日本のポップオペラの第一人者として
大活躍しながら、
文楽の太夫さんと結婚し
日本の伝統芸能の世界に入ったことで、
まったくとつぜん、
第一線から退いた歌手がいました。
増田いずみさん、です。
歌を歌わなくなってから１０年を過ぎ、
増田さんは、
もういちど歌を歌おうとしています。
偶然のようにして
増田さんの歌声に触れて感動してきた、
「ほぼ日」奥野がうかがいました。
増田いずみ（ますだいずみ）
国立音楽大学、同大学院オペラ科終了。
数々のコンクールで賞を獲得。
同時に「フィガロの結婚」「電話」「霊媒」
「ウィンザーの陽気な女房たち」
「シモン・ボッカネグラ」「第九」
「フォーレのレクイエム」
他に出演するなど実績を積む。
１９９７年、
文化庁オペラ在外研究員（フェロウシップ）に選ばれ、
３年間ニューヨークのジュリアード音楽院教授
ダニエル・フェロウ氏に師事し声楽を学び、
ハンター大学では演劇を学ぶ。
この留学を契機に
アメリカ・オペラ、現代音楽、
ミュージカルやポップスに無限の可能性を確信する。
２０００年に帰国後、六本木スイートベイジルにて
「ＹＺＵＭＹポップ・オペラ・コンサート」を開催し、
自らの音楽性をアピールする活動を開始。
２００１年、宮本亜門演出「キャンディード」で
長期のプリマを務め好評を博した。
２００２年、
イタリアの作曲家エンニオ・モリコーネから
オリジナル曲をもらい、
ＮＨＫ大河ドラマ「武蔵」でその曲が披露される。
２００３年３月、
デビューＣＤ「ヒール・マイ・ハート」をリリースし、
タイトル曲は
２００４年公開映画「クイール」の挿入歌としてヒット。
２００４年には、
人気ゲーム『ファイナルファンタジーⅪ』最新作の
エンディング曲を歌う。
２００５年に文楽の竹本織太夫と結婚、
その後、芸能活動を中断。
- ──
- 途中まで、ある意味、
きっちり決まったレールの上のお話を、
うかがっていたんですけど。
- 増田
- ええ。
- ──
- いきなり、急に、唐突に、
思いもよらない方向から
矢沢永吉さんが登場してビックリです。
- 増田
- わたしのYAZAWA様です（笑）。
- ──
- いったい、どういった経緯で‥‥。
- 増田
- いいんですか？ お話しても？
- ──
- もちろんです。お聞かせください。
- ここでスルーしたら、
読者から大ブーイング食らうと思います。
- 増田
- 中学時代に、山口に引っ越したんですね。
父親の転勤で。
- ──
- さっき、おっしゃってましたね。
- 増田
- そのときに、友だちが、
永ちゃんの本を「餞別」にくれたんです。
- ──
- それってつまり、『成りあがり』ですか。
- 増田
- そう。
- ──
- 弊社の社長がつくった本です。
- 増田
- 知ってますよ。もちろん。
- もう、あの本を読んで、
ぐわんぐわん揺さぶられちゃいました。
すぐにコンサートに行って、
もうね、最前列から２列目かなんかで。
- ──
- めっちゃ前じゃないですか。
- 増田
- 矢沢永吉というアーティストの、
歌、姿、声、存在そのものに、
もう一気に、引き込まれていきました。
- ──
- すごい。
- 増田
- 永ちゃんの言葉が、心に突き刺さって。
糸井さんの編集力もすごいし。 - あの本がなかったら、
たぶん、わたし、歌手にはなってない。
- ──
- そこまでの本。バイブルですね。
- 増田
- 何だろう、自分の人生すべての場面を、
この本とともにありたいと思いました。
- ──
- そんな増田さんの姿に、
お母さま、いったいどのような反応を。
- 増田
- もう‥‥ボコボコにされました（笑）
- ──
- ボコボコ！
- 増田
- だって迷彩みたいな服を買うわけです。
親には黙って、コッソリ。
- ──
- それまで
フランス人形のようなお召し物を着て、
将来、
コンクールで優勝するほど美しい声で、
オペラを歌っていた女子中学生が。
- 増田
- パラリラパラリラの車に乗って（笑）。
- ──
- パラリラパラリラ！
- 増田
- そう、永ちゃんのライブで、
そういう人たちと意気投合しちゃって。 - 家まで送ってやるっていわれて、
そういう車に乗せてもらって帰ったら、
鍵がガッチリ閉まってたんです。
- ──
- オカンムリ‥‥というわけですね。
- 増田
- しかたないからインタホンを押したら、
中から
仁王立ちをした両親が現れました。 - ふたりからバチーンとひっぱたかれて、
迷彩服は、ビリビリに（笑）。
- ──
- ある意味、
より迷彩服らしい感じになって（笑）。
- 増田
- そんな日々でした。
矢沢さんを知ったあとの、わたしは。
- ──
- ロックをやろうとは思わなかった？
- 増田
- はい、やりたかったです。とっても。
ロックも、ポップスも。 - サザンオールスターズのブームも
来ていたし、
忌野清志郎さんも
「どうしたんだ、ヘヘイ、ベイベー」
って歌ってらしたし、
わたしも
ギターを「ジャカジャーン！」って、
やりたかったんです（笑）。
- ──
- でも、やらなかった。
- 増田
- 母が
「クラシックをやってからでも
ポップスはできるけど、
ポップスをやってから
クラシックはできないわ」と言って、
かたくなに。
- ──
- わあ、お母さま、
そこは冷静に、でも頑として譲らず。
- 増田
- でも、たしかに、そうなんですよね。
- だから、そのことは、今でも、
すごくありがたい助言だったなって。
- ──
- なるほど。
- 増田
- そのあとも、プロの歌手になってから、
いろいろな番組で
「大好きなんです！」って言ってたら、
誰かが
「変なオペラ歌手がいるぞ」って、
永ちゃんに、連絡してくれたみたいで。
- ──
- ご本人に。
- 増田
- それで、あるときＮＨＫのラジオ番組に、
矢沢さんと、
ご一緒することができたんです（笑）。
- ──
- わー、すごい。どうでしたか。
- 増田
- ずーっとポワーっとしてしまって‥‥。
何を話したか、覚えてないくらい（笑）。
（つづきます）
2020-07-05-SUN
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撮影協力：川 SEN 撮影 ：木村 有希