JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- 安部
- ちなみに秋山さんは
SLRにも関わっていらっしゃいますね。
- ──
- SLR‥‥とおっしゃいますと‥‥。
- 秋山
- レーザーを使って対象との距離を測る
「Satellite Laser Ranging」、
日本語では
「人工衛星レーザー測距」と呼ばれる
技術のことです。 - 対象物体に向かって放出したレーザーが
物体に当たって反射して
戻ってくる時間から距離を計算します。
その距離のデータを
たくさん集めて軌道を決定する技術です。
- ──
- 基本的すぎて申しわけないほどですが、
レーザーというものは、
撃ったところに戻ってくるものですか。
- 秋山
- 人工衛星についている鏡が特殊なんです。
ふつう光が斜めから入ってきたら、
同じように斜め方向へ跳ね返しますよね。
- ──
- 入射角と反射角、というやつで。
- 秋山
- でも、われわれが開発している鏡は
再帰反射性という特性を持ってるんです。 - すると、同じ角度で返っていくんですよ。
- ──
- どうなってるんですか、その鏡の表面は。
- 秋山
- 豆腐を斜めに切ったような‥‥。
- ──
- 豆腐‥‥!? ‥‥宇宙豆腐!?
- 秋山
- 角度90度の面が3面、あるんですね。
- そこへ入ってきた光を
1回、2回、3回と跳ね返すことで、
入ってきた方向と
まったく同じ方向に出ていくように
設計されているんです。
- ──
- イメージしきれてないけど‥‥
なるほど‥‥。
- 秋山
- 最近はSLRの成熟にともなって、
物体が「どう回転しているか」までを
把握しようという研究が、
どんどん盛んになっていたりもします。
- ──
- 宇宙の彼方に浮かぶ物体が、
どんなふうに回転しているかを調べる。
- 安部
- ようするに、レーザーを跳ね返すとき、
物体の姿勢によって
跳ね返る角度が変わってくるんですよ。 - つまり、数センチとかの世界ですけど、
ほんの少しだけ距離が変わってくる。
その誤差を計算することで、
その物体がどれだけ回転しているかが、
わかるというわけです。
- ──
- そもそもで申しわけありませんが‥‥。
- 宇宙に浮かぶ物体が回転している場合、
何か、よくないことでも‥‥?
- 秋山
- はい、デブリになってしまったときに
問題になってきます。 - つまり電波を出せなくなったデブリは、
自らが
どれくらいの速度で回転しているのか、
情報を出さなくなってしまうんです。
将来的に、デブリを捕獲したり、
大気圏に落としたりするような動きが
本格化していったとき、
速いスピードで回転している物体には、
おそらく触れないんです。
- ──
- そいつはデンジャラスですね!
- 秋山
- はい。デブリの回転に
巻き込まれてしまう危険性があるので。 - そのために、どれくらいのスピードで
回転しているか‥‥を、
把握しておくことが大事になるんです。
- ──
- デブリの除去をビジネスにしようって
考えてる企業もありますもんね。
- 秋山
- 現在でも「光学観測」といって、
太陽に照らされたときの光の波形から
回転数を推定することはできますが、
それだとあまり精度がよくないんです。 - SLRの技術を応用すれば、
より高精度に把握できるはずなんです。
- ──
- ちなみに「デブリそのものの動き」も、
みなさま、予想されてらしゃる?
- 秋山
- 予想というか、推定というか。
- あるていどの確度を持って、
このへんを飛んでますと推定してます。
- 安部
- シミュレーションのアルゴリズムの改善で
わかることもあるんですけど、
レーザーで測った距離等のデータとも
照らし合わせて、
さらに精度を上げていっているんですよね。 - 松本さんが「高精度」っていう場合、
それってセンチオーダー?
- 松本
- そうですね。
- もっとも状態のいい衛星なら、
1センチ以下のレベルで
軌道を決めることができます。
- ──
- え、3万6000キロ上空を飛んでいる
衛星の軌道を、
プラスマイナス1センチに収めてる? - その1センチのちがいで、
何か大変なことが起こるとでも‥‥?
- 松本
- こと衛星に関して言えば、
そこまで大きな問題は生じないですね。 - 衛星を捕まえるためには、
センチの精度はまったくいらないです。
せいぜい数メートル、
数十メートルの精度があれば十分です。
- ──
- では、なぜ、そこまで細かく?
- 精度を追求したくなるのでしょうかね。
人間というのは。
- 松本
- たとえば海面の高さを測る衛星の場合、
センチメートルの精度で
高さがわからないと、
計測データがブレてしまうんですよね。 - JAXAにもALOS-2、
通称「だいち2号」という衛星があり、
SARという
合成開口レーダーを地上に当てて、
地表や建物の凹凸を測っているんです。
- ──
- そういう場面でセンチの精度が必須。
- 松本
- その精度で、同じところを、
ちょっと軌道をズラして2回飛んだら
立体視ができるので、
高低差を立体化した画像ができます。 - センチオーダーでバシっと決めて
ズレ具合を精密に把握すれば、
その画像も美しく仕上がるんです。
- ──
- そんな、うっとりした目をして‥‥。
- 松本
- GPSって、ご存知ですよね。
- いま軌道上に30基くらい飛んでいる
アメリカの衛星ですけど、
それらが地上に向け送っている信号を
スマホで受信することで、
現在の位置を推定できているんです。
- ──
- いまや誰もが便利に使ってますよね。
- 松本
- それとまったく同じことやっています。
- GPS衛星からの信号を
「だいち2号」のような他の衛星も
受信しているんです。
そのデータを地上で受け取って
解析することで
「どれくらいの位置を飛んでいたか」
を、センチのレベルで推定しています。
- 安部
- 厳密には「あとから知る感じ」ですね。
- 「ああ、あのときには
これくらいのところを飛んでたんだな」
みたいな感じで。
- ──
- なるほど。
- 安部
- ようするに、未来を予測するためには、
過去を
高精度で特定することが重要なんです。
- ──
- そこまで高精度な分析ができるように
なってきたのって‥‥?
- 松本
- 精度は年々、上がってきてはいますね。
10年くらい前は
「数メートル」くらいだったものが、
徐々に「数十センチ」になり、
現在ではセンチレベルを実現してます。 - 高精度軌道決定という分野において、
JAXAは海外の機関に
若干の遅れをとっていたんですけれど、
ようやく追いついてきました。
- ──
- 精度の向上って、
ようするに「機械の進歩」なんですか。
- 松本
- いえ、機械というよりも、
高精度軌道決定するためのソフトウェアに
組み込まれた
力学モデルの精度が向上したことが大きい。 - さきほど、日南川さんがお話しされていた
重力や大気抵抗など
衛星の受ける力を処理して、
精度を高めるほど軌道がうまく決まります。
GPSデータを使った観測モデルが
精密化されていったり、
他にもいろいろな要素はあると思いますが。
- ──
- 隣接する複数の領域で、
性能や精度が向上していったわけですね。
- 安部
- たったひとつの要因で
世界がガラっと変わってしまうことって、
やっぱり、なかなかないんです。 - みんながやっていることを
積み上げて、積み上げて、積み上げて、
それらをガッチャンコしたときに、
よい結果が出る‥‥みたいな感じですね。
- ──
- そうやって「協業」をしながらも同時に、
「競争」という側面も‥‥?
- 安部
- もちろんです。
世界の宇宙機関と競争している分野です。 - サイエンスというものは、
すべての分野で競争はつきものですから。
(つづきます)
2023-11-30-THU
-
シリーズ、ぞくぞく更新予定!