JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第5弾です。
衛星の「開発篇」から
前回の「パラボラアンテナ篇」と、
徐々に深い領域へと踏み込んできましたが、
今回は「周波数調整篇」です。
何それ? ‥‥と思った方、多いですよね。
人工衛星って、他の人工衛星と
電波の周波数がバッティングしないように、
事前に「調整」するらしいんですよ。
案内人のJAXA安部さんいわく
「これ以上、マニアックな宇宙の取材も
そんなにはないかも」とのこと。
もちろんこちらには何の知識もありません。
ICレコーダーだけを手に、
裸一貫でぶつかってきました。
人工衛星の周波数調整とは、いったい何か。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第2回 第一級陸上無線技術士の資格を ペロッと取ってこい。

──
具体的に「周波数の調整」っていうと、
正直、
何のイメージも浮かばないんですけど、
実際には何をしてらっしゃるんですか。
安部
いくつかのステップがあるんですけど、
最初の最初から言うと、
「ぼくたち、こんな電波を使います」
という資料をつくって、
JAXAの周波数委員会にかけるんですよ。
──
なるほど、周波数委員会。
まずは、社内調整みたいなところから。
安部
そう、JAXAの中にも、
衛星のプロジェクトがいくつもあるんです。
その第一関門をぶじに突破すると、
次に、アメリカのNASAと
ESA(欧州宇宙機関)とJAXAの三局会合、
最近では
NOAA(アメリカ海洋大気庁)をふくめた
四局会合に臨みます。

──
人工衛星をたくさん飛ばしているような、
世界の有力な機関のところへ行って、
同じように
「こんな電波を使いますので」‥‥と?
安部
はい、で、そこもぶじに通過したら、
いよいよ最終段階。
ITU、
つまり国際電気通信連合への申請です。
で、そのときに必要な
「API」と呼ばれる資料をつくるのが‥‥
ものすごく大変なんです。
──
大変とは、どんなふうに。
安部
まあ、ざっくり言うと
「こういう衛星を飛ばしたいと思います」
「こういう目的で、この電波を使います、
地球上のこの局を使って通信します。
周波数はこう、送信の出力はこんなです」
‥‥というような資料なんですね。
提出の前には、JAXAの周波数管理室と、
総務省のチェックを通すんですが。
──
その長い旅路のどこかで、
「今回はダメですね」と言われることも
あるってことですか?
安部
いえ、そこで「NO」はないです。
ダメですなんて言われないような資料を
つくらなきゃってことなので。
大変なのは「周波数干渉解析」と言って、
電波が干渉しそうな衛星を特定し、
その干渉率を計算して、
「このくらいなので許容範囲ですよね?」
という資料をつくる作業です。
──
おお‥‥それは、現在、空を飛んでいる
すべての衛星にたいして。
安部
そうですね。世界中で運用中の全衛星中、
自分たちと使う周波数帯域が重複していて、
干渉する懸念がある衛星はすべて対象です。
──
それは‥‥よくわからないながらも、
じつに大変そうです。
いま、軌道上は人工衛星ばっかりで、
めっちゃ混雑してるって聞きますし。
安部
とくに、わたしたちが担当している
地球観測衛星って、
地球から近いところを飛んでいるので、
なんだかんだで
電波がバッティングしてしまうんです。
その場合は、
出力をギリギリに下げますんでだとか、
それでも干渉してしまったら、
こっちの運用をいったん止めますとか、
譲歩的な条件を提示しながら。
──
調整していく‥‥と。
安部
そうです。ひとつひとつ、です。
──
いまやイーロン・マスクさんのとこの
スターリンクとか、
衛星の数もさらに増えてるでしょうし。
稲岡
そう、プレイヤーも衛星も増えてきて、
干渉の可能性も上がっています。
現状は「まったく使えませんね」って
結果は出ないと思いますが、
将来的には、
それも、どうなるのかわかりませんね。
──
衛星軌道がどんどん混雑していって、
新しい衛星を飛ばすための
「電波的な余地」が狭まっちゃって。
安部
だから、
別の電波帯を使おうという試みだとか、
いっそ光通信にしちゃおうとか、
そういうアイディアも出てきています。
光通信にしてしまえば、
電波干渉って、当然、起きませんから。
──
なるほど。そうか。
稲岡
光通信は、最近、盛り上がっています。
JAXAでも、
これから打ち上がるALOS-3では、
衛星の間を「光で結ぶ」という試みを
はじめていますが、
地上と衛星の間をつなぐのが難しい。
実験レベルではやっているんですけど、
まだ実用には至ってないんです。
──
何が難しいんですか?
安部
曇るとダメなんです。光なんで。
──
ああ‥‥なるほど。
稲岡
地上と衛星の間に雲が入ってしまうと、
完全にアウトなんです。

光衛星間通信システム「LUCAS」 ©JAXA 光衛星間通信システム「LUCAS」 ©JAXA

──
電波は雲を突破できる?
安部
できます。
できますが、高周波の電波の場合には、
雲や雨でだいぶ減衰してしまうので
出力を上げて送信したりもしています。
──
そうやって、すごい電波をあやつる、
あるいは「周波数を調整する」ときに、
安部さんや稲岡さん個人に、
何か「資格」とかは必要ないんですか。
稲岡
「周波数を調整する」際は必要ないですが、
衛星を運用する際には、
個人に付随する無線免許が要ります。
イチリク‥‥第一級陸上無線技術士、
という資格なんですけど。
──
イチリク。
安部
さまざまな無線を扱うための資格で、
設備を管理する人と、
実際に運用する人とでわかれていて。
ぼくらは管理のほうの資格ですけど、
JAXAに入ったとき、
「第一級陸上無線技術士の資格を
取っといてね」って、
辞令にペロっと書かれていたんです。
──
それペロッと取れるもんなんですか。
国家資格なんでしょうけど。
安部
取れません。ペロッとは。
かなり難しい資格です。
保有者は陸・海・空の無線局で
管理官を務めることができますから。
ぼくらのような電気系の社員は
取れと言われるんですが、
無線設備関係ではいちばん上の資格です。
──
じゃあ、試験勉強も大変ですね。
安部
イチリクを必要とする人って、
特殊なところにしかいないんですよ。
民間で衛星を運用している人だとか、
あとはテレビ局の人とかかなあ。
稲岡
優秀な人じゃなければ、
一発合格はむずかしいと思いますよ。
ぼくも1回じゃ受かりませんでした。

安部
ぼくも2回めです。
ちなみにぼくらのときは、
会社からの受験費の手当は
「受かった場合に出る」んです。
つまり「落ちたら自腹」になる。
1回1万2000円とかするんですが。
──
シビアですね!
安部
今は、ちょっと合格報奨金があったような‥‥。
ともあれ、税金で活動している組織だし、
何回も落ちていられないんです。
でも、イチリクの一発合格率って
たしか10%もないはずなんで、
なかなかハードな戦いですね。
──
ふたりは、その試験をみごと突破して。
すみません、基本的なことなんですが、
ぼくら一般人も
スマホで電波を受信してますけど、
この場合は、資格は要らないんですね。
資格を取った覚えもありませんし。
安部
スマホなどの場合は、
製品自体で認証を取っているんですよ。
認証を取得している製品であれば、
それを持っている人に資格は要らない。
自由に使えるんです。
いわゆる「技適マーク」ってやつです。
──
はああ、端末自体が許諾を受けている。
なるほど。
安部
基本的に「野良」で使っていい電波は、
世の中にはないんです。
電波を使いたければ、
技適で許諾を受けている機器を使うか、
自分でちゃんと資格を取って、
その資格の定める範囲で、となります。
──
あの、いまから12年ほどまえに、
仏領ギアナのジャングルの真ん中から、
ヨーロッパの
アリアン5というロケットの発射を、
インターネットで生中継したんですね。
安部
ええ。以前、おっしゃってましたね。
──
ジャングルのど真ん中で、
携帯電波さえ飛んでなかったんで、
行くのはいいけど、
中継用の電波はどうしたらいいか、
知り合いの
テレビ関係の方に相談したんです。
そしたらその方が、ご親切にも、
衛星電話端末を貸してくださいまして。
稲岡
衛星を使ったんですか。
──
はい。
稲岡
衛星回線を使った移動局、ってことか。
──
つまり、あのときのあの機械に、
許諾が付与されてたってことですかね。
安部
たぶん、イリジウム携帯のように、
その製品を持っていれば
使っていいタイプの端末だったのかな、
と思います。
──
おかげさまで、
中継自体は途切れず成功しまして、
たくさんの読者に
よろこんでもらえたんですけど‥‥
行きも帰りも「0泊3日」という
わけのわからない旅程で、
文字通り「弾丸」と化して
行って帰ってきたんです。
そしたら、その「弾丸」より少し遅れて、
一枚の請求書が会社に届いたんですよ。
安部
衛星通信の?
──
はい、そこには、請求金額
「33万7582円」と書いてありました。
びっくりして、目ん玉が飛び出ました。
請求額の「一の位」まで
いまだに、その飛び出た目ん玉の先に
焼き付いているほどです。
稲岡
従量制だったんだ。
衛星を使ったら、まあ高くつきますね。
安部
ちょっと前ですけど、
イリジウムの携帯電話なんかでも、
通話1分400円とか、
ショートメッセージ1発何十円とか、
そういうレベルでしたもんね。
──
たしか、当時ですけど、
「1分1980円」のお気軽プランと、
「1分3300円」の安心プランの、
ふたつのプランがあったと記憶してます。
安部
そう思ったら、
イーロン・マスクのスターリンク、
あれってたしか、
月額で100ドルぐらいでしたっけ?
──
たしかサービス開始直後は
月額1万2000円ちょっとでしたけど、
とつぜん半額になりましたよね。
2023年2月現在で「6600円」とか。
安部
だとすれば、まさしく価格破壊です。
衛星通信の世界で、その値段って。

GOSAT-2 観測センサーの観測イメージ ©JAXA GOSAT-2 観測センサーの観測イメージ ©JAXA

(つづきます)

2023-03-01-WED

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