JAXAの「地球観測衛星」について聞く
不定期シリーズ第4弾は、
「パラボラアンテナ篇」をお届けします。
地球観測衛星はもちろん、
宇宙の彼方の惑星探査機などと交信する
巨大パラボラアンテナについて、
その魅力や役割を、たっぷり聞きました。
直径64メートルもの巨大な「お椀」を、
「1000分の1度」の精度で動かすって、
ちょっと、信じがたいんですけど‥‥!
びっくりするようなお話ばっかりでした。
担当は「ほぼ日」奥野です。
正直アンテナにさほど興味なかったけど、
いまめちゃくちゃ気になってます。

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第4回 見えない電波が‥‥見えてくる (くらいの気持ちで)。

──
ちなみにですが、領木さんって、
いつごろアンテナに開眼されたんですか。
領木
電気電子工学系の高専に通っていたとき、
JAXAの相模原キャンパスへ
インターンに行かせていただいたんです。
高専では大電流と大電圧の送電が専門で、
電波は専門外だったんですけど。
──
ええ、ええ。
領木
そのとき、はじめてアンテナを見て。
──
開眼?
領木
はい。臼田の64メートルを見たんです。
19歳のときでした。
あの‥‥真っ白くて巨大なお椀と、
それを支えるバックストラクチャ‥‥
「骨組み」が、パアッと目に入ってきて。
64メートルのお椀を支える構造、
ひずみをうまく逃がしたりするための
「骨組み」が、
本当に綺麗で‥‥かっこよかったんです。

64mパラボラアンテナ ©JAXA 64mパラボラアンテナ ©JAXA

──
神々しいものを見た、かのような。
領木
結局、パラボラアンテナって
お椀がメインなんですよね、やっぱり。
お椀が綺麗に維持されていなかったら、
宇宙からの電波も受信もできないし、
重要なコマンドを送ることもできない、
わけなんですけれど。
──
ええ。
領木
はるかかなたの衛星と交信するために、
あんな大きくて精緻なお椀を、
山の上とか高くて辺鄙なところへ置く。
何て変態的なことをやってるんだ、と。
──
で、ご自身も関わりたい‥‥と?
領木
はい。わたしが、
あのアンテナの面倒みなきゃ‥‥って。
──
すごい! アンテナの母!
安部
ぼくは入社以来、
地球観測衛星を担当していますが、
JAXAのなかには、
「地球観測衛星マニア」って
おそらくいないんです。
最初は業務として関わって、
だんだん愛着が出てくる感じです。
マニアがいるとすれば、一般の人です。
だから、領木さんと深田さんって
「JAXAの中のマニア」という意味でも、
めちゃくちゃレアな存在んですよ。
深田
わたしを一緒にしないでください!
領木
いやいやいや。
安部
いやいやいや。
深田
ぼくは領木さんに影響を受けただけです!
──
どうしてそこまで頑なに(笑)。
安部
テレビの「マツコの知らない世界」で
「パラボラアンテナの世界」
をやるとしたら、
ふたりは絶対に出る資格がありますね。
深田
いやあ‥‥でも、領木さんの
「お世話をしたい、面倒みたい」って、
ちょっと別次元だと思うなあ。
ロケットとか人工衛星とか
JAXAの有名コンテンツならともかく、
「アンテナの面倒をみたい」
って聞いたことないです。正直言って。
──
愛おしい‥‥んですか。アンテナが。
領木
はい、愛おしいですね。
64メートルを支える、あの構造が好き。
とくに、アンテナを
45度ないし20度くらいに傾けたときの、
あの後ろ姿が、もう。
──
「推しの角度」があるんだ(笑)。
領木
あります。
──
いまさらですけど、
パラボラアンテナのお役目というのは、
宇宙にいる人工衛星や
惑星探査機と情報をやり取りすること、
なわけですよね?
すみません、ただの確認なんですけど、
ここから読んだふつうの人には
まるでアンテナの話に聞こえないかも、
と思いまして(笑)。
領木
そうですね、はい(笑)。
宇宙から飛んできた電波を集めること、
あるいは、地上局から
衛星へ向かって電波を送ってやること。
それが、アンテナの基本的な役割です。
安部
はやぶさ2をはじめ、
はるか遠くの深宇宙にいる探査機には、
大きなアンテナで
強力な電波を送らなければ届きません。
そのために、
巨大なアンテナを建造しているんです。
──
いやあ、宇宙の「ロマン」を感じます。
深田さんもおっしゃってましたが、
アンテナのずーっとずっとずっと先の
遠い宇宙には、人工衛星とか
惑星探査機が「いる」わけですもんね。
安部
はい、電波が届くまでに
めっちゃ時間がかかるようなところに。
領木
ええ。遠いところでは、片道40分とか。
安部
ぼくのやってる地球観測衛星なんかは、
近いところの宇宙なんで、
ほぼリアルタイムにやりとりできます。
でも、惑星探査機くらい遠いと、
つまりは、過去の情報しか得られない。

安部さんの推しアンテナ、勝浦SX局。安部さん撮影&提供 安部さんの推しアンテナ、勝浦SX局。安部さん撮影&提供

──
電波の速度って光の速度ですよね。
1秒間に地球を7周半する光の速度で
何十分も行ったところ‥‥って、
「本当にいるの?」って気すらします。
深田
そのへんを計算して割り出すのが、
さっきも話に出た軌道力学チームです。
ま、とにかくわけのわからない計算で
軌道力学が出したところへ
ピンポイントにアンテナを向けないと
衛星には電波を送れません。
1000分の1度でもズレてしまったら、
はるか先の宇宙空間では、
まったく
別の場所へたどり着いちゃうんですよ。
──
ええ、ええ。そうですよね。
領木
見た目はもちろんですけど、
そこが、アンテナの最大の魅力ですね。
とにかく64メートルとか54メートルの
でっかいお椀で、
ひずみや熱変形に対応しながら、
1000分の1度の細かい角度を調整して
電波を送っていることの、すごさに‥‥。
──
シビレちゃって。
領木
そうなんです(笑)。
──
いちばん大きなアンテナで、
どれくらい先の宇宙まで届くんですか。
深田
はやぶさで‥‥3億キロとか?
──
3億‥‥キロ‥‥わからない‥‥。
深田
はい、頭では理解できない距離ですが、
とにかく軌道力学の計算で、
3億キロ先の1点に
ピンポイントで照準を定めてるんです。
そこへ地球からの電波を届けて、
そこから帰ってきた電波を受け取って。
──
そんなピンポイントのやりとりって、
生身の人間の能力では、
100メートル先でも難しいですよね。
人間が積み重ねてきた技術の力って、
とんでもないんだなあ。
安部
とくに、パラボラアンテナくらいの
大きな構造物になると、
机上の設計で抑え込むんじゃなく、
お椀の貼り合わせなどをはじめ、
職人の「腕」にかかっている部分も
相当あると思いますし。
──
人間の熟練度も大きなファクターだと。
なるほど。
少しいじわるな質問かもしれませんが、
一般世間ではサブスク全盛の昨今、
「所有」の在り方も多様化するなかで、
そこまで苦労をしてつくって、
自前で
大きなアンテナを運用してる理由って、
どこにあると思われますか。
領木
たしかに、海外のアンテナを貸りれば
衛星との通信はできますし、
実際に、貸してもらうこともあります。
でも、そのつど高いお金がかかります。
それに、JAXAの研究成果と交換で
海外の宇宙機関から通信時間をもらう、
みたいなケースもあって、
そうなると、
日本の研究成果が流失してしまいます。
──
なるほど。
領木
やっぱり日本がほしいと思うデータは、
海外に頼らず、JAXAとして
きちんと
自分たちで獲得するべきだと思います。

安部
自分のところで
アンテナを持ってる持ってない‥‥は、
大きいと思っています。
逆に、アンテナ使わせてあげるので、
そっちのデータをくださいとも言えますし。
でも、自前のアンテナがなければ、
取引材料が「お金」しかないんですね。
──
ええ、ええ。
安部
各国の研究機関って、
お互いの知識と技術を持ち出し合って
協力しあっているので、
「お金しか払わない」と思われたら、
どれくらい、信頼や尊敬を得られるか。
世界のみんなで努力して
科学技術を発展させていくんだという
気持ちがあるので、
基幹部分である
研究成果の共有に貢献できなかったら、
世界の研究機関と
対等な立場に立てない‥‥と思います。
──
なんとなくわかります。その話は。
安部
たとえば温室効果ガスに関しては、
日本は重要なデータを持っていますが、
人工衛星やアンテナが借り物で、
もっとも根源的なデータを
自前で持てていなかったら、
どれくらい発信力を維持できるか、と。
深田
海外の技術に頼ってばかりでは、
技術者が育たなくなってしまいますし。
──
そうですよね、たしかに。
こんなアンテナをつくれてしまうこと、
その知識や技術自体が、
何というか‥‥国の「宝」ですもんね。
安部
はい。宇宙事業について、
そんなふうに思っていただけたら‥‥
ぼくらも、はげみになります。
──
宇宙にしても何にしても、
人材こそが礎になるものでしょうしね。
深田
あの‥‥アンテナの運用をやってると、
「見えてくる」ような気がするんです。
──
えっ! 電波が、ですか!?
深田
気持ち的には、ですよ(笑)。
領木
いや、見えてきます。
──
すごい人材だ!(笑)
領木
ふふふ(笑)。
でも「見えるはず」くらいの気持ちで、
わたしたちは、
日々、アンテナに接しているんです。

(おわります)

2023-02-10-FRI

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