脳研究者の池谷裕二さんと糸井重里が、
教育というテーマを入口に、
ほぼ日の生放送で語り合いました。
その内容をテキストで公開いたします。
そもそもの脳のしくみ、
人が出会うことのおもしろさまで、
話題は予想外の方向に連鎖していきます。
脳も人も同じように、
孤独とつながりを行き来しています。
ふたりのやわらかく広がっていくおしゃべり、
全4回です。どうぞ。
*
この内容は後日「ほぼ日の學校」で
動画で公開いたします。
池谷 裕二(いけがや ゆうじ)
1970年生まれ、静岡県出身。
東京大学薬学部教授。薬学博士。
ERATO脳AI融合プロジェクト代表。
研究分野は脳の神経回路に内在する
「可塑性」のメカニズム解明。
2013年日本学術振興会賞および
日本学士院学術奨励賞、
2015年塚原仲晃記念賞、2017年江橋節郎賞。
第4回
始まりは小さな橋から。
- 糸井
- 池谷さんが今いちばん楽しいのは
何をしているときですか?
- 池谷
- いろいろなことが楽しいです。
ぼくは九九ができないことで知られているんですが、
二年前に、娘と一緒に
「よ~し、これはいい機会だ!」
って、一緒にちょっとずつ覚えてゆきました。
これ、楽しいですね。
今半分くらい言えるんですけど。
- 糸井
- え、今もまだ半分ですか?
- 池谷
- そう、若干の敗北感はあるんですよ、
子供のほうが覚えるの早くて。でも、
次女のときに再チャレンジで言えるようになります、
大丈夫です(笑)。
- 糸井
- 九九といえば、
僕は『ファスト&スロー』の考え方が
すごく好きです。
九九って、
スローな思考を飛ばしてファストにする
テクニックですよね。
そこにはきっと、スローとファストをつなぐ
「ブリッジ」がある。
- 池谷
- そうですね。
ブリッジ、大切です。
- 糸井
- スローでなければできなかった運動を、
ファストな思考で解決して、
解決した経験を積み重ねていく。
たとえば運動選手の練習と、
頭で考える物事の思考の練習も、
重ね合わせられるんじゃないかな。
- 池谷
- なるほど、そうですね。
けれどもまずは、身体あっての脳なので、
ボディがとても重要です。
ボディってほんとに面白くて、
右手だけしか練習してないのに、
右手が上手になったら、
左手でもできるようになるんですよ。
こう変化では、ファストな裏に
スローなプロセスが絡んでいます。
- 糸井
- それは面白いですねぇ。
スローとファストを組み合わせて考えていくと、
間違いについても寛容になれる気がするんです。
たとえば、人が一生懸命考えをひねり出して、
間違ったことを言っていたとしても、
それを「いいな」と思うだけで、
自分の脳にも間違えることを許せますよね。
- 池谷
- そういえばちょうど今、
失敗したり間違えたりすることについての論文を
書いているんですよ。
- 糸井
- へぇえ!
- 池谷
- 間違えるとやっぱり人は凹むわけです。
その「失敗して凹むこと」に使う脳の場所が
前頭葉の一部に見つかりまして。
- 糸井
- おぉ。
- 池谷
- その領域は、
失敗して凹むんだけど、
それを克服しようという、
モチベーションを生む場所と
同じ場所だったんです。
- 糸井
- なるほど。
- 池谷
- その場所を麻痺させると、
失敗にとても敏感になってしまって、
つまずくと、すぐ「もうダメだ」と、
やめちゃうんです。
するとどんどん成績が悪くなってしまう。
反対にそこを刺激したら
不屈の精神を手に入れます。
実際、失敗しても凹まずに、
どんどんどんどん頑張りました。
けれども、それもまた、成績悪いんですよ。
- 糸井
- え(笑)。
- 池谷
- (笑)そうなんです。
結論をいえば、「健康」とは、
「失敗に対する感受性を、
バランスよく持ってることだ」
ということが、
研究で分かりました。
- 糸井
- 素晴らしいですね(笑)。
そういう論文を書いているということは
もしかして、池谷さんはいま凹んでるってことでしょうか。
- 池谷
- 今は、子供に九九で負けて凹んでるので、
リベンジしないとですね。
- 糸井
- そうやってクヨクヨするっていうのも。
- 池谷
- アクティブな行為なんですよ。
- 糸井
- ですねぇ。
自分の中の「かさぶた」みたいな、
ヒリヒリする部分って、
人のいないところでジーッと
見てみたいものだから。
- 池谷
- やっぱり「自己観察」が基本です。
「凹む」というのは、
コントラストをつくるための
スパイスみたいな感じなんでしょうかね。
- 糸井
- かもしれないですね。
すると、さっき言った
「ブリッジ」にあたるところを
いつもリペアしておくことが
とても大事ですね。
- 池谷
- 「ブリッジ」って
すごく重要なキーワードだと思います。
「かさぶた」がヒリヒリするだけではダメで、
ブリッジがあることによって
楽しみの側が輝いてきますから。
- 糸井
- そうですね。
「ブリッジ」というのはつまり
「関係」という言葉ですね。
ぼくの頭の中には、吉本隆明さんが生み出した
「関係の絶対性」という言葉が
呪文のように、ずっとあるんです。
- 池谷
- 「絶対性」。
- 糸井
- 単純に言えば「ポン」と手を叩いた時に、
右手と左手の関係が否応なく生まれます。
あるとき、アマゾンの奥地で
死んでいく蝶の映像を見て、
「この蝶が映像に撮られていなかったら、
ぼくは知らなかったんだ」
と思って、ジーンとしたことがありました。
そういうことだらけなわけですよね。
今も海が鳴ってるんですよ、どっかで。
「鳴ってるんだ」って思った途端に、
知りもしなかった海との関係が
ぼくらの中に生まれます。
- 池谷
- そうか‥‥!
ぼくが神経細胞のシナプスが好きな理由が
いま分かりました。
シナプスは「つながり」であって、
「関係」そのものなんですよね。
シナプスって、いつも隣の細胞に
「ブリッジ」をかけてるんですよ。
- 糸井
- ああ、それがなければ
始まらないんですもんね。
- 池谷
- そうなんです。
そしてそれは、弱いつながりでもいいんですよ。
とにかくつながろうとするんです。
- 糸井
- 神経細胞が「be動詞」だとすれば、
関係を探しているシナプスは「do」、
つまり「動き」ですよね。
- 池谷
- 考えたことなかったです。
たしかに「be」と「do」です。
- 糸井
- で、「do」が「be」という
「存在すること」を生むんですよね。
- 池谷
- そうです。
「do」は「be」を際立たせるし、育ててあげる。
でも、そもそも「be」がないと存在もないので、
「be」も絶対必要なんです。
そして、「be」を「be」たらしめてるのは
「do」です。
- 糸井
- そうですよね。
で、「do」はステキですよね。
- 池谷
- そう。
「be」より「do」が、私は好きです。
- 糸井
- 私もですね。
- 池谷
- いやはや、
「関係」ですね。
- 糸井
- この「do」観で終わりましょうか。
- 池谷
- 「do」観です、はい(笑)。
(おしまいです)
2023-02-11-SAT