかで、
非常に落ち着いて活動されています。
そんな「SNSに活動の軸を移したあと、
すごく元気にしている人」である後藤さんに、
糸井重里が「ほぼ日の學校」で、
その安定感の理由を聞きました。
共通の知人である高井宏章さん
(元日経の記者で2023年に独立)を交えた
事前の打ち合わせもとても面白かったので、
対談の様子とあわせてご紹介します。
※打ち合わせのトークは2023年5月15日、
対談は2023年5月29日におこなわれたものです。
後藤達也(ごとう・たつや)
2022年からフリージャーナリストとして、
SNSやテレビなどで経済情報を発信。
モットーは「経済をわかりやすく、おもしろく」。
偏りない情報を、経済や投資に
なじみのない方にもわかるように伝えていくことで、
国民の健全な金融リテラシー向上を目指している。
Twitterのフォロワーは60万人、
YouTubeの登録者数は26万人。
noteの有料会員数は2.5万人。
2004年から18年間、日本経済新聞の記者として、
金融市場、金融政策、財務省、企業財務などの
取材を担当し、22年3月に退職。
2016~17年にコロンビア大学
ビジネススクール客員研究員。
2019~21年にニューヨーク特派員。
日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、
国際公認投資アナリスト(CIIA)。
高井宏章(たかい・ひろあき)
1972年生まれ、名古屋出身。
経済コラムニスト、YouTuber、
日本経済新聞社の元編集委員(2023年6月退職)。
2023年7月にYouTubeチャンネル
「高井宏章のおカネの教室」を開設。
1995年、日経新聞入社。
マーケット、資産運用などを長く担当。
2016年からロンドンに2年駐在し、
2020年から退職まで編集委員を務めた。
「高井浩章」名義で出版した経済青春小説
『おカネの教室』は10万部超のロングセラーに。
Twitter、noteで経済にとどまらず、
書評や教育論など幅広い情報を発信。
三姉妹の父親で、趣味はビリヤードとLEGO。
ほぼ日のコンテンツでは、
国際政治記者の田中孝幸さんとともに
「新聞記者たちの、雑談。」にも登場。
(まずは、後藤達也さんと糸井による
「ほぼ日の學校」の打ち合わせトークの
様子をご紹介します。
この日は共通の知人で同じく元日経新聞の記者、
高井宏章さんも同席くださいました)
- 高井
- 前に3人でご飯食べたの、いつでしたっけ?
- 後藤
- 1年ぐらい前かなと思いますね。
- 糸井
- もうそんなに経ってるか。
- 後藤
- 私が独立して1~2か月のころですね。
でも遠い昔のようで(笑)。
もうなかなか会社員には戻れない体に
なっちゃったかもしれないです。
- 糸井
- あ、ほんと?
- 後藤
- はい。会社って縛られることが多いというか、
タスクも多いので。
いまは割と自分のやりたいことは
なんでもチャレンジできるところがあるので、
その居心地のよさに
「戻れないな」って感じがありますね。
- 糸井
- 自己決済の部分が明らかに増えますよね。
本当はみんながそうなれると
いちばんいいんでしょうけど。
- 後藤
- そうですね。
全員が全員なるのは難しいかもしれないですけど、
年々そうなりやすい時代に
なってきてるんじゃないですかね。 - 高井さんも最近、会社を辞めて独立されましたけど、
50歳前後の方が初めて転職するって、
従来だとなかなかなかったと思うんです。
だけどいまはそういう事例も増えて、
社会的にも「普通にあるよね」って感じに
なってきてると思いますし。
- 高井
- そうだと思いますね。
- 後藤
- 日本人って横並び意識が強いじゃないですか。
だからこういった独立についても
「あちこちで起こってる」となると、
みんな「まぁ、やっていいか」となるので、
それに備えて会社側も対応する流れが、
ここ2~3年、一気にできてきている気がします。
- 糸井
- ひとつ思うのは
「親族郎党と個人がけっこう切り離された」
という気がするんですよ。 - これまでってやっぱり
「親が」「妻が」「子どもの学校が」とか、
ひとりの人間が
「家族の単位」や「一族の単位」を持ってて、
そこでの判断が前に出てくることがすごく多かったけど、
そういう話がすごく減ったなあと。
社内を見ていて、思うことなんですけど。 - 家族や一族の単位で生きようが、個人で生きようが、
似たようなリスクやコストがかかることが、
理解されてきたんじゃないかなって。
- 高井
- 確かにその感じ、ありますね。
- 昨日たまたまNHKを見てたら、
プロ雀士の人が取り上げられてたんです。
そのなかで番組がご両親に
「息子さんがプロ雀士をやってることを
どう思いますか?」って聞くんですよね。
- 後藤
- 「放っといてくれよ」って感じですけど(笑)。
- 高井
- そのときのご両親がまさに
「いまどきサラリーマンでも、何やってても
安泰ではないし、自分の好きなことをやって
後悔しないんだったらそのほうがいいよな」
と言ってて。 - これをわざわざ言葉にして映像にするところが
NHKだなあと思ったんですけど。
- 糸井
- 何をしたってリスク高いですからね。
そういう流れはきっととっくに
はじまってたんでしょうけど。
コロナ禍があったのはけっこう大きいと思うんですよ。
- 後藤
- うん、そうだと思いますね。
- 高井
- あとは後藤さんや僕の場合は、
ネットの威力がすごく大きいですよね。
やっぱり、そこがあったから独立できたという。
- 後藤
- SNSやスマホっていう技術要因は大きいでしょうね。
いまは個人でエンドユーザーに
直接アプローチできる仕組みが、
かなり整備されてきてますから。 - 従来であれば新聞を発行するにあたっては、
原稿を書いて、編集して、印刷して、配達してって、
当然ひとりではできなかったわけです。
それがいまだともうTwitterで、
電気代も1円かからず秒単位で発信できて、
うまくアプローチできれば、何十万人、何百万人が見る。 - こういうことって芸能界とか音楽界とかでも
そうだと思いますけど。 - この状況って、従来の「マスメディア」という
組織の強みは奪われちゃってますよね。
- 糸井
- 後藤さんは日経新聞にいたときから、
1人での発信をされてますよね。
- 後藤
- はい。在籍期間の最後の2年ぐらいは、
記者であると同時にTwitterをやってましたね。
- 糸井
- その両方に実感を持ってやっていた2年間って、
とても大きな経験だったと思うんです。
そして、どちらも知った上で、
独立して個人で発信しよう、と決められたわけですよね?
- 後藤
- そうですね。
まぁ、どちらも一長一短だと思うんですけど。 - やっぱり組織ならではの強みもあって、
たとえばひとりじゃ取材しきれないテーマなんかは
ありますし、その協力みたいなものは、
いまとなっては失ったものだと思いますから。 - また個人でアプローチできるとはいえ、
「日経新聞」のようなブランドがあるからこそ
見てもらえる層もいるわけですよね。 - ただ大きな流れとしては、
年々、個人で発信するほうに
全体の比重が移ってきているとは思います。
- 糸井
- 組織である強みが大きい部分って、
やっぱりブランドというか、信頼性というか、
そういうところなんですかね。
- 後藤
- うーん、いままではそうだったんでしょうね。
- ただ新聞の話ばかりになっちゃいますけど、
従来だと「全国紙」というブランドは
ものすごく大事だったわけです。
そして、いまも一定量はありつつも、
年々ここは弱くなってるんじゃないかなと思います。 - いまはネットやSNSで、サクッとしたニュースは
いくらでも無料で出てきますし。
また、たとえば医者、弁護士、金融業界といった
専門家の方々にしても、
SNSで直接発信する人が多く出てきていますから。
人々のなかで
「新聞が情報の収集源だ」という意識は、
相対的に落ちてきてると思うんです。
- 糸井
- ああ。
- 後藤
- 実際に私自身、会社を辞めるときに
「日経」の看板を失うことで取材がしづらくなったり、
発信が弱くなったりするんじゃないか?と
いろいろ言われましたし、自分自身も懸念してたんです。 - だけどいま、ほとんど感じていなくてですね。
もちろん記者クラブみたいなところは
行きにくくなりますし、
面識のない企業へのアポ入れは
「日経新聞」と言ったほうが
受けてもらいやすいところはあると思います。 - とはいえ、いま自分が取材したいところは、
けっこう会ってくれたり話してくれたりしますし、
既存の取材先で
「後藤、もう日経にいないのなら意味ないから」
とかって切られた経験はまったくないんですね。 - もちろんTwitterのフォロワーが
ある程度いることもあると思うんですけど、
ある種、ひとつのメディア的なものとして
見ていただいている感じはあって、
「日経の看板を失ったらダメなんだな」
と感じることは、いまのところほぼゼロですね。
- 糸井
- そこは、それまでの後藤さんが
「日経」の看板をなるべく使わずに
生きてきたせいはないですか?
- 後藤
- ああ、でも私は18年ほど日経新聞にいて、
Twitterをはじめる前だけでも16年間いたわけです。 - そこで磨かれた発信の仕方ですとか、
そういうところは確実に日経のおかげですし。
Twitterの最初の2年間でフォロワーが一気に増えたのも
やっぱり名前のところに
「後藤達也(日経新聞)」と
入れていたからだと思うんです。 - これが当初、私の名前だけでやってたとしたら、
たぶんフォロワーの増え方は、
同じ発信をしてても違ったと思うんです。 - だからそのときどきでは、
本当に日経のおかげは感じてますし、
やっぱり在籍していたからこそ、
うまく移行できたところがあるとも思っています。
- 糸井
- いま、独立して1年たって
「ああこれは大変だったな」とか
思うことってありますか?
- 後藤
- やっぱり面倒なことは多いですよね(笑)。
それこそ会社を設立するとか、銀行口座つくるとか、
税金どうするとか、社会保障どうするとかとか。 - 会社員のときは、そのあたりはぜんぶ会社に
やってもらってたので。
「いままで本当におんぶにだっこだったんだな」
というのはすごく気づくところですね。 - 税金なんて、会社員だとすごく意識が
希薄な人がほとんどだと思うんですよ。
手取りの月収を知っていても、
年間所得税をいくら払ってるかを答えられない人は
たぶんめちゃくちゃ多いと思いますし。
- 糸井
- でも、1年経つとだいたいわかるでしょ?
- 後藤
- はい。1周回って、たぶん2周目は
かなり楽にいけるかなって気はします。
けど「こんなにわかってなかったんだ」っていう(笑)。
- 糸井
- そのあたりの話はフリーになった人、
みんなしますよね。
- 後藤
- だからこれからフリーになる可能性を考えてる人は、
それなりに考えておいた方がいいかもしれないですね。
けっこうバタバタすると思うので。
(つづきます)
2023-09-21-THU