JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第5弾です。
衛星の「開発篇」から
前回の「パラボラアンテナ篇」と、
徐々に深い領域へと踏み込んできましたが、
今回は「周波数調整篇」です。
何それ? ‥‥と思った方、多いですよね。
人工衛星って、他の人工衛星と
電波の周波数がバッティングしないように、
事前に「調整」するらしいんですよ。
案内人のJAXA安部さんいわく
「これ以上、マニアックな宇宙の取材も
そんなにはないかも」とのこと。
もちろんこちらには何の知識もありません。
ICレコーダーだけを手に、
裸一貫でぶつかってきました。
人工衛星の周波数調整とは、いったい何か。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- 電波、周波数という
目に見えないものを「調整」するために、
他の人工衛星に配慮したり、
世界の宇宙関係者からお返事を待ったり、
いろんなご苦労があることを知りました。
- 安部
- 周波数帯が被ってさえいなければ
問題ないんですが、
被っていると調整が大変なんです。 - 敵もさるものって感じで、
けっこう強気なふっかけをしてくる人も
いたりしますしね。
- ──
- タフなネゴーシエイションもある、と。
- 安部
- いや、交渉は、かなり大変なんですよ。
世界の周波数業界って、
担当がずっと同じだったりするんです。 - NASAならNASAで、
「NASAの周波数を30年やってますが」
みたいな人だったり。
- ──
- NASAのミスター周波数‥‥。
「俺が周波数だ!」みたいなことですか。 - そりゃあ、手ごわそう。
- 安部
- 海外では、
日本の総務省にあたるような省庁や
電波を使う企業の周波数担当みたいな人は、
ほとんど変わらないことが多いようで、
みんなだいたい「顔見知り」なんです。 - だから、世界の周波数調整の会合でも、
「論理」だけではなく、
「今回は、こっちの衛星で
お前んとこの言い分を聞いてやるから、
このあと上げるうちの衛星では、
ちょっと大目に見てくんないかなあ?」
みたいなやりとりなんですよ。
- ──
- 生々しい!
- 安部
- 各国の衛星の周波数の優先順位が
入れ子状態になっていると言いますか、
ある衛星に対して
こっちの権利を主張すると、
相手国の
さらに高い優先順位を持った衛星から、
クレームがきたりするんです。 - そんなふうにして、
おたがいに牽制しつつ、協力しつつで。
- ──
- 周波数というものは調整されていくと。
見えない電波をめぐる人間ドラマだ。
- 稲岡
- これは聞いた話ですけど、
以前、ある国へ周波数調整に行ったら、
ほとんど軍人みたいな人が出てきて、
交渉中に
ニコリともしなかったと言ってました。
- ──
- コワモテさん! それは要求しづらい!
- でも、丁々発止の世界なんでしょうし、
交渉に適した人が出てくるというのも、
わかる気がしますね。
- 安部
- 日本におひとり、
すごく有名な調整役の方がいるんです。 - 本当にモメちゃうような、
難しい案件のときは、
その方にも出ていただくんです。
- ──
- へええ、調整役の人‥‥?
- 安部
- はい、JAXAの方ではないんですけど、
長くJAXAの仕事を
請け負ってくださっているんです。 - 周波数コンサルタントと言いますか。
- ──
- そんな方がいらっしゃるんですか!
- 安部
- ええ、いらっしゃるんです。
日本の衛星の周波数調整と言えばこの方、
みたいな。
- 稲岡
- 本当に、よくお名前を聞きます。
- ──
- すごいなあ。
人工衛星のもろもろの周波数の調整を
一手に請け負ってるってことですか。 - そんなお仕事、よく開拓しましたね。
- 安部
- ただ「周波数コンサルタント」って、
世界では、
ふつうにポピュラーな仕事なんです。
- ──
- え、そうなんですか。
- 安部
- はい、周波数というものは
「権益」のような側面がありますし、
その交渉には、
専門的な能力が必要なんですよね。 - 海外の周波数担当者に
顔が利いたりしなきゃいけないし、
調整のさいには
さまざまなクレームがくるんですが
その方に相談をすると、
「この国には、
こういう返事をすればいいんだけど、
こっちの国には、
ちょっとこういう工夫が必要ですね」
とか教えてくださるんです。
- ──
- プロの宇宙の交渉人がいるなんて‥‥。
おもしろい‥‥!
- 安部
- 「この国のこの衛星は、
実際は計画がほぼ進んでいないので、
とりあえず
クレームをつけてきてるだけだから、
当たり障りのない内容で
返しておけばいいよ」
みたいなアドバイスをくださったり。 - 国だとか担当者によって千差万別で、
対応にそれぞれコツがあるらしくて。
- ──
- 宇宙の交渉は、一筋縄じゃいかないと。
- じゃ、そのお方はつまり、
人工衛星の電波にまつわる最新事情に
つねに通じていないと‥‥。
- 安部
- 務まりませんね。
- 稲岡
- 各国の担当者のこともよく知っていて、
そのことも大きいと思います。 - 担当者のパーソナリティーが、
周波数の調整にはけっこう重要だから。
- ──
- なるほど‥‥見えない周波数をめぐる、
人間対人間の交渉ですもんね。 - 「見えているのは相手だけ」なわけだし。
- 稲岡
- そう、対応の仕方も
各国担当者の性格などなどに鑑みて
「この人には、
こういう感じで返事したほうがいい」
とか‥‥勉強になります。
- 安部
- ぼくの同期が、静止衛星の周波数を
調整してるんですが、
そっちは、もっとシビアなんですよ。 - なぜなら、静止衛星って、
ずっと同じところに止まってるんで、
周波数が被ったら、
えんえん被りっぱなしになるんです。
- ──
- あー、干渉が瞬間的じゃない。
- 安部
- 静止衛星って、通信放送や
気象関連をはじめとした
重要なインフラも入ってますから、
調整も、シビアになる傾向があります。 - にっちもさっちもいかなくなったら、
二国間調整といって、
クレームをつけている国と、
つけられた国同士が
じかに話し合って調整に臨むんです。
- ──
- 直接対決。
- 安部
- クレームをつけられた側が、
クレームをつけてきた側の国に行って、
調整するんですが‥‥。
- ──
- つけられた側が、つけた国に。
そうか、つけた国のほうが先輩だから。
- 安部
- ええ、先に申請を出していた衛星のほうに、
高い優先順位があるので。 - で、彼らのところへ行って、
「これこれこういう理由で電波を使います」
と調整を試みるんですけれど、
その場面には必ず、
先ほどの周波数コンサルタントの方に
帯同していただいてますね。
- ──
- そんなにシビアでハード、なんですね。
静止衛星の周波数調整って。
- 安部
- 国や機関によっては、
きつい干渉見積もりを出してくるんです。 - あなたの衛星は、
これくらいうちの衛星に干渉するから、
送信時の電波の出力を半分にしてくれだとか、
運用時間を半分にしなさいとか、
めちゃくちゃな要求を突きつけてくる。
- ──
- どうするんですか、それ。
- 安部
- いやあ、そんな要求を飲んじゃったら、
衛星を運用できませんから。 - 「いやいや、こういうルールに従って、
こうやって計算すると、
これくらいの干渉率になるから大丈夫」
みたいに、
粘り強く交渉していく必要があります。
- ──
- ある計算の数学的な結果は一定だから、
どう言うか、何を主張するか、
どこに焦点を当てるか‥‥とか、
交渉のテクニックが
重要になってくるんでしょうね。 - 周波数調整、オトナの世界‥‥。
- 安部
- ただ、NASAだったりESAだったり、
干渉率を詳細に解析して、
具体的な数字を出してくるところは、
まだ対策が打ちやすいんです。 - たった一枚の紙切れに一言、
「懸念がある」みたいなクレームを
つけてこられると‥‥困る。
- ──
- ああ、なるほど。
どう反撃していいかが、わからない。
- 安部
- で、そういうときに、
周波数コンサルタントの方に聞くと、
対応策を考えてくれるんです。
- ──
- 本当にすごいですね‥‥その方。
- あの、「電波」というものは、
ドイツのヘルツさんが
その存在を実験でたしかめる前、
もっと言えば人類誕生以前、
宇宙のはじまりからありますよね。
- 安部
- ええ。
- ──
- それを、人間が免許や資格をつくって
扱うことのできる人を限定して、
たがいに権利を主張して、
管理して利用しているわけですけど、
それって、
よく考えると不思議だなと思うんです。 - そんな、目に見えず、
手にも取れないものを奪い合うように。
- 安部
- たしかに。ITUなんていう
取りまとめの世界的組織までつくって。
- ──
- あと、なるほどなあと思ったのは、
軌道や電波の周波数が決まってないと、
人工衛星も打ち上げられないこと。 - ロケットが出来たから打ち上げますよ、
ってわけには行かないんだな、と。
- 安部
- そうなんです。
- まあ、あるていどの範囲内での変更は
認められているんですけど、
はじめに出した「この幅でやります」
を踏み越えてしまうと、
周波数の行列に並び直しになりますね。
- ──
- 周波数の行列!
- 稲岡
- はい。人工衛星というものは、
徹底的に、はやく申請したほうが強い。 - APIという資料をITUに提出したあとに
衛星の設計上、
電波の出力を上げざるを得なくなったら、
あ、はい、それでは
行列の後ろに回ってください‥‥って。
- 安部
- そうそう(笑)。
- ──
- ふりだしに戻る‥‥!
- 安部
- あるていどプロジェクトが進んでから
並び直しになっちゃうと、
打ち上げに間に合わない可能性もある。 - 打ち上げまでの開発期間って、
だいたい5年とか6年なんですけれど、
周波数の調整も、
4年から5年くらいかかってくるので。
- 稲岡
- あと、干渉の基準があるんですが、
それが、めちゃくちゃ厳しいんですよ。
- ──
- そうなんですか。
- 稲岡
- 干渉ゼロって、なかなか難しいんです。
- だから何%までなら許容しましょうと
ITUが提言してるんですが、
それが「0.0025%」みたいな値で。
- ──
- それは、具体的には‥‥どういった?
- 稲岡
- 1年間で、干渉の時間を
100秒、200秒に収めろみたいな話。
- 安部
- ぼくらの地球周回衛星は1日に10数回、
それぞれ1回につき、
10分くらいは通信してるんです。 - それなのに「年間100秒」って。
- ──
- なるほど、そりゃ厳しい。
- じゃ、その「0.0025%」を超えると、
「あなたがた干渉してますよ!」と。
- 稲岡
- そう、言われちゃうんです。
(つづきます)
2023-03-02-THU
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シリーズ、ぞくぞく更新予定!